第30話 木村家の評定

 京では伏見城の建設が始まり、普請に大名たちが駆り出されていた。


 高山国とルソンを攻めた木村家は、さすがに負担が重すぎるだろうと免除されたので、一時の平穏を謳歌していた。


 そんな中、吉清は各地に散らばった重臣たちを招集した。


「みな、揃ったかな」


「はっ」


 荒川政光、小幡信貞、大道寺直英、四釜隆秀、南条隆信、一栗放牛。いずれも木村家の重臣たちであり、吉清を支える柱であった。


 こうして一堂に会するのは、清久の論功行賞以来である。


 挨拶もそこそこに、一堂を見回す。


「当家の家臣は新参者が多く……いや、みなが新参者であったゆえ、あえて家老職は定めずにいた。しかし、こうして長い間苦楽を共にし、お主らの仕事ぶりや人となりもわかったつもりじゃ。

 そしてこの度、満を持して家老を定めることにした」


 小幡信貞ら家臣一堂が期待に満ちた目を向ける。


「そなたら6名を家老とし、それぞれ加増する」


 吉清の発表に、家臣たちが沸き立った。声にこそ出さなかったが、覇気のようなものを感じる。


「まずは信貞、そなたの俸禄を2万5000石とする」


「はっ!」


 着任当初、軍の組織を決める際は、かつて仕えていた武田流、北条流のいいとこ取りをした軍制を敷き、戦時での組織作りにおいて働きを見せてれた。


 葛西大崎の乱、和賀稗貫一揆、九戸政実の乱でも活躍しており、木村家の軍事面において重きをなしていた。


 また、ルソンでは電撃的な進軍でスペインの拠点を次々と陥落させた。


 そうした実績もあり、家老職に抜擢したのだ。


「次に直英、そなたの俸禄を3万石とする」


「ははっ!」


 石巻に始まり、樺太、高山国、ルソンと、次々と港町の建設や土木工事に携わってきた。


 やり働きこそ少ないが、木村家の今日の発展があるのは、直英のおかげと言っても過言ではない。


「次に隆秀、そなたの俸禄を3万石とする」


「はっ!」


 元は大崎家臣であったが、早々に吉清に従属したことで他の国衆が従うさきがけを作ってくれた。


 さらに、一揆や反乱の続いた奥州での働き、高山国への出兵でも功績を残したことで家老に任命された。


 その他には、領地に残り常備兵の育成と訓練にあたった一栗放牛には1万5000石。

 京に残り、調略にあたった南条隆信には2万石の加増とした。


 いずれも、元は国衆であったため、これとは別に領内の知行も合わせ持っている。


 そのため、増加率こそ低いが領内、とりわけ旧葛西大崎領において影響力が増したと言える。


 そして、最後の一人が呼ばれた。


「政光、そなたは筆頭家老とし、俸禄は5万石とする」


「ははっ!」


 先に任命された他の家老から歓声が上がった。


 荒川政光は吉清が着任した当初から内政面において活躍しており、吉清の右腕として政務に携わった。


 吉清が高山国へ渡ってからも領内をよく治め、ルソン侵攻ののちはガレオン船を建造するための造船所を建設した。


 政光なくして領国の運営が成り立たないほど、領内の統治に重きをなすようになっていた。


 他には、家老に準ずる役職として、樺太奉行、マニラ奉行、台北奉行、台中奉行、石巻奉行、船奉行を設置した。


 いずれも俸禄1万石相当となる、木村家の中枢的な役職であり、任されるのはいずれも重臣たちだ。


 本来であれば、そういった奉行にも重臣を配置したかったのだが、重要な役職の数と、それを任せられる家臣の数が合わないのだ。


 そのため、家老職と兼任させることなってしまった。


 四釜隆秀は台北奉行を、小幡信貞は台中奉行を兼任している。


 これらの仕事をするからには、当然その分の俸禄も加算されることとなり、その分の俸禄ももらえるようになっている。


 家中での勢力図に影響を及ぼしそうではあるが、この際目を瞑ることにした。


 石巻奉行には北条の旧臣である成田氏長、マニラ奉行には旧北条家臣で外交に長けた垪和康忠を、船奉行には倭寇と石巻水軍を束ねる梶原景宗を任命した。


 他にも、樺太奉行に目加田屋長兵衛を、マニラ奉行の補佐には原田喜右衛門を任命した。


 彼らは吉清の家臣ではなく商人であるが、吉清の利益が彼らの利益に直結するため、使えると判断したのだ。


 木村家の政務が私物化される恐れはあるが、新たな家臣たちが育つまでの繋ぎであれば十分と判断された。




 新たに任命した家老と奉行の俸禄を見て、大道寺直英が指を折った。


