愛のない島

インタビュー


 ええ、そうですね。

 最初は、あの事件が起こる前の事から……。

 はい、大丈夫です。

 もう私にとって、随分と昔のことです。

 それにあの島の人間として、誰かに話す義務があるように思えますから。

 

 ――あの島での生活は簡素でした。

 簡素で、完結していた。

 貴方が、多くの人々が、それをどう思うのか分かりませんが、私はその生活を美しい、と感じていました。

 一切の矛盾無く、全ての行動が『生きる』という現象に直結していた。

 あの島で、私達はただ生きるために生きていたんです。

 何を言ってるのか分からない、という顔ですね。

 誰しもがそうだ、と思っていらっしゃる。

 島の外での『生きる』という言葉の定義は複雑です。

 様々な意味を内包している。

 食事をして、睡眠をとって、それだけでは『生きる』とは呼ばれない。

 ですが、あの島での定義は簡潔でした。

 どこまでも原初的だったんです。

 種としての生を存続させる。

 それだけが、『生きる』という言葉の意味でした。

 どこまでも動物的だったんですよ。

 単純だからこそ、矛盾が介在しなかった。


 ……あまり、興味がなさそうですね。

 いえ、分かっていますよ。

 貴方が聞きたいのは、生ではなく、性のお話ですものね。

 それと、血の流れる話でしょうか。

 いえ、軽蔑はしません。俗だとも思いませんよ。

 貴方がそういう雑誌の記者だとは知っていますし、私も今では、島の外の人間です。

 私が現在、どういう仕事をしているか分かりますか?

 そう、体を売ってお金を稼いでいます。

 もしかして、調査済みでしょうか?

 あの島で育った女にとっては、天職ですよ。

 私は唯一あの病気に罹りませんでしたから。

 知らない人間に抱かれることに対して、何の不快感も覚えません。

 

 え? 『病気』という表現が変? そうでしょうか?

 正しく病だと思いますよ。

 私は感染した人間が、次々と死ぬのを見ていましたから。

 それに島の外でも、あの病によって人間は苦悩しているじゃないですか。

 どころか、生殖までのプロセスを歪曲している元凶です。


 話を戻しますね。

 その人は、唐突に現れました。

 いえ、彼が人類学を研究する学者であると知ったのは事件の後です。

 その時はただ、たまたま島を発見したのだ、と。

 私達は、その嘘を簡単に信じました。

 そもそも島には、『嘘』が存在する必要性がありませんでしたから。

 

 彼は暫く島に滞在して、島民と触れあいました。

 今思えば、観察をしていたのだと分かります。

 私達は彼にとって研究対象なのですから、当然ですね。

 そして彼が特に興味を示したのは、私達の生殖行為についてでした。

 はい。グループセックスですね。

 乱交と言った方が、貴方の書く雑誌向きでしょうか。


 その乱交を目撃した彼は、カメラで写真を撮った後に尋ねました。

 ――勿論、当時はそれがカメラという代物だとは知りませんでしたが。

「君たちに、特定のパートナーは居ないのか」と。

 私達はそれを生殖のパートナーだと解釈し、正直に、「居ません」と答えました。

 彼は驚いた表情をして、一度島から出て行きました。

 

 そして二度目に彼がやって来たとき、そのバッグには色々なものが詰め込まれていました。

 小説、音楽を聴くための機材、映像作品とそれを再生する機材。

 私達はそれが何故、私達にも理解可能な言語で構成されているのか、そもそも何故、旅人である彼と意思の疎通が可能なのか、それすら疑問に思うことさえ出来ず、彼が齎したエキゾチックな文化に魅了されました。

 そうする内に、小説、音楽、映像に含まれていた、ある概念が島民の中にゆっくりと内面化されていったのです。


 はい。『愛』ですね。


 あの島には存在しなかった概念。

 彼は、恋愛の文化がない島に、男女間の『愛』という文化を持ち込んで、島民がどう変化するのか観察しようとしたのです。


 本来、錯覚としか思えないような『愛』の感染能力は凄まじく、変化はすぐに訪れました。 

 あっという間に島中が、愛という病に犯されたのです。


 最初の事件は、私の目の前で行われました。

 乱交が基本的な生殖方法だとはいっても、例えば日中、誰かと二人でセックスをする場面もありました。

 そのとき私を抱いていた男が、背後から殺されたのです。

 私の中に入れたまま、彼は死んだのです。

 私は、死体を私から引き剥がした男に問いました。

「何故こんなことを」と。 

 すると、彼は言ったんです。

「君が他の男に抱かれているのが、どうしても許せなかった」

 

 笑ってしまいますよね。

 彼は、私のことを『好き』になってしまっていたんです。

 

 そこからは一瞬でした。

 嫉妬、独占欲、愛憎、支配欲、或いは隷属欲求。

 『愛』から派生した数多の悪感情に、生まれた矛盾に、作られた嘘に、今まで全く免疫のなかった島民は簡単に狂いました。

 

 貴方も、事の顛末は知っていますよね?

 私以外の島民は皆、死にました。

 『愛』に殺されたんです。

 『愛』を知らない私だけが生き延びたんです。


 そして私は、未だに『愛』を知りません。

 そんな私を哀れだと思いますか?


 ですが私は、あの島に、愛のなかった頃の島に、戻れることなら戻りたいと思っているんですよ。

 そこにはきっと、矛盾のない美しい生活が待っているのですから。





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愛のない島 @hiyama_haru

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