普通のOL薬袋真帆

梶井スパナ

第1話 恋愛脳でグダグダする話

 私の名前は薬袋真帆みないまほ。似ている芸能人は、あぶら取り紙の老舗、よーじやさんのマスコットキャラクター。

 お米に入れてビタミンアップ!で有名な会社の、総務に勤務する、普通のOL。

 同じく総務の小池美智子こいけみちこさんとは、県内のレズビアンバーで知り合った。同じ部署内にいるというのに、そんなそぶりも見せなかったから、バーであった時は全く驚いたものだけど、お互いにLINEを交換して、部内では普通に過ごし、毎日夕暮れの頃には今夜の夕飯のメニューなどを連絡し合う仲になった。

「薬袋さん、これ、よろしくお願いします」

 営業の柳井やないさんが、営業課の皆さんの分の領収書をもって、総務にやってきた。ついでに電球と、なくなっているトイレットペーパーの受注に来てくれた。柳井さんは肩までの髪に、割ときつめのパーマがかかっていて、あまり交流もないので心の中でそっと「わかめさん」と呼んでいる。ワカメは大好物なので、決して悪口ではない。

「薬袋さんって、休日は何をしているんですか?」

「えー…そうですね、百貨店に行ったり…」

 そのくらいの会話は毎日するし、柳井さんはとてもいい人なので、私好みの缶コーヒーとフィナンシェをいつも差し入れしてくれる。こんなに気が利くのだからきっと営業成績もよいだろうに、総務への雑用を任されているなんて、不思議だ。やはり女性だから、営業内で、何か気を遣うことがあるのだろうか。


「柳井さんって、とても丁寧な方ですよね」

 小池美智子さんにそうLINEすると、困ったような顔をした、ねこのスタンプが一気に5個も送られてきた。かわいいけれど、なんで…?


「あんなに好意を向けられていて、それで済んじゃうんだ…私だったらマジで、ガチで、オトしに行くけど」


 LINEの文章に目をむく。


「さすが既婚者キラー」声に出す前に返信していた。

「あのね、既婚者のほうは、勝手に死ぬだけ。すきでもない相手に好かれても、本当に困るんだから」と秒で返ってきた。

 そして、専務らしき人からの、所謂、おじさん構文のLINEのスクショが貼られて、笑ってしまった。人の恋愛を笑うのはひどいとは思うんだけど、「僕だけのネコちゃんになって、ううん、君が望むなら、僕が猫ちゃんになっちゃうにゃー」って絵文字だらけでかかれたら、まだ付き合ってもいない、告白段階の相手と言うことも含め…、いえ、大好きな相手でも笑ってしまってもいい気がする。

 恋人同士のおふざけの延長なら素敵だけど。恋人はね、なにをしても、許される特権がありますからね。お互いが了解し合っている状態でのおふざけを、気持ちが離れた後に、晒しあったりするのは絶対にタブーだと思うし…この話はこの辺でやめておきましょ。

「話は戻るけど、柳井さんは絶対、真帆さんに気があると思うよ」

 イケイケとかかれたスタンプが送られてきた。困り顔のおじさんのスタンプを返信して、夕飯をたべるね、と返した。


 わかめさんが、わたしに…?


 そういえば、ディナーに誘われている事を思い出した。女同士で、同じ会社内で、なかなかそういう相手に巡り合えない同性愛者が、向こうからのアプローチで、恋人同士になれる、なんてどんな確率だろう。

 こんな田舎の町で。

 レズビアンバーで知り合った、というのならお互いの恋愛対象はわかっているだろうけど。もしも、わかめさんが、わたしの事を好きなのだったら、と考えたけど…まあそれは絶対にありえない。

 ぶりの照り焼き、ほうれん草のおひたし、里芋の味噌汁、手作りの海苔のドレッシングをかけた大根サラダを完食して、食休みしてから、お風呂、少しのストレッチをした。夜の10時に布団に入るころには、そんな話はすっかり忘れて、今夜の魚がおいしすぎたから、明日のランチメニューも、当然和食にしようと考えながら、眠りについた。



 ;;;;;;;;;;;