「……しかし殿、我ら家老に17万石、奉行衆に7万石……占めて24万石。領地の石高が33万石で、殿の直轄地が23万石。

 となれば、どうやっても1万石足りなくなってしまいます」


「政光、収支の方はどうなっておる」


「はっ、石巻港で5000貫、奨励している椎茸の栽培で1500貫、樺太での貿易で1万貫ほど利益が出ております。


 高山国の台北、台中。ルソンでの収益は計上しておりませぬが、当家が南蛮貿易の航路、窓口を独占するとなれば、得る利益は莫大かと。

 概算ですが、50万貫ほどの利益となりましょう」


 あまりの収益に、四釜隆秀ほか家老たちが唖然とした。


 1貫を2.5石と計算しても、およそ130万石相当の利益である。


「また、明での略奪で相当な収益がありました。まだ商人に鑑定をさせているところですが、少なくとも10万貫はくだらないかと」


 家老たちが目を丸くした。略奪で儲っていたのは知っていたが、まさかこれほどとは……。


「……ということだ。高山国、ルソンは治めたばかりゆえ、まだ安定しておらんが、だいたいそれくらいを見込んでいる。


 そこから、さらに樺太、高山国開発のために銭を費やすだろう。略奪した物品もすぐには換金できん上、明とは和議が入ったため、これからはの略奪は難しくなった。一時的に財は潤ったが、略奪はあまりあてにはできんな」 


「い、いえいえ。略奪した品は抜いても、毎年130万石相当の利益があるのでしょう!? これで殿は、押しも押されぬ大大名ではありませぬか!」


「それなのだがな。このことは他言無用で頼むぞ」


 困惑する家臣たちに、小幡信貞が遠慮がちに尋ねた。


「なぜ秘密にするのですか?」


「力を持てば、それなりに責任が伴うもの。それゆえ、もし知られてしまえば、今にも増して豊臣家中でこき使われようぞ」


 関東に240万石を持つ徳川家康も、城の修繕や改築、築城でこき使われていた。


 九戸政実の乱では大将を務め、鎮圧が終わると城の普請も行った。

 名護屋城の普請、伏見城の普請までこなしており、新たに手に入れた関東の統治も合わせて多忙を極めていた。


「されど、これだけ収入があるのなら、構わないのでは……」


「たしかに、他の大名からの目も変わりましょうな」


 大大名となった木村吉清を想像したのか、一栗放牛らの目が輝いた。


 期待に満ちた家老たちに、吉清が怒鳴った。


「儂の一番嫌いな言葉は責任じゃ! 責任のある面倒な仕事をしとうないのじゃ!」


「し、失礼しました」


 一同がしゅんとする中、遠慮がちに荒川政光が手を挙げた。


「若様には仰っても構いませんか?」


「……ダメだ。あいつは顔に出やすい」


 政光が納得したように頷く。


 しかし、いつまでも隠し通せるわけではない。


 いつか、真実を話さなくてはならない時が訪れるはずだ。


 遅くとも家督を譲る時にでも話すとするか。


 そうして領内の運営について話していると、やはりというか木村家の抱える問題に当たった。


 人材不足である。


 樺太、高山国、ルソンと、急速に拡大していった木村家にはそこを任せられる人材が不足していた。


「やはり、どこかで家臣を増やさなくてはな……」


 吉清がつぶやくと、南条隆信が手を挙げた。


「そういえば、先の朝鮮出兵で、大名が一人亡くなったとか……」


「加藤光泰だな」


 小田原征伐時には佐和山2万石から甲斐24万石へ大抜擢されたが、先の文禄の役において、朝鮮からの帰国途中に病死してしまった。


 跡目は息子の貞泰が継いたが、若輩を理由に所領を召し上げられたのだった。


「加藤家の家臣が浪人となっておりましたので、それがしの飲み仲間のつてから何人か声をかけました」


「おお、でかしたぞ」


 加藤光泰は吉清と同じく成り上がりの身ゆえ、元々家臣は少ない。それらを吸収したところで焼け石に水ではある。


(やはり、あれを待つか)


 これから数年以内に訪れる、秀次事件。


 その際に、秀次の家臣の多くが処罰され、あるいは浪人となり路頭に迷うこととなる。


 そうした者を吸収していくことで、九戸政実の乱において万の大軍を率いた統率力を。関白として国の政治を行った行政力を。

 次代の天下人が持つにふさわしいこれらのノウハウを、丸々吸収できると考えていた。


 来たる秀次事件に備えて、隆信に調略の下準備をさせると共に、彼らを迎えるべく作戦を練るのだった。

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