新たな時代

 コンサルヴィ枢機卿の停戦命令。

 これが銀河中を駆け抜け、地球のジュリアスから停戦が成立したという報がもたらされた時、マルガリータは歓喜の声に包まれた。


 地球から銀河中に展開された教会艦隊が、銀河を征服するかに思われていた矢先にこの吉報。

 しかも決死の作戦だったにも関わらず、3人の大統領は自ら前線に立って戦い、3人とも勝利して生還を果たした。


 しかし、地球に滞在しているジュリアス達は無条件に勝利を喜べなかった。


「バレット大将が戦死した、か。俺達がもっと早く動けていれば……」


 ジュリアスは旧帝国時代の突撃機甲艦隊ストライク・イーグル設立から、共に艦を並べて戦ってきた戦友の死を悔やまずにはいられなかった。


「悔やんでもバレット提督は戻ってこないよ」

 トーマスはジュリアスの肩に手を添えて声を掛ける。


「そうです。それに私達にはまだやるべき事があるでしょう」


 これから3人は帝国の代表であるコンサルヴィ枢機卿との講和会議に挑む事になっている。

 この会議の成り行き次第では、再び銀河は戦火に包まれる事になるだろう。


 会議の舞台は、旗艦インディペンデンスの会議室内だった。

 会議の席上で、まず口を開いたのはコンサルヴィである。

「私は帝国暫定政府の首班として、銀河共和国への加盟を要請します」


「「「え!?」」」

 3人は口を揃えて声を上げた。


「別に驚く事は無いでしょう。帝国は指導者を失ったのです。この上は、無理に国家の維持に務めるよりも共和国に加盟して、国家としての形を捨てたようがより効率的でしょう」


