第10話 審問

 京都、聚楽第。


 葛西大崎の乱の審議を巡り、木村吉清、伊達政宗、蒲生氏郷が招集されていた。


 乱の責任を取らされると思ったが、氏郷によると伊達政宗を審問するための集まりらしい。


 氏郷と三成に根回しをしておいた甲斐があったというものだ。


 とはいえ、乱の首謀者であった氏家らが暗殺された今、彼らの持っていた書状だけが証拠となる。


 秀吉が扇子を政宗に向けた。


「葛西大崎の乱は、裏でそなたが手引きしておったというのはまことか?」


 政宗が首を振った。


「いえ、滅相もございません」


 一瞬、吉清に目を向けると、大げさに首を振った。


「それがしには、何のことやらさっぱりわかりませぬ……。第一、臣従したばかりの当家が、そのようなことをする理由がございませぬ。

 謀反の嫌疑をかけられ、お家を危うくこそすれ、得るものなどございましょうか」


「当家の領内で反乱を焚き付け、わしが進退きわまったところで乱を鎮圧し、あわよくば恩賞を預かろうという腹積もりであろう」


 吉清の反論に、政宗が顔を真っ赤にした。


「そんなもの、そなたの憶測ではないか!」


「伊達殿、口を慎まれよ。太閤殿下の御前である」


 三成が窘めると、政宗が平伏した。


「蒲生殿はいかがお考えか」


 三成が尋ねると、様子を窺っていた氏郷が口を開いた。


「木村領の反乱に際し、伊達領内で軍の動きがありました。兵糧や鉄砲を運び出しており、まるで戦支度をするようだったと、忍びから報告を受けております」


 忍びを送り込まれているとは思っていなかったらしい。面食らいつつ政宗が反論した。


「隣の領地で反乱があれば、備えをするのは当然のこと。軍を起こしたのは、万一に備えて、木村殿に支援を出すためのものにございます」


「そのわりには随分と軍の動員が早かったと聞いている。……それこそ、あらかじめ備えてなければできなかったであろう」


「それを申せば、木村殿こそ軍の動員が早かったと聞いております」


 話が吉清に飛び火した。軍の動員が早かったのは、単なる偶然だ。


 もとより、吉清の目的は一揆の発生を防ぐこと。今回は、それがたまたま噛み合っただけに過ぎない。


 ただ、それをバカ正直に言うわけにもいかない。吉清は少し考えて、


「港の建設のために、人足を集めてましたゆえ。用意した人や兵糧をそのまま戦に使ったのです」


「……では、港を建てるために武具まで用意したと申されるか」


「そも、武士の本懐とは与えられた領地を守ること。そのために武具を備えるのは至極当然のことにございましょう」


 吉清の反論に言葉が詰まる。政宗の背筋に冷や汗が流れた。


「……やはり、この状況は出来すぎている。反乱をだしにして、私を陥れるつもりだったのでは?」


「これは人聞きの悪い。かつて肥後一国を与えられた佐々成政殿が、領内の反乱を鎮められず腹を切ったことは、私も存じ上げております。

 新たに賜った領地で反乱を起こすなど、統治能力を疑われこそすれ、私にいかな益がありましょう」


 元を正せば、政宗がちょっかいを出して来なければ、領内を奔走する必要もなく、無駄な戦もせずに済んだのだ。


 それを、うまくいかなかったからと、吉清に責任転嫁されてはたまらない。


 ここまで領内を引っ掻き回してくれた政宗に、吉清はハッキリと言い放った。


「もし、伊達殿を陥れることが私の利益になるとお考えなら、思い上がりも甚だしいですな」


 政宗はわなわなと震えた。


「殿下は臣となった私より、その者らの言を信じられるのですか!?」


「殿下の臣というのであれば、私の方が長く仕えております。小田原攻めでようやく臣従した伊達殿よりも」


 二人に一通り喋らせたところで、三成が書状を取り出した。


「こちらは木村殿が乱の下手人から手に入れた、伊達殿の密約が記された書状だ」


 書状の内容を三成が読み上げる。


 政宗の顔が青ざめていくのを尻目に、吉清は内心ほくそ笑んだ。


 吉清は、あらかじめ三成と結託していたのだ。






 京都に着いて間もなく、吉清は三成の元を訪れていた。


 書状に目を通すと、三成の肩がぴくりと震えた。


 ――木村領で反乱を起こすこと。独立の際には伊達家が支援すること。


 それら、惣無事令に反する──ひいては豊臣家に対する反逆の証拠が並べられている。


「この書状、間違いないか?」


「柏山から取り上げたものじゃ。これと同じものが、氏家や宮崎からも出ておる。間違いない」


「これが本当なら、太閤殿下に対する謀反だ。まず、改易は免れないだろう」


