第16話 奥州再仕置軍と合流

 領地に戻ると、奥州再仕置軍と合流するべく、家臣たちを招集した。


 今回は旧北条家臣で構成された小田原衆の他に、四釜隆秀や南条隆信を始め、領内すべての国衆に声をかけた。


 全部とまではいかなかったが、主立ったところは集まった。


「ふむ、こんなものか……」


 まだまだ中央集権体制までは程遠いと思いつつ、順調に領内の掌握が進んでいることにまずは一息。


 招集したすべての者が従軍するわけではないが、できるだけ多くの者に見せておきたかったのだ。


「木村殿、此度はよろしく頼みますぞ」


「こちらこそ、よろしくお願い致します」


 徳川家康。今回の奥州再仕置軍の大将であり、豊臣政権の実質的なナンバー2である。


 他にも、総大将の豊臣秀次を始め、石田三成、佐竹義重、蒲生氏郷、伊達政宗といった、そうそうたる面子が領内へ進軍していく。


 奥州再仕置軍の大きさ、規律正しさに驚く者。


 奥州で名を轟かせていた伊達政宗や佐竹義重が、今では豊臣の臣下として飼い慣らされる様に衝撃を受ける者。


 一様に反応を見せつつ、一歩間違えていれば、自分があの軍に討伐されていたのだと背筋を寒くしていた。


 この後、集められた国衆によって、豊臣軍の武威が、またたく間に領内を駆け抜けていくのであった。


 家康と話していると、誰かに呼び止められた。


「木村殿」


「おお、石田殿」


 三成も今回の遠征には参加しており、奉行の仕事の傍ら参陣したのだ。


「仕置軍の奉行をしながら、領内にこれだけ立派な街道を造り上げるとはな。……やはり、貴殿に任せたのは、間違いではなかったようだ」


 三成が街道を指差す。


 左右には松と柳が等間隔に植えられており、信長時代に造られたものを参考にしているらしい。


 また、一定間隔に飼い葉の貯められた小屋が置かれており、村々でこれを管理することになっている。


 これによって、馬での移動がより楽になるという寸法である。


「儂は大したことはしておらん。すべて、家臣に任せたまでよ」


 書状には大道寺直英に任せると書いたが、本当によくやってくれた。おかげで、領主としての面目が保てるというものである。






 次々と将兵たちが入城する中、見知った顔を見かけた。


「蒲生様!」


「木村殿か」


 氏郷は馬から降りると、自軍を先に城中に入れた。


「すでに聞いているかもしれぬが、政宗の領地であった米沢は、私が賜ることになった。

 ついこの間、42万石の大名になったばかりだというのに、もう30万石の加増だ。伊達に目を光らせていろ、ということだとは思うが……。まったく、殿下も人遣いの荒いことよ……」


「それだけ殿下が蒲生様のことを頼りにしているのでしょう」


 氏郷が人を食ったような笑みを浮かべた。


「それにしても政宗のやつ、米沢によほど未練があるらしい。城の明け渡しに散々渋りおったわ」


「200年も伊達の支配下にあった土地ですからな」


 室町時代初期から伊達家の領地であった米沢は、天文の乱以降、伊達氏の居城となっていた。


 晴宗、輝宗、政宗と、三代に渡り伊達家の居城となっていた米沢を明け渡さねばならなかったことから、経済的な損失以上に、伊達家に衝撃を与えたのだ。


「あれから、政宗に何かされてないか?」


「はっ、領内は平穏そのものです。これも、先の乱で蒲生様がお力添えをしてくださってのこと。感謝の言葉もございません」


「当然のことをしたまでだ。私に礼など言ってる暇があったら、家臣たちを労ってやれ。

 私もできる限りそなたの力になってやるが、常に力を貸してやれるわけではない。いざという時に頼りになるのは、己の家臣だ」


「肝に銘じておきます」


 荒川政光を始め、今回尽力してくれた家臣たちの顔が脳裏に浮かぶ。


 論功行賞こそ済ませたが、後で改めて労うとしよう。


「あれは……」


 蒲生氏郷の見つめる先。仕置軍の将たちが続々と城に入っていく中、青々と茂る田畑を眺め、伊達政宗がぼそりとつぶやいた。


「あと一歩で、ここも俺の領地となっていたのだがな……」


「どうされた、伊達殿。そんなところに突っ立っていても、何もありませんぞ」


 振り向くと、蒲生氏郷と、少し後ろに吉清が立っていた。


「これはこれは蒲生殿。…………それと木村殿」


 氏郷の嫌味を聞き流すと、吉清に一瞥。


「これだけ立派な領地、一揆が起きていたら、こうはいかなかったでしょうなあ」


「……図太い男だ」


 先の乱の黒幕が政宗と確信しているのか、氏郷は冷ややかな視線を送った。


 史実の葛西大崎一揆では、吉清の不安定な統治と、政宗の扇動によって引き起こされている。


 その結果、旧葛西大崎領は荒廃し、政宗が復興に苦労することになるのだが。


 単に一揆を起こせなかったことを言っているのかもしれないが、史実を知っている吉清にしてみれば、無神経極まりない言い様だった。


 吉清がムッとすると、政宗がぽんと手を打った。


「そうそう、たしか蒲生殿は切支丹でしたな。実は拙者もキリスト教とやらに興味があるのです。なんでも、南蛮には珍しき品が多く、堺では高値で取引されているとか!」


 あからさまに擦り寄る政宗に、氏郷が鼻で笑った。


「なんと打算的な……そうは思わぬか、木村殿」


「まったくです」


 コネを作るため、そして肉を食べるため。打算で改宗した男、木村吉清は力強く頷いた。


「私や木村殿を暗殺しようとしていた話なら、すでに耳に入っている。そういった密談をするのなら、周囲には気を配ることだな」


 そんな話があったの!? と衝撃を受ける吉清の傍ら、政宗が人を食ったように笑った。


「これは異なことを……。密談でなく酒宴の席だからこそ、蒲生殿のお耳にも入ったのでしょう。……それとも、蒲生殿は酒の席の戯れまで殿下に報告なさるおつもりか?」


 氏郷が苦々し気に顔を歪めた。


 証言だけでは、政宗の謀反の証拠としては弱い。

 まして酒の席の冗談まで報告しようものなら、恥をかくのは氏郷の方だ。


「蒲生殿には米沢をのですから、拙者とて滅多なことは言えませぬ」


「……懲りない男だ」


 奪われた米沢をいつか取り返すと宣言され、野心を隠そうともしない政宗の豪胆さに、氏郷は頭が痛くなるのだった。

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