エピローグ

3月上旬、東山動植物園のコツメカワウソ近くにあるベンチに座っている青年がいた。白いパーカーを着て足を広げて退屈そうにスマホをイジる。まわりに連れと呼べるような友達も、可愛い彼女も見当たらない。

青年はハァと溜息を付いた。青年は立ち上がりコツメカワウソがいる方へ向かって叫んだ。

「おーい!シロ!もう良いだろ!」

コツメカワウソのお尻を追いかけ回していた白い妖怪がこっちを向いて、ため息をつき嫌そうに飛んできた。

「何やねん鷹目!ええ所やったのに」

「もう30分経ったぞ」

「まだまだやないか!」

鷹目はわざとらしい溜息をついてベンチに戻り、手のひらで横に座れとベンチを叩く。シロと呼ばれたカマイタチの妖怪は渋々そこに座った。

「で、鷹目。あのぬいぐるみ、あの後どうしたんや」

「ちゃんとしたところでお祓いをしたよ。ぬいぐるみはただのぬいぐるみに戻った。今は北浜さんのところに返却済みだ」

「そうか、一安心やな」

鷹目が小さく頷く。

「あの後、源蔵先生へお礼も兼ねて病院に行ったついでに北浜幸さんの担当看護をしていた人に聞いたんだ。よく言ってたらしいよ。「白血病が治ったら私もナミみたいに恋をしたい。そしてその人と一生仲良く生きて暮らしたい。きっと楽しい事ばかり。だって今が一番辛いんだからね」って。そう思いながらあのぬいぐるみを作ってたんだろうな」

「でもそれが悪い方向にいってしもたんやな......」

「北浜ナミは北浜幸の願いを叶えようとしただけとも考えられるよ。でも良かった、観月さんと進藤先輩を救い出せた」

「せやな。あ、そういえば鷹目、お前50万円もらえたんか?」

シロが報酬のことを思い出した。鷹目はこのお金に目がくらんで仕事をすることにしていたはずだった。しかし鷹目は残念そうに遠くの空を見つめている。

「それがなぁ、京都駅壊しすぎだって言われて報酬は8割カットの10万円」

「まだ10万残っとるやんか」

「進藤先輩に飲ませた真吐きの薬が10万してるんだよ!プラマイゼロだ!」

「アッハハハ!悲惨やなぁ!タダ働きしただけか!!」

ゲラゲラとカマイタチは笑う。鷹目は足を組み直してベンチに背中をもたれかけた。ひとしきりカマイタチは笑って、そして息を整えた。シロが一番気にかけていたのは違うことだったのだ。

「なぁ鷹目、レイコ、観月はどうしてるんや?」

「もうそろそろだと思う」

「何が?」

鷹目がスマホを取り出し連絡がないか確認しようと画面の電源をつけようとしたとき、鷹目を呼ぶ女性の声が聞こえた。

「鷹目さん、シロ」

「レイコ!!」

シロがぴょーんと飛んでレイコの目の前で止まる。

「良かった、元気しとったんやな!」

「観月さん、まだシロが見えるんですね」

「はい、少しぼやけ始めてるんですけどね......」

観月は少し寂しそうな顔をした。

「いや、ええことやでレイコ。俺たちは基本的に見えへんほうがええんやからな」

「かもね。でも、見えてるうちに言っておきたいからね。ありがとう、シロ」

レイコがよしよしと頭を撫でるとシロは嬉しそうに空へ飛ぶ。

「へへへ、どういたしまして!」

鷹目は観月に座ってくださいとベンチの端に移動した。観月がベンチに座るとシロも観月の膝の上に降りてきた。

「あの後、記憶は戻ってきました?」

「えぇ。もうすっかり。あの日、私はさっちゃん。あぁ北浜幸ちゃんのことです。さっちゃんのお見舞いに行ってたんです。小学生の頃、私とすっごく仲良しで。私が転校するってなったときにこのぬいぐるみをくれたんですよ」

そう言うと観月は鞄の中からオレンジ色の花の形をしたぬいぐるみを取り出した。決して上手とは言えない子どもの作ったものだった。しかしシロはそれを見た瞬間、あっと声を上げた。

「これや!シンシンとレイコくっつけてたやつ!」

「そう。私とシンシンを離れないようにくっつけてたのはさっちゃんだったの」

観月はそのぬいぐるみを大事そうににぎる。鷹目はなるほどなぁとつぶやいた。

「そうか。階段から落ちたとき北浜幸さんは体だけでなく、魂も消えかけてたんだろうな。それでも観月さんの魂だけはなんとかして路頭に迷わないようにしたかった。それで幸さんは咄嗟に観月さんの魂をシンシンに縛り付けたってことか......」

「幸っちゅうのはホンマすごいやつやな。今頃は天国で楽しくしとると思うで!」

シロがそう言うと観月はクスっと笑った。

「そうね。私もそう思う。あ、そういえば鷹目さん、仕事はどうしたんですか?」

「え?あぁ、もう辞めたよ。家庭の事情で辞めたことになってるはず」

「そうなんですか」

「進藤先輩には申し訳ないことしたなって思うけどね」

「大丈夫ですよ。私から言っておきます」

「え?どうゆうこと?」

観月はフフッと笑い、そして自分の左腕に付けた腕時計を見た。膝の上からシロをおろして、ベンチから立ち上がった彼女は笑顔でこう言った。

「今からシンシンと映画を見に行くことになってるんです」

「は!?」

シロが丸い目を更に丸くさせている。

「レイコ!お前、あんまタイプやないって言うてたやんけ!」

「うーん。そうなんだけどね。でもやっぱりいい人ってのは分かってるし。何より3ヶ月ずっと一緒だったから、逆に離れづらくなっちゃって......」

観月は恥ずかしそうに笑う。

「観月さん、何の映画みるんです?」

「『長い夜が来る前に』ですよ。だって私、ナミに気絶させられて後半見てないんですからね!あ、そろそろ行かなきゃ。それじゃ、鷹目さん、シロ、本当にありがとうございました!またいつか!」

そう言うと観月はタタタと走って行ってしまった。

「マジか......あっちゅうまに帰っていきよった。あれはもう恋する乙女の顔やったな......」

ぽかんと口が開いたまま、シロが言う。

「ハハハ!もうちょっとかわいがってもらえるかと思ってたな!シロ!」

「ホンマそれ!俺、結構カッコイイ所見せたと思ってんけど!撫でられておしまいかー!」

そう言ってシロはベンチの上に仰向けに寝転んだ。

真っ白なお腹を見せて空を見上げるシロ。その隣に座る鷹目も空を見上げた。雲ひとつ無い空が真っ青に広がっていた。

「なぁシロ、何で弱化の札剥がした時、逃げなかったんだ?」

少し冷たい風が吹く。

「んー?お前、俺が相棒を見捨てるような薄情者に見えるっちゅうんか?」

シロがニヤッと笑って鷹目を見つめた。鷹目もニヤッと歯を見せて笑った。

「まさか!お前は俺の最高の相棒だよ!」

鷹目が指を差し出すと、シロはヘヘッと笑って右手でそれを握った。

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鷹目とシロ @KKK_kkym

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