「それなのだが、そううまくいくとは思えんのだ」


「……なに?」


 史実では、氏郷がこの書状を手にするも、政宗の言い訳によって覆されてしまっている。


 ただ、それを馬鹿正直に三成に話すわけにもいかない。吉清は少し考えて、


「……たしかに反乱軍から取り上げた書状には違いないが、政宗ともあろう者が、この程度の尻尾を掴ませるとは思えんのだ」


「……ずいぶんと政宗を買っているのだな」


「…………」


 未来の知識を持つ吉清にとって、政宗は脅威でしかなかった。高い野心と、己の野望に見合うだけの能力を兼ね備えている、この時代最強クラスの武将だ。打てる手はすべて打っておきたかった。


「おそらく、本物の書状とどこか違いを作っているはずじゃ。……例えば、本物は花押のセキレイの目に穴を空けている、などとな」


 わざとらしく書状に指を滑らせる吉清に、三成が頷いた。


「ない話ではないな」


「そこで一つ、そなたに頼みたいことがある。その書状、本物と同じになるよう、細工をしては貰えぬだろうか」


 三成がじろりと吉清を睨んだ。


「私に書状の改ざんをしろというのか?」


「わしのためだけではない。これは豊臣家のためでもあるのだ。

 伊達政宗は油断のならない男。殿下の死後、必ずや豊臣家に牙を剥くであろう」


 吉清の言葉は間違いではない。秀吉の死後、伊達政宗は徳川家康に接近し、関ヶ原の戦いでは東軍についている。


 吉清から見て、伊達政宗を潰すことは、豊臣の利にかなっている。


 そして、豊臣の忠臣、石田三成であれば豊臣家のためという大義名分を作れば乗ってくれるに違いない。


「くれぐれも、お頼みしましたぞ」






 青ざめた政宗に、秀吉が冷ややかな視線を送った。


「何か言い残すことはあるか?」


「お、お待ち下さい! これは罠です! 私を嵌めようと、誰かが書状を偽造したのです!」


 三成から書状をひったくると、書状を凝視する。


 小田原参陣の際に提出した書状と見比べて、何か違いはないかと探しているのだ。


 しかし、それも無駄だ。


 花押のセキレイの目に穴を空けるよう三成に根回しをした分、この勝負は吉清に分がある。


 葛西大崎の乱を独力で鎮め、この場に参陣できた時点で、吉清の負けはなくなった。


 そして、審問のためとはいえ、この場に現れた時点で政宗に勝機はない。


 言い逃れもできなければ、領地に籠って徹底抗戦もできない以上、待っているのは罪人として裁かれる未来だけだ。


「……伊達殿、潔く認められよ。これ以上、殿下のお時間を無駄にするでな──」


「……こちらをご覧ください。本物の書状にはセキレイの目に穴が空けられております。しかし、木村殿の書状には空いていない。つまり、これはまぎれもなく偽の書状です!」


 吉清の言葉を遮り、政宗が書状を見せつけた。


 秀吉がううむ、と首をひねった。


「……ここまでのようじゃな」


 証拠や証言も出尽くしたと判断したらしい。


 三成が頷き、二人に向き直った。


「では、双方の処分については追って知らせる。処分が決まるまで、両名は京の屋敷に留まり殿下の裁量を待つように」


「はっ!」


「……はっ!」






 審問が終わると、三成に詰め寄った。


「石田殿!」


「悪いが後にしてくれ。これから、この件で下す処分について話し合わなくてはならないのでな」


「何ゆえ穴を空けてくださらなかったのか!」


 三成の言い分を無視して問い詰める。


 あれさえあれば、政宗を追い詰められたというのに。


 未来がわかっていたというのに、結局史実通りとなってしまった。


 それが吉清には口惜しかった。


 吉清の問いに、当たり前のことのように答える。


「私の仕事は殿下の目となり耳となること。ありのまま殿下にお伝えするのが、私の役目だ」


 そうだ。石田三成とはそういう男だった。


 融通の効かない男。職務に忠実だが、それゆえに多くの武将から恨みを買った武将。


 それが後世にも残る、三成評だ。


 その頭の固さ故に、実直な心根故に、関ヶ原の戦いを引き起こしたのではないか。


 未来を知り、現在の三成を見てきた自分に、それがわからないはずがなかったというのに……。


 内心では、政宗の計画の甘さを笑っていたが、本当に目論見が甘かったのは自分の方だったのか。


 吉清は自分の甘さに歯噛みするのだった。

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