優等生であれと言い続けていた人達は両親の敵だったらしい。利用されていた少女は、彼等の元から追放され自由になる

仲仁へび(旧:離久)

第1話




 私ディアナ・アークレインは、名家に引き取られた者。

 だから迷惑をかけないようにしなければならない。

 恩を返すために頑張らなければならない。


 名家の子供が通う学び舎に足を運ぶ私は、いつも勉強ばっかりをしていた。


「ディアナ様は素敵ですわ」

「マナーもしっかりしているし、体育の授業も座学も完璧」

「ディアナ様の様な素敵なお嬢様に、私もなりたいわ」


 そんな私を見る周りの目は、だいたいそんなもの。


 けれど、なぜか心に響かない。


 どれだけ褒められても、この心が満たされる事はなかった。


 言われた事はちゃんとして、指示された事も完璧にこなす。


 その結果は、いつも満点だ。


 才能があったのか、どんな事でもうまくこなせた。


 でも、何をやってもその心は満たされないまま。


 氷のように冷たく凍りついたまま動かない。


 まわりが何かを言って盛り上がっていても、その感情の熱を共有できない。


 それはとても孤独だった。


「今度のテストは、将来に影響します。ディアナ、いいですね? アークレイン家の名前に泥を塗らないように」


 求められた役割は優等生。


 決められた筋書きはエリートのまま進学する事。


 そして、他の名家に嫁ぐ事。


「君のような完璧な女性を妻にできるなんて、僕は幸せ者だね。こちらの家のためにも、できればずっとそのままでいてくれたまえよ」


 私には婚約者もいた。


 けれど、どれだけ愛を囁かれても、私の心は動かなかった。


 毎日が、とてもつまらなかった。






 けれどある日、自宅の庭にとある男性が迷い込んできた。


 傷だらけの男性は、何かの仕事で失敗したらしい。


「俺はカロル。助けてくれてありがとな。あんたみたいなお貴族様とは話があわねぇと思ったけど、意外とそうでもないみたいだ」


 彼の手当てをしていくうちに、私はもっと彼と話したいと思う様になった。


「俺、この辺りには来たばっかりなんだ。だから案内してくれよ」


 だから、私は色々と彼の世話を焼くようになった。


 町の施設を紹介したり、頼りにできそうな知人を紹介したり。


 彼はその内に色々と話してくれるようになって、「妹がいるんだ。でも重い病気で、だから薬代を稼がなくちゃならない。そのせいでつい先日は仕事に失敗したんだが」彼にも深い事情があるのだと知った。


