皇帝陛下は僕の夏休みを盗んだ

当時、帝都はその頃から既に”夜の無い街”と呼ばれていて、実に550万人が暮らす世界的な一大都市だった。


そんな大都市だからとにかく子供も多く、したがって学校も沢山あった。

僕の通っていたフォルクスシューレ(訳注:国民学校/小学校)も、一学年に400人近くの子供が押し込まれていた。

1クラス40人編成で10クラスもあると、名前と顔が一致しない同級生というのが多く居て、この世にはこんなに沢山の子供がいるのかと驚いた思い出がある。


集団生活にもようやく慣れた小学3年生の夏、クラス担任のホフマン先生に呼び出された。

ホフマンは学年で一番怖いともっぱらの評判だった中年教師で、丸眼鏡の奥に鋭い目が収まっていて、こいつに睨まれると心底肝が冷える、静かな迫力を持つ男だった。


僕はホフマンに空き教室へと連れて行かれ、椅子に座るよう促された。

当時の僕というのは、なにしろよく教師に怒られるような悪ガキであったので、またお説教が始まるのかと身構えた。

しかしこのときばかりは身に覚えがなかったので、何をやったのかと思案したのをよく覚えている。


そうして僕が椅子に座ると、彼は机の上に封筒から何枚か紙を広げて、口を開いた。

「クラーメル君。君には魔法適性があるね。適性のある児童は全員魔法教練を受ける義務があることも知っているね?」

あの鋭い目がギョロっとこちらを見つめる。

まさか知らないとは、口が裂けても言えなかった。

そういうわけで僕は押し黙って、ただ頷いたんだ。


すると彼も頷いてから机に広げた書類を示して、僕がこれから毎年、夏休みと冬休みの間に魔法教練を受けさせられること、その間親元を離れること、そしてこれが何年にも渡って続くことを丁寧に説明してくれた。

当たり前だが、教育省だか陸軍省だかが作った堅苦しい書類に出てくる単語なんか読めるはずもなく、難しい言葉の羅列にも理解しがたいものがあった。

そういうわけで、全ての説明が終わると僕はこう聞いた。


「あの、先生つまり・・・僕の夏休みは結局どうなるんですか?」


するとホフマンは自分の説明が一切僕に通じていないのを悟った様で、不愉快そうに言った。


「君は夏休み、冬休みの内の2週間、魔法教練を受けることになるということだ。これから12年間」


この言葉は、幼い僕に強烈な衝撃を与えた。


なにしろ12年だ。

自分の今までの人生よりも長い間、親から引き離され、夏・冬休みを奪われ、しかも得体の知れない訓練を受けさせられるなど当時の僕にとってはとても恐ろしいことだったし、想像もつかなかった。

唖然として間抜け面をしている僕に、ホフマンは言った。

「魔法教練は、魔法適性を持って生まれた者の責務である。同級生達より一足早く、我が身を皇帝陛下と祖国に捧げること、此れに誇りを持つように」


彼はそう告げると、僕に教室に戻るように促した。


誇りとか皇帝陛下とか、そんなことは心底どうでもよかったし、また理解もできなかった。


兎に角そのときの僕は、せめてこの苦痛に一緒に巻き込まれる仲間が欲しかった。


だから、他に魔法適性のある者は誰が居るのか、と尋ねたんだ。


すると、いつも堅苦しい言葉を使うホフマンが、このときだけは心底分かりやすい回答をした。

彼はたった一言、「君だけだ」と発した。


夏休みを前に浮かれていた僕の気持ちは、この日を境にとことん打ちのめされてしまった。

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魔法兵戦記 地獄の底で僕らは笑った @SSDD

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