第11話 厚意の押し売り

 数日が経過して、吉清と政宗の処分が決まった。


 結論として、吉清の処分は軽かった。


 領内で乱を起こしたとはいえ、領主が交代したばかりの不安定な土地であったこと。善政を敷き、領民から支持を得られていたこと。独力での鎮圧に成功したこと。


 それらが考慮され、吉清に関してはお咎め無しとなった。


 それに対して、政宗の処分は重かった。


 所領72万石のうち、30万石を没収され、石高は42万石となった。


 本来であれば改易となってもおかしくなかったものの、秀吉の意向により減封に留まったのだ。そう考えれば、今回の処分は、事の大きさに反して軽すぎるとも言えた。


 その一方で、吉清は和賀稗貫一揆を鎮圧した功績により、旧和賀稗貫領8000石が与えられることとなった。


 ひと月前に旧葛西大崎領30万石を任されたばかりとはいえ、領地経営の手腕が評価され、吉清が抜擢されたのだ。


 聞くところによると、吉清を推薦したのは石田三成と浅野長政とのことだ。


 長政はともかく、三成まで評価してくれていたとは意外だった。


 吉清が礼を言うと、


「礼を言われるようなことではない。浅野殿が失敗したとなれば、そこを治められるのは木村殿しかおらぬ」


 とのことだ。


 過大評価とは思いつつ、満更でもなかったので、快く引き受けることにした。


「しかし……和賀稗貫一揆は儂のみで鎮圧したわけではない。実のところ、南部殿の協力あってのことなのだ。……ここは一つ、儂と南部殿で折半するというのでどうだろうか」


「お主がそれで良いなら、そのようにするが……」


 本当にそれでいいのか? と言外に訴えているように見えた。


 単純に、秀吉恩顧の大名の力をつけたかったのか。あるいは外様大名に加増することに抵抗があるのか。


 だとしたら、政宗を陥れるべく協力して欲しかったものだが。


「構わぬ。元々、南部殿から殿下によろしく伝えるよう、頼まれておったのだ」


「わかった。では、そのようにしよう」


 三成の背中を見届けて、内心ではほくそ笑んでいた。


 隣接する所領を手に入れただけで、手間としては旧葛西大崎領統治の延長線にすぎない。


 面倒な土地には違いないが、嬉しいものは嬉しいのだ。






 吉清、政宗の処分は決まったが、積雪もあり、領地へ帰ることはできない。


 京の町で文官となりそうな家臣を集めつつ、領地から離れてしばしの平穏を謳歌していると、同僚の亀井茲矩が慌てた様子で駆け込んできた。


「奥州で九戸政実が蜂起したらしいぞ!」


「何!?」


「南部信直様では独力での鎮圧は難しいとのことだ。殿下は奥州再仕置軍の派兵を決めたぞ!」


 葛西大崎の乱、和賀稗貫一揆に続き、またしても奥州で起きた反乱。


 豊臣の支配を拒むように奥州各地で起きる一揆や反乱に対し、豊臣の武威を見せつける必要を感じたのか、秀吉は大軍を送る決定を下した。


 豊臣の中枢である石田三成や浅野長政に混ざり、吉清も会議の席に加わることとなった。


 本来なら、下っ端官僚である吉清には縁遠い席。しかし、浅野長政が吉清をと推薦したため、この場に参加することとなった。


 ──今回はその立地上、吉清の協力は不可欠だからだろうか。


 一人そう納得していると、他の奉行衆が現れた。


 石田三成を始め、浅野長政、大谷吉継といった、そうそうたる面子である。


 挨拶もそこそこに、三成が苦々しくつぶやいた。


「小田原で殿下の威光を示したつもりだったが、陸奥(みちのく)までは届かなかったらしいな。氏政に代わり、今度は九戸政実に見せしめとなってもらおう」


 大谷吉継が頷いた。


「鎮圧には、東国の諸大名を動員する。秀次様を総大将に、徳川、前田、上杉を中心に軍を動員しよう」


 それから、どこの大名がどの軍に加わるか、どういった経路で行軍するか話し合われた。


 やがて、大谷吉継が吉清を指した。


「木村殿には、兵3000を率いて、秀次様の陣に加わってもらおう」


「あいや、待たれよ」


 吉継の言葉を遮るように、浅野長政が口を開いた。


「木村殿は新たに大名となったばかりで、領内に不安もありましょう。さらに、葛西大崎の乱、和賀稗貫一揆を鎮圧したばかりではありませぬか。この上さらに3000もの軍役を課しては、いささか負担が大きすぎるのではなかろうか」


 長政の弁護に、密かに胸を撫で下ろした。


 吉清の鎮圧した和賀稗貫一揆は、浅野長政が代官となった土地だ。


 自分の失態を尻ぬぐいしてくれた吉清に、借りを返そうというのか。


「それに、奉行としての仕事もある。木村殿を欠いて、いったい誰が奥州再仕置軍の行程を差配できようか」


「えっ、それがしに!?」


「木村殿に差配を……?」


 突然の提案に、三成が訝しんだ。


「左様。たしか、木村殿は昨年の奥州仕置軍にも同行していたはず。

 土地勘もあり、南部領に隣接した領地を持つ木村殿であれば、何かと都合もつけやすかろう。

 もとより奉行として実績を積んでいる木村殿にとって、難しいことでもありますまい」


「い、いやいや、それがしには荷が重すぎます!」


「ご謙遜を! なんでも、豊臣に降ったばかりの困難な土地に善政を敷き、よく治めているとか!」


 吉継が「なるほど」と頷き、三成が「一理ある」とつぶやいた。


「では、木村殿には奥州再仕置軍の行軍路を差配して頂くが、よろしいかな?」


「異論ない」


「うむ。適任だろう」


 三成や吉継の同意もあり、その場で吉清の仕事に決まってしまった。


 文句の一つでも言ってやろうと思い、浅野長政に顔を向けるも、


「そなたの出世への道は開いた。これで借りは返したぞ」


 と言わんばかりの満足気な表情を見せつけられては、何も言えなくなってしまった。

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