第24話 モテ期の吉清と恋の病

 この時代、日本の主要輸出品目に銅が多く存在している。


 というのも、南蛮や明の商人は日本から購入していた粗銅を精錬し、そこから金銀を抽出することで差益を得ていたのだそうだ。


 こうした現状を鑑み、明から精錬技術に優れた職人の奴隷を連れてきた。


 南蛮絞りと呼ばれる技法を持つ彼らの技術を吸収しつつ、日本から購入した粗銅の精錬が始まった。


 台北に大規模な精錬所を造ると、あとは銅を右から左へ流すだけで、金や銀が手に入るのである。


 そうして精錬し終えた銅は、南蛮人に高値で輸出した。


 彼らは粗銅だと勘違いしているようだが、精錬は終えているのだから、どうやってもただの銅である。


 そうして詐欺まがいな貿易をしていると、高山国で伝染病が蔓延しているという噂が入ってきた。


 事態を重く見た吉清は、明からは医者の奴隷を。平戸から南蛮の医者を連れてきた。


 対症療法ではあるが、彼らに治療をさせつつ、不足した兵は名護屋に待機している清久の軍から補充した。


 さらに、蚊の媒介する伝染病を危惧し、屋内は蚊帳の設置を推奨した。


 四釜隆秀が辟易した様子でつぶやいた。


「疫病の多き土地ですな」


「それだけうま味もある。ここを抑えておけば、南蛮貿易が楽になるぞ」


「はい。私もそれに期待しておりますゆえ」


 亀井茲矩が吉清に同調した。






 それから数日後。吉清の身体に変化が起きた。


「…………体が重いわい」


 全身がだるい。心なしか熱があるような感じがする。


 聞けば、亀井茲矩も体調不良なのだという。


「これがマラリアというやつなのか……」


 吉清の独り言に、見舞いに来ていた四釜隆秀が困惑した。


「ま、魔羅……!? 殿はそれがしとの衆道をご希望なのですか!?」


「……は?」


「殿がその気なら、それがしとてやぶさかでは……」


「違う違う違う! そういう名の病気だ。高山国のような暑いところでは蔓延していると小耳に挟んだものでな……」


「なるほど……」


 この時代、衆道と呼ばれる、男同士の肉体関係が多く存在していた。


 武田信玄や織田信長を始め、多くの武将が傍らに美少年の小姓を侍らせ、褥を共にしていたという。


 そうした衆道の関係は名誉なことであり、肉体的、精神的な繋がりを作ることで主従の結束を強めたという。


 業務連絡をした後、去り際に隆秀がそっとささやいた。


「…………もし、美形の小姓をご所望でしたら、それがしが見繕っておきますぞ」


「いらぬ」


「失礼しました」


 余計な気づかいをする隆秀を追い払いつつ、布団へ戻った。






 吉清の部屋を出る隆秀を、小姓の一人が恨めしげに睨んでいた。


 彼の名は浅香庄次郎。吉清が葛西大崎の旧領を与えられる前から仕えており、巷では絶世の美少年として名を馳せていた。


 本人も自分の美貌には自身があり、信雄から吉清へ主君を変えた際も、すぐに自分に夢中になるものと思っていた。


 しかし、いつまで経っても手を出してこない吉清に焦らされ続け、いつしか実らぬ想いを募らせることになるのだった。


 そんな庄次郎にとって、歩をわきまえず吉清と関係を持とうとする四釜隆秀は、泥棒猫でしかなかった。


(隆秀め……新参者のくせに殿を誘惑しおって……)


 そんな逆恨みを胸に睨みつけていると、ふすまの向こうから弱々しい声が聞こえてきた。


「庄次郎……庄次郎はおるか……」


「はっ! ここに!」


 吉清に呼ばれ、嬉々として世話に勤しむのだった。






 あれから数日が経っても、吉清の身体はいっこうに良くならなかった。


 そんな中、再び四釜隆秀がやってきた。


「殿の様子はどうだ」


 庄次郎が頭を下げる。


「はっ、未だお身体が優れず、今日は誰にもお会いしたくないと……」


「そうか。では、これを……」


 渡された紙袋を手に、浅香庄次郎が尋ねた。


「これは?」


「万金丹だ。無理を言って京より取り寄せたのだ。折を見て、これを渡しておいてくれ」


 薬だけ渡して去る四釜隆秀に、庄次郎は何とも言えない気持ちになった。


 隆秀は薬を調達するため、方々に手を回したのだろう。


 それに引き換え、自分は何だ。


 隆秀に嫉妬するばかりで、何もできなかったではないか。


 無力感が全身を巡る中、庄次郎の胸の中に小さな火が灯った。


 想うだけではダメだ。主が困っている時こそ、力になれずしてどうするというのだ。


 隆秀に嫉妬などしてる暇はない。もっと力をつけなければ。




 この日を境に、庄次郎は貪欲に武芸と勉学に励むようになった。


 のちに、庄次郎の中で燻る火は、やがて炎となって木村家の行く末を照らす灯火となるのだった。

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