第18話 婚姻と懲罰

 居城、寺池城で政務を行っていた吉清の元に、米谷まいや常秀つねひでがやってきた。


「折行って、殿にお話したき儀がございます」


「どうした」


「真坂城主の一迫いちはさま隆真たかざねのことにございます。隆真の嫡男と当家の娘を婚姻させようと言っているのですが、殿のお耳には入っているのでございましょうか……?」


 吉清は首を振った。


「初耳だ」


 着任当初に家臣たちに定めさせた分国法には、以下のように定めてある。


 ”大名の許可なく、家臣の縁戚を婚姻させることを禁じる。”


 勝手に姻戚関係などになられては、家中の勢力図が大きく変わってしまう。


 現代日本とは違い、お家のことが第一であったこの時代。現代とは比べ物にならないほど一族の絆は固く、強いものがあった。


 そのため、婚姻が事実上の同盟関係となったことから、豊臣政権でも許可なく大名同士の婚姻を結ぶことが禁じられている。


 ゆえに、許可なく家臣同士の婚姻を禁止したというのに、こうも堂々と破られることになるとは。


 事態を重く見た吉清は、すぐに一迫隆真に事の次第を問い詰める文を送った。


 数日後、吉清の元へ文が届いた。


 曰く、


『自分は寺池城に登城しておらず、勝手に決められた掟になど従えない』


 とのことであった。


 本来であれば、登城して弁解せねばならない立場にも関わらず、この言いようである。


「分国法には従えぬが、儂の出した所領安堵状は受け入れ、所領は現状維持、か……。都合のいい話よ」


 吉清はすぐさま一迫隆真追討を発令した。


 小幡信貞、御宿勘兵衛、中山照守を始め、兵3000を連れて城を出た。


 新たに整備した街道を尻目に、吉清はため息をついた。


「先の奥州再仕置軍の威容、国衆たちには十分見せつけたと思ったのだがな……」


 奥州再仕置軍の数や率いる将兵の姿を見て、国衆たちは戦々恐々としていた。


 一歩間違えば、自分たちが徳川家康を始めとする名だたる武将たちに討伐される側だったのだと、肝を冷やしていたのだ。


 ゆえに、今後、領内で吉清に逆らう者などいないとたかを括っていたのだが。


 九戸政実の乱に従軍したことを思い出し、小幡信貞が顔を曇らせた。


「隆真は見ていないのでしょうな……。聞くところによれば、殿がこの地を任されて以来、一度も登城していないと言うではありませんか」


「さよう。そのような者に情けをかけてやる必要などありませぬ。遺恨を残さぬよう、族滅させましょう!」


 中山照守が威勢のいいことを口にすると、吉清や信貞から笑いが漏れた。


 やはり、若武者は勢いがある。しみじみと年を取ったことを実感しながら、木村軍は行軍を続けた。






 真坂城の城門まで差し掛かると、城門の前で若武者が待っていた。


「拙者は、一迫隆真が嫡男、信真にございます。殿に降伏するべく、お待ち申した次第」


「降伏……?」


 思いもよらない言葉に、吉清が首をかしげた。


「はっ。先の婚姻は隆真が勝手に決めたことゆえ、当家の本位にあらず。また、殿におかれましては、登城が遅れたこと、改めてお詫び申し上げます」


 その場に深く頭を下げる信真。


 これから戦だと息巻いていたというのに、出鼻をくじかれてしまった。


 信真から詳しい話を聞いてみると、木村軍が向かっていると聞いて、家中が荒れに荒れたらしい。


 先の葛西大崎の乱において、木村軍は各個撃破で国衆たちを鎮圧した。


 国衆から見て、地の利を持つ相手に、連戦連勝できるだけの力があると判断されたのだ。


 その木村軍が迫ってきているとあって、信真を始めとする降伏派と、隆真を始めとする徹底抗戦派で、家中が割れたのだ。


 また、奥州再仕置軍の威容を間近で見た国衆たちが、一迫隆真に降伏を促したのも大きかった。


 ”これを退けたとしても、豊臣軍10万が攻めてくる。”


 それならば、早いところ降伏して許しを請うた方がいいのではないか、ということで意見がまとまった。……いや、信真によると、無理矢理まとめたらしい。


 一通り話を聞くと、吉清は苦笑いを浮かべた。


「あいわかった。それでは、その方らの降伏を受け入れる。詳しい処分は追って知らせる」


「ははっ」


 一迫隆真ほか、一門衆を捕縛すると、彼らを寺池城に連れて行った。


 吉清としても、戦で無駄な消耗をするのは避けたかった。


 今後に控えた樺太の統治のために、兵糧や労力は蓄えておきたかったし、何より、まもなく朝鮮出兵が待っているのだ。


 木村家にどんな軍役が課されるかは未知数だが、温存しておくに越したことはない。


 その後、一迫家に下された処分は、当主隆真の隠居と所領没収であった。


 戦となっていればさらに酷い罰が待っていたのだから、家名が残っただけでも上等だろう。


 そして、吉清としても直轄地が増えることとなった。


 当初は10万石程度の直轄地が、先の葛西大崎の乱の鎮圧、今回の一迫騒動を経て、20万石にまで増加したのだ。


 仮に、すべての国衆が反旗を翻し手を結んだとしても、吉清の石高の半分程度の力しか持たない計算になる。


 これにより、一層家中における発言力が増すことになるのであった。


 また、今回の一件で、中央集権体制の必要性を痛感した吉清は、領内各地に散らばった国衆たちを城下に住まわせることにしたのだった。

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