 けれど、相変わらず学校での日々は退屈で。


「ディアナ様は今日も素晴らしいですわね」


 何も心が動かない。


 しかし。


 一度、彼が学校に不法侵入してきた事があった。


 その時はとても驚いた。


 後になって思い出しても、心臓がドキドキしてしまう。


「暇だからあんたの顔を見たくなったんだ」


 そういう彼は、まるでいたずらっ子みたいで、なぜだかおかしくなって笑ってしまった。


 私は、もっとたくさん彼の事が知りたいと思うようになっていた。








 けれど、彼は表で堂々と生きていけるような人間ではなかったらしい。


 どこかの街角で、おたずね者の貼り紙をみた時に、彼の事だと気が付いた。


 彼は罪人で多くの人を殺しているのだとか。そんな内容が書いてあった。


 けれど、私はそれを信じられなくて、彼に問い詰めたのだ。


 そうしたら「妹のために、お金を稼がなくちゃならなかったんだ」と彼は事情を話す。


 とても重い病気にかかっているその妹は、刻一刻と状況が悪化していくらしい。


 だから、高価な薬が必要だったのだ。


 でも、すぐに大金を用意できるわけがないから、非合法な事に手を染めていたらしい。


 アークレイン家の人間として行動するなら、私は彼の事を然るべき場所に伝えなければならない。


 けれど、できなかった。


「町の人達が貴方の事を探しているわ。もうこの町からは出ていった方がいいわよ」


 それだけでなく。


 彼が安全にこの町から出ていけるように手伝いをしていた。


「いいのか。そんな事したら、あんたの立場が」

「だって、貴方は悪い人には見えないもの」


 彼を逃がす時は、私の正体が人に見られないように、念には念をいれてしっかりと対策を立てた。


 でも、なれない事をしたからだろうか。私はミスをしてしまったらしい。


「まさか、アークレイン家の人間が罪人を逃がす手伝いをしているとはな」


 罪人を捕まえようと巡回していた騎士に、見つかってしまったのだ。


 それは、たった一度のミス。


 けれど、大きすぎた。


「こいつは悪くない、俺が脅したから、逃亡を手伝っただけだ」


 彼は私をかばってくれたけれど。

 そのミスは取り返しがつかなかった。


 私は、アークレイン家から見切りをつけられた。


「成績優秀なお前が、罪人の味方をするとはな」

「事実かそうでないかなんて関係ないわ。一度そういう噂が立ってしまったのなら、もう切り捨てるしかないわね。今、国から怪しまれるのはまずいのに」


 彼らは冷たい目で私を見据えながら、荷物をまとめるように述べてきた。


「せっかく手をかけて育ててやっていたのに、この恩知らずめ! 将来の計画に役に立つと思った俺達が馬鹿だった。お前なんて引き取らなければよかったんだ。教育にかける時間を無駄にしたな。この家から出ていけ!」