 柳井さんは、今日も総務へ来ると真っ先に私のデスクへ駆けつけて来た。諸々のお仕事を頂戴して、そこで美智子さんのLINEを思い出した。「気がある」…まさか。

「今日はバウムクーヘンと缶コーヒーなんですけど、バウムお好きですか?バナナと紅茶がありますけど、両方食べます?」

 子犬が駆け回っているみたい。柳井さんがおススメのお店のショップバックに電話番号もありますからねと、紙袋をくださってから、新品のバウムクーヘンを取り出して、わたしの机のお菓子置き場にそっと追加してくれた。なんて可愛く配置するんだろう…。

 ちょっと好きになりかけている。まずい、もしも、こっちが夢中になってから「気持ち悪い」なんて言われたら立ち直れないかもしれない。いや、もう私もいい年なので、立ち直れるんだけど。別に全然気にならないんだけど…。

「薬袋さんって和菓子はどうなんでしょう、和菓子ってどうしても日持ちしないから、差し入れとしては賞味期限切れになることが多くて、ちょっと躊躇しちゃうんですよね。でもとっても美味しい黒豆大福屋をみつけまして、お好きだったらさしいれたいな~っておもうんです」


 和菓子なんて、大好きに決まってる…!

 この好意がなんであっても、好意には違いないんだから、わたしはにっこりと笑顔で「豆大福、大好きなので、黒豆も食べてみたいです!!是非お店を紹介してください!今度の休みに行ってみたいです」

 と、探りを入れてみた。

 ここで柳井さんが、私と休日に出かけたいと思っていれば、きっと言ってくれる「一緒に行きましょう」って言葉を、待ってみた。もしもだめなら、営業の人だもの、簡単な地図か、お店の出しているチラシを渡してくれる。そういう言葉選びを、したつもり…!!

「わ、わー…やっぱりお好きだったんですね。いつもお弁当が和食ってお聞きしてたから、そうかなって思って。よかったら、一緒に行きませんか?案内させてください!」

 人懐こい笑顔で、わかめさんがそう言ってくれた。よし、第一関門は突破したっぽい。優しい子だから、ってのもあるから、気を引き締めて…好きにならないようにしなきゃ…。もしも、すきになるとしたら、相手の告白の後だって全然大丈夫だと思う。

 しかし私のお弁当のメニュー、どこから漏れてたんだろう…?美智子さんかな…?



 ::::::::::


 果たして、その日はやってきた。

 素敵な和菓子屋さんは車の入らない路地であることが多い。相手は営業の人だから、「ちょっとそこの角です」なんて言葉だったとしても、かなり歩くことが予想されるので、キレイめのシューズを履いて、服は女らしく、すべての首が見えるコーデで決めた。

 もしもディナー、なんてことになったら、うーん、靴だけ急いで買いにはしって、スカーフと、細いネックレスをすぐつけられるようにカバンに入れておこう。つけて歩くと汗で赤くなってしまうかもしれないから、日焼け止めだけ塗って、粉で綺麗にした。

 少しはしゃいでるのは、自分でもわかってる。

 お洒落するのは自分のためなので、けしてこれは、まだ恋ではないんだけど。


 最寄り駅で待合せると、素敵な私服のわかめさんがいた。ベージュ色のシャツに白いパンツを合わせるとか、スタイルがいい人しかできないのでは…と思う。いつもと違った華奢な時計を見て、「あれ、薬袋さん少し早いですね」とほほ笑んだ。

 子犬みたいだったのにすっかり大人の女性で、嬉しくなってしまう。

「柳井さんだって、待ち合わせの15分前ですよ。まだお店開いてないのでは?」

「いえ、いえ、おいしい和菓子屋さんだけあって、すごい混むんです。少し並ぶくらいですから、このぐらいでいいですよ。一時の打合せだからと午後前に行ったら売切れてたなんてこともあるんですから」


 雑談をしながら、和菓子屋さんにたどり着くと、もう二・三人のグループが並び始めていた。オープンまで一時間。その間に、お店の方が注文に来てくださって、滞りなく購入することができた。待っている時間も、苦ではなくて、ちゃんとしてる子だな~と、なぜかご両親に感謝をしてしまった。


「薬袋さんもスニーカーとか履くんですね、そういう格好も素敵です」

 公園に寄って、移動販売のジュースを購入したわたしたちは、近くのベンチで大福を食べながら雑談していた。わかめさんがそうあっさりと今日の服装を褒めてくれるので、わたしも「柳井さんも素敵で、スーツ姿を見慣れているから驚きました」と、するりと褒めることができた。


