幕間 領地に帰還

 吉清は久しぶりに領地に戻ると、すぐに清久のところを訪れた。


「戻ったぞ」


「父上、お久しゅうございます」


「少し見ぬ間に、ずいぶんと大人っぽくなったな」


「そんなことは……私もまだまだ未熟です。父上が居なければ、右も左もわかりませぬ」


 と言いつつも、清久もまんざらでもなさそうだ。


「そういえば、京まで行かれたのでしたら、母上には挨拶されましたか?」


「…………」


「まさか、忘れていたので?」


 清久がじろりと睨む。


「……いや、違う。忘れてなどいない。ただ、奉行の仕事が忙しく、会いに行く暇がなかったのだ」


 とはいえ、京から大名の妻子のいる大坂までは物理的な距離も近い。


 会いに行こうと思えば行けたはずである。


 そのことを清久が言及しようとすると、話を反らすように吉清が手を叩いた。


「そ、そういえば、論功行賞はうまくいったか?」


「はい。父上や皆のおかげで、大過無く済ませられました」


 謙虚だなぁ、と思いつつ、吉清は首を振った。


「違うぞ、清久。儂のおかげではなく、そなたが頑張ったからこそ──」


「いえ、父上。違うのです。その──」


「おお、殿! ここにいらっしゃいましたか」


 駆け足でやってきたのは、四釜隆秀だ。


「隆秀か。どうした」


「殿より授かった備前長船兼光のお礼をと思いまして……」


「……は?」


 四釜隆秀の言葉が理解できない。


 たしかに備前長船兼光を送ったが、あれは自分用に領地に送っただけなのだが。


「……清久、これはどういうことだ?」


「どうって、論功行賞を済ませろという文と一緒に入っていたので、褒美として出したのです」


 たしかにそう書いた。だが、これを渡せとは言っていない。


「なんでも、殿が是非私にとおっしゃったそうではありませぬか」


「……どういうことだ?」


「ただ渡すより、そう言った方が喜ばれると思いまして」


「殿がそこまで私を買って下さるとは……。この隆秀、身命をとしてお仕えいたします!」


 そこまで言われると、「やっぱなしで」などと言いにくい。


 吉清は涙を飲んで、


「…………そうか。うむ、大儀である」


 備前長船兼光を手放すことにしたのであった。


 四釜隆秀と別れると、今度は南条隆信がやってきた。


「拙者からもお礼が言いたく」


「……隆信か」


 嫌な予感がしつつ、先を促す。


「殿の俸禄3ヶ月分の酒も美味でございましたぞ! まったく、殿は気前がいいですな」


「えっ!?」


 飲んだの? 儂の酒を? 勝手に?


「……清久、どういうことだ?」


「常々、父上が戦勝祝いに空けようとおっしゃっていたので」


 そうだけど。普通、自分のいる時に空けるだろうが。


 あれは……あの酒は……まだ5000石の旗本だった時代に、なけなしの金で買った、お気に入りの酒だったのだ。


 清久に自慢こそしたが、本当は一人でこっそり飲もうと思っていた名酒なのだ。


「よくも……よくも、儂の酒を……」


「此度の論功行賞、殿がご不在の中、若様はよく頑張りました」


 荒川政光がニコニコと清久の頑張りを報告をする。


「父上の言いつけ通り、土地は配らず俸禄のみとしました」


 照れ臭そうに、どこか誉めて欲しそうにする清久に、吉清はぐっと飲み込んだ。


「よく…………よく、頑張ったなぁ、清久」


 これからは必ず自分で論功行賞をしようと誓うのであった。

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