 そして、家を追放されてしまった。

 婚約も当然白紙に戻された。


 町で見かけたクラスメイト達は、遠巻きに私を見つめるのみ。

 誰も声をかけてこない。

 婚約者などは影すら見かけなかった。


 寄る辺をなくしてしまった私に声をかけてくれるのは、あの時無事に町の外に逃げられた彼カロルだけだった。


「俺のために、こんな事をして良かったのか」


 申し訳なさそうにしている彼は、話した。


 自分が殺し屋の看板をかかげているという事を。


 けれど、殺した人間はいないという事を。


 みんな、秘密裏に逃がしてやっていたのだという事を。


「信じてもらえるか分からないけど」

 私は「信じるわ」と言った。


 そして彼に「これでよかったのよ」と伝える。


 あの家で、人形のように生きているよりも、彼の傍で生きていたほうが楽しいから。


 それに、この件がなかったとしても、私はあの家を離れていただろう。


 私は人として「恩を返す事が大事な事だ」と思っていた。


 けれど、返さなくても良い「恩」もあるのだと知ってしまったのだ。







 家から追放される時、私はこれが最後だと思って今まで遠慮していた調べ物を行ったのだ。


 私は孤児で、名家であるアークレイン家に引き取られた身だ。


 その家では跡継ぎがいなかったから、どうしても子供が必要だったのだろう。


 何も知らなかった私は今まで、その恩を返すために一生懸命だった。


 けれど、私は真実を知ってしまった。


 私が子供の頃に住んでいた貧民街のザイン地区は、アークレイン家の者達の手で焼き払われてしまったのだと。


 新しい施設を建てるために、住民達に立ち退きを要求していたが、その者達が退去に応じなかったため、ザイン地区に火を放ったのだ。


 そのせいで、私の両親が死んでしまった。


 アークレイン家の者達がやった事は、法律では罰する事ができない。


 あの家は、国の中心部と結びつきが強すぎるから、事を荒立ててももみ消されるだけだろう。


 確かに、育ててもらった恩はある。


 しかし、そもそも彼らがまいた種で私は孤児になる羽目になったのだから、もうその恩を返そうとは思えなくなった。








 アークレイン家の人間ではなくなった私はただのディアナだ。


 名家のお嬢様でもなんでもなくなった私は、一般市民の暮らしに慣れるのにかなり苦労をした。


 彼と、そして彼の妹と共に、各地を転々としながら、日雇いの仕事をこなしていくくらいしかできない。


 だから、お金はいつもギリギリで、ご飯を食べていくのがやっと。


 何の寄る辺もない私達は、非合法な仕事に手を染めなければならない事もあった。


 人として守るべき一線として、誰かの命を奪うような事はしなかったが、それでも私達のせいで大勢の人が困っただろう。


「こんな事なら、アークレイン家にずっといた方がよかったのかしら」


 何度も眠れない夜があった。


 けれどそのたびに共に行動している彼に励ましてもらった。


「お前はあの家で暮らしていけるほど、おりこうさんじゃなかっただろ。こんな俺についてきちまうほどだからな」


 それからは時に、重荷になっているのではないかと思いつめた彼の妹が家出してしまったり、


 アークレイン家の者とはちあわせてしまいそうになったり


 カロルの正体がばれそうになったりなど、


 様々な事件はあったが、それらもすべて乗り越えてきた。


 けれどそんな私達の前に、大きな問題が立ちはだかる。







 アークレイン家の者達が国家反逆罪で捕まってしまったのだ。


 細かい事情は想像はできないが、彼等はとんでもない事をしでかそうとしたのだろう。


 国王の命を狙って、自分と同じ考えの者を新たな王にしようと企てていたようだ。


 国王暗殺は大罪だ。


 だから、一族全ての人間が処刑される事になる。


 追放された形になっていたが、私もその例に漏れない。


 国中に大勢の追手が放たれた。


 それを何とかするには、他の一族の者を捕まえるしかなかった。


 計画に加担したアークレインの一族は全員捕まったわけではなかったらしい。


 だから私達の手で捕まえて、国に反するような意思はないと証明するのが有効だった。


 私は、カロルと協力して反逆者達を追い詰めていった。


 私達に追い詰められた一族の者達は、命乞いを始める。


「同じ一族の者だろう。孤児とはいえアークレインの名前を名乗った人間なら、仲間を見逃すのが道理ってものじゃないのか!」


「親の仇だと? そんな昔の事にこだわって、いつまでも! 恩を忘れたのか」


「どうせ、我がアークレインの家を使って散々わがまま放題してきたんだろう。今になって、手のひらを返すのか!」


 けれど、そのどれもが聞くに値しない言葉ばかりだった。


「貴方達のせいで私は両親を亡くしたのよ、そんな人たちの言葉を聞いてあげられるわけないじゃない」


 相対した逃亡者たちも、幼い私を不幸にした人間の一人だった。


 ザイン地区ごと両親を燃やした事件に加担している。


 なら躊躇う必要性などなかった。


 私は、情けをかける事なく彼等を捕まえていった。







 そのおかげか、アークレイン一族の中で私だけは処刑を免れることができたらしい。


 それどころか、見つけるのに苦労していた罪人達を発見した功績で一つだけ、褒美をとらせてくれるという話が出た。


 国王は、逆らう者には容赦しないが、自らの利益になるような者には寛容であるようだった。


 だから私は、「とある病気を治すための薬をください」と告げた。


 国王は、訝しげな顔になりつつも、約束を守ってきちんと私にそれを与えてくれた。


 最後に、アークレインの家で世話になった育ての親に会ったが、彼等は私を「裏切り者」だと罵るばかりで、まるで会話にならなかった。


 彼らが昔の行いを心から反省していたら、国王に述べた私の言葉は違っていたものになったかもしれない。


 しかし、そうではなかった。


 彼等とは、何も言葉を交わすことなく面会を終わらせた。


 薬を手にした私は、どこかに潜んで隠れていたらしいカロルと合流した。


「よう。うまくやれてよかったな。ところで、今度魚屋のじいさんが店を手伝ってくれって言ってたけどどうするんだ?」

「困ったわね、たぶん本屋の引越作業とかぶってるんじゃないかしら。そっちも手伝わないといけないのに。貴方が代わりに引き受けられない?」

「いいけど。でもま、当分は妹につきっきりだから、無理かもな」

「そうだったわね。忙しいわ」


 相変わらず、お金はなくて生活は辛いけれど、裕福だった昔に比べると毎日はそれなりに楽しくなっていた。


「いいじゃねぇか、大変なのはやる事があるって事だし」

「そうかもしれないわね。目が回りそうになるけれど」


 誰かから褒められるわけでも、注目されるわけでもない。


 けれど、誰かと同じ感情を共有出来るという事が私にとっては大切な事だった。



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