第17話 九戸城攻城戦

 木村軍が奥州再仕置軍に合流すると、仕置軍は南部領へ向けて北上した。


 九戸勢の前線基地である、姉帯あねたい城、根反ねそり城を攻略すると、残るは九戸政実の篭る九戸城のみとなった。


「政実が引っ込んでしまいましたな」


 吉清の言葉に、氏郷が頷いた。


「こちらは10万の軍がいるのだ。ひねり潰してくれるわ」


 仕置軍は城を包囲すると、強攻を開始した。


 九戸城は東西北の三方を川に囲まれた、天然の要害であった。


 数に勝る仕置軍は、四方を完全に包囲すると、攻め口のある南側から攻撃を仕掛けた。


 しかし、九戸城は豊臣軍の予想を上回る堅城であった。


 狭い攻め口に、九戸の精兵5000の守る堅固な山城。


 10万の兵をもってしても、あまりの堅さに攻めあぐねていた。


 すぐに攻め落とせると思っていた諸将の間に苛立ちが広がった。


 もとより、寄せ集めの軍である。

 指揮系統に歪みが生じたり、過去のいさかいで仲の悪い者も少なくなかった。


 争いが起こるたびに、浅野長政や蒲生氏郷が調停に乗り出しているのだった。


 また、予想を越える長陣に、仕置軍の兵糧が不足し始めていた。


「あれだけあった兵糧も、残るはもうこれだけか……」


 明らかに目減りした兵糧を眺め、蒲生氏郷が呆然とつぶやいた。


「それがしの領地に蓄えがございます。先ほど使いを出しましたゆえ、じきに兵糧が届くかと」


「助かる。木村殿がいて、これほど心強いと思ったことはないぞ!」


 元々、樺太開拓のために蓄えた米だったが、奥州再仕置軍が瓦解してしまっては、自身にも責任が及ぶかもしれない。


 吉清は自分の保身に関しては行動が速かった。


(兵糧代は後で長束殿に立て替えてもらおう)


 そんなことを考えつつ、包囲は続いた。


 一向に落城する気配を見せない九戸城に、業を煮やした将たちが軍議を開いた。


 将たちが疲れを見せ始めている中、蒲生氏郷が口を開いた。


「落城は時間の問題です。木村殿のおかげで兵糧の不安はなくなった。……となれば、あとはいかようにも料理できましょう」


「しかし、もう秋だぞ。兵たちも帰りたがっている」


 佐竹義重の言葉に、他の将も頷く。


 秋は収穫があるため、通常戦は行わない。金で雇われた兵であれば話は別だが、ここにいる兵の多くは農民だった。


 また、冬になればこの辺りには大雪が降ることになる。現代日本と違い、この時代の雪害対策は十分ではない。


 雪によって物流が麻痺してしまえば、10万の軍は陸の孤島に取り残されることになるだろう。


 10万の軍をもってしても、5000の守る城を攻め落とせなければ、豊臣の威信は地に落ちることになる。


 そうなれば、再び戦乱の世に戻ることさえ考えられた。


 厭戦ムードが蔓延した中、吉清が手を挙げた。


「降伏を勧告してみてはいかがでしょう」


「政実とてバカではない。冬になれば我らが不利になることくらいわかっていよう。そんな状況で降伏など飲むだろうか?」


 上杉景勝の言葉に、吉清が頷いた。


「さよう。しかし、辛いのは政実も同じ。このまま城に篭っても、城で冬を越さねばなりませぬ。よしんば、我らを退けたとて、残るは荒廃した領地。


 そうなれば信直殿に抗うだけの力も残されておらず、政実、実親の悲願である南部宗家継承もつゆと消えましょう。


 ゆえに、降伏する可能性は十分にある。『降伏すれば命は助け、大軍を相手に奮戦した功により、所領を安堵する』とでもしたためれば、政実の心も動きましょう」


 三成が「なるほど」といった様子で頷いた。


「問題は誰に使者を任せるかだが……」


「九戸氏の菩提寺である、鳳朝山長興寺の薩天和尚が適任でしょう。薩天和尚は政実とずいぶん親しい間柄と聞いております」


 吉清の演説が終わると、諸将の目が、一斉に奥州再仕置軍の総大将、豊臣秀次に向けられた。


「吉清の案を採用する」


 数日後。九戸氏の菩提寺である、長興寺の薩天和尚を降伏の使者に送ることとなった。


 それからまもなく、九戸政実は降伏した。


 助命と引き換えに降伏した政実であったが、約束は守られることはなかった。


 豊臣に逆らった見せしめのため。豊臣の力を見せつけるため。


 政実、実親ら主立った首謀者は処刑されることとなった。


 この九戸政実の乱集結をもって、大きな反乱もなくなり、秀吉の天下統一は完了したのだった。


 政実の首が斬り落とされると、吉清は静かに手を合わせた。


 九戸政実の敗因は、日ノ本の情勢を見れなかったことにある。


 津軽為信は、南部家の内紛に乗じて領地をかすめ取る形で独立を果たした。


 南部信直は、同じく後継者争いをしていた九戸実親を退け、半ば強引に南部家当主の座についた。


 両者に共通していることは、いち早く小田原に参陣し、秀吉に臣従したことにある。


 先んじて九戸実親を南部家当主として上洛させていれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。


 家中の掌握に遅れを取ったとしても、秀吉に信直が南部の当主であるのは間違いなのだと。実親こそが本当の当主なのだと喧伝すれば、情状酌量の余地があるとして、他の領地を充てがわれていたかもしれない。


 九戸一族の未来は、起こりうる最悪の結末となってしまったのだ。


 自分とて、何か一つ間違えれば破滅の未来を辿っていたかもしれないのだ。


 九戸一族の悲劇が他人事とは思えず、吉清は瞳を閉じて静かに彼らを悼んだ。


「南無阿弥陀仏」


 そうつぶやく吉清の隣で、蒲生氏郷が小さくつぶやいた。


「アーメン」

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