「あ、そう…なんですよ!いつも黒とかグレーだから、反対の色にしよーっておもって…!イメージ変えていきたいな…と」

「そっかあ」

 イメージを変えたいってどういうこと…?いいイメージをわたしに持ってもらいたいってことかな…?好意的にとり過ぎかな…、いくら赤い顔でニコニコと言ってくれるからって、自分が、恋愛脳すぎて若干引く。

 スウっと冷める音がした。冷静になろう。きっと素敵な女性的には、普通に友達になりたいという距離の詰め方だ。わたしのなにが、そんなに気に行ってくれたのかはわからないが…。


 きいてみるか…。


「柳井さん、どうして私に、こんなに良くしてくれるんですか?」


 あ、この顔はダメなやつだったかもしれない。

 柳井さんは少しだけ頬を赤くして、短い髪をくしゃりとして、横を向いた。


「昔、飲み会で、薬袋さんが良くしてくれたんです」


 昔話始まった。…まだ大丈夫かな…うん、うん、と聞いてみる。わたしはその飲み会、あんまり覚えてないかもしれない…。

「営業をはじめたばかりで、お酒の作法も分からず、すすめられるままに飲んでればなんとかなるだろうと、どこへ行っても飲みまくってたんですよ、私。まあ酔っても帰れてましたし。そしたら、あの飲み会で、赤ワイン二本を開けたあたりで気持ち悪くなってしまって、でも全然吐けなくて、トイレでうなだれてたら、薬袋さんが来てくださって…」

 なんとなく、思い出してきた気がする。無茶な飲ませ方をする方が、営業課長やってるから、トイレで落ちてる人がいつもいるのよね。…普通にいつも、ゴム手袋持ってる特殊な荷物形態のわたしだから、よく洗ってから、口に手を突っ込んで吐かせてあげたんだわ…。あー…強引にごめんね…。


「そしたら、「わかめが、わかめを…!吐いた!!」って爆笑してくださって!

 なんか多分、男ばかりの営業部で、格好つけなければとか、自分が頑張らなきゃ後続の女の子のために!!とか、そういうしがらみが、その時スポーンと、とれたんですよね」


「…う、ごめんね、なんか私すごくひどいやつでは…?」


「え?!そう聞こえました!?私としては、とても、良い話なんですよ!!!!誰かに聞かせたこともなくて、自分の胸の中の宝物にしてたくらいで…!!話し方下手だったらすみません」


 ワカメ、って本人に言ってしまってたし、今も慌てさせてるし…もう…これは…ほんとに…申し訳ない…こっちは勝手に恋愛的にときめいていたのに、自己啓発の諸々だったなんて…ほんと…純粋っていうか、…ありがとう…。


「だから、それからずっと、薬袋さんの事、きになってしまって」

柳井さんが続けてくれたけど、たえきれなくなって、

「ごめんね、わかめって呼んでた。」

 まずはそこを謝った。そしたら、柳井さんがとんでもない!と手を振った。

「私が柳井若芽やないわかめって、知ってらしたのも嬉しかったし、飲み屋でサラダばかり食べたら悪酔いするって、気付いて本当に良かったです!!」

「え!?わかめ…ちゃん…」

「今更…!呼び捨てでいいですよ!!」


 そか…そうだったのか…。わかめさんは若芽ちゃんだったのね…。なんか色々勘違いしてたみたいでどっと疲れた。

 よかった、一度一緒に外出してみて。美智子さんにもちゃんと連絡しよ。いい子だったよって。


「そして、本当は素敵なディナーに誘いたかったんですけど、この公園も素敵なので、もう言ってしまいますね」


 わたしは、もう何が来てもまあまあ乗り越えられるだろうな、と思って、うんうんと頷いた。


「好きです。交際してくれたら、嬉しいです」


 結局告白じゃんーーー?!?!




 デートだったわと美智子さんにLINEして、わたしの驚きとグダグダの恋愛脳に振り回された休日はおわった。まあまあ、恋愛脳で良かったって話なのだけど。

 明日も若芽ちゃんは、わたしに逢いに来てくれるっていう。お付き合いをしてから、すきになればいいじゃんなんて言ってたのに、メロメロになってしまう予感しかしない。怖い。



 完

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