 トーマスとクリスティーナは思いもしなかったという様子を浮かべる中、ジュリアスだけは直感的にコンサルヴィの意図を理解した。

 そして彼が長年教会の繁栄を支えていた事をその肌で実感する。


 コンサルヴィは、神聖銀河帝国を身の丈に合わない服として処理し、今度は銀河共和国を新たな教会の服にしようとしているのだ。


 教会は、権力を持たず権威と富を持つ。

 そうする事で、旧銀河帝国の内部に確固たる地位を築き上げた。

 そして銀河が帝国と連合に分裂した中でも、その影響力が衰えはしなかったのだ。


 しかし、神聖銀河帝国が解体されるとなると問題になるのは、残された軍備である。


「教会艦隊の扱いは、一体どのようにお考えですか?」


「教会艦隊の全ては、共和国軍に提供致します。その代わりに地球を含む太陽系は旧帝国時代のように地球市国として内政自治権を認めて頂きたい」


 やはり、そう来たか。

 とジュリアスは思った。

 コンサルヴィは、銀河帝国の国教となったように、今度は共和国の国教の座に座ろうとしているのは間違いない。


「良いでしょう」

 ジュリアスは即答した。

 これに対してトーマスとクリスティーナは動揺を隠せないが、それでも口出しはしなかった。

 2人は知っていたのだ。こういう時のジュリアスは何か考えがあるのだと。


「ただし、太陽系を除く教会領は全て国有地として接収する。また共和国は政教分離の精神の下、聖職者の政治参加を一切認めない」


 銀河共和国では、信仰の自由が認められて教会勢力の弱体化政策が既に実施されていた事だが、地球聖教に配慮して憲法や法律への明記までは行われていなかった。

 それを行うのだとジュリアスは宣言したのだ。


 地球聖教は、銀河のあちこちに教会を立てて領地を持ち、信者を増やして銀河中に広大なネットワークを広げていた。

 それを国有化するという事は、教会の資金源に一石を投じて、共和国政府の監視下に置くという事になる。


 コンサルヴィ枢機卿の立場としては簡単に受け入れられる話ではないが、“神聖銀河帝国”の事を上げられると反論は難しい。

 ここは地球市国だけでも残せるだけで良しとするかとコンサルヴィは考えた。

「……良いでしょう。他の枢機卿は私が全力で説得致します」


「交渉成立だな」


 ここに銀河共和国は、名実ともに銀河系の統一を成し遂げた。

 銀河連邦、銀河帝国に続く第三の統一政体の完成である。


 この会議で話し合った事は、後日に講和条約に纏められて調印された。

 後に「銀河平和条約」、調印の場所の名をとって「地球条約」と呼ばれる事になる。


 教会が大艦隊を建造する隠れ蓑としていた地球再開発公社は、共和国政府に接収されて、共和国政府総監督の下で地球の再開発が実施される。


 崩壊したアース・シティの跡地には銀河系最大規模の平和記念公園の建設がジュリアスの提案により決定。


 以後、地球は宗教的聖地から平和の象徴として人々の尊敬と敬意を集める事になるのだった。



 ─────────────



 条約調印からおよそ1ヶ月後の惑星ロドス。


 ここはジュリアスが幼少期を過ごした故郷であり、少年兵として市街地を、荒野を来る日も来る日も駆けずり回った星である。


 今は戦場跡地というだけで誰も住んでいない無人惑星だった。

 その惑星に今、地球での決戦を戦い抜いた共和国軍総旗艦インディペンデンスが来訪する。


 大気圏に突入し、久々の帰郷を果たしたジュリアスは、その瞬間を艦橋ではなく、展望デッキで迎えていた。


「ここがジュリアス様の故郷なのですか?」

 ジュリアスの傍らに立つネーナが問う。


「ああ。そうだよ。昔と変わらず、何も無い星だな」


 幾多の戦火に見回れて、星は完全に荒廃しきっており、人々から見捨てられた地。

 しかし、それでもジュリアスは懐かしさを覚えて目にうっすらと涙を浮かべる。


「それはそうとネーナ、すまなかったな。こんな遠くの星にまで付き合ってもらっちゃって」


「いいえ! ジュリアス様の行くところ、ネーナどこまでもお供致します!」


「ふふ。ありがとうな、ネーナ」

 ジュリアスは優しい手付きでネーナの頭を撫でる。


 するとネーナはうっとりとした表情を浮かべて、もっと撫でてほしいと言わんばかりに頭を前に出す。

 まるで主人に甘える犬のように。


 その時、展望デッキの扉が開いて2人の人影がデッキに入ってきた。


「まったく、こんな所にいたんですか」


「ブレスレット端末に連絡しても、全然応答が無いから探したよ」


 現れたのは、クリスティーナとトーマスだった。


「よう、クリス! トムも! 悪い悪い。マナーモードにしてたから気付かなかったよ!」

 そう言ってジュリアスは無邪気な笑みを浮かべる。


 その笑顔を見てトーマスとクリスティーナはほっとした。

 しばらく戦後処理に忙殺されていた3人は、ようやくそれが一段落着き、ジュリアスの希望でこの星へと訪れたのだ。


「悪かったな。せっかくの休暇に、ここまで一緒に来てもらって」


「気にしないでよ。1人で休暇を過ごしても退屈だしね」


「ええ。それにジュリーを1人でどこかへ行かせると、迷子にならないか心配ですからね」


「ま、迷子って、俺ももう子供じゃないんだぞ! これでも一国の大統領だから、」


 ジュリアスが自分の胸をポンッと叩いて、誇らし気に語ろうとした時、彼の前にネーナが立つ。


「ご心配なく! ジュリアス様は、私がしっかりと面倒を見ますから!」


「ね、ネーナまで……。流石の俺でもへこむぞ……」


 ジュリアスが肩を落として分かりやすくしょんぼりとすると、トーマスはクスリと笑って奥の手を出す。

「ジュリー、実はパトリシアちゃんから皆で食べてってケーキを預かってるんだけど食べる?」


「マジでか!! それを早く言えよ、トム! よしッ! 上陸はケーキを食べてからだ!」


 “ケーキ”と聞いた途端、目の色を変えて喜ぶジュリアス。


 その様を見てクリスティーナは思わず吹き出した。

「ふふふ。まったく、ジュリーは。幾つになっても食いしん坊ですね」


「うん。そうだね。でも、それでこそ僕等のジュリーだよ」


「そうさ! 俺は、トムやクリスの親友のジュリアスだよ!」


「ジュリアス様の大切な兄でもありますよ」

 ネーナがジュリアスの腕にしがみ付きながら言う。


「ああ。勿論だよ。ネーナは俺の大事な妹だ」


「ふふふ」

 ネーナは心底嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。


 16年前、銃を握り締めてこのロドスの大地を走り回っていた少年兵ジュリアスは、もうこの世にはいない。


 いるのは、パトリシアの夫であり、ネーナの兄であり、トーマスやクリスティーナの親友。

 そして、300年以上続いた銀河帝国の歴史に終止符を打ち、新たな時代を切り開いた男ジュリアス・シザーランドなのだ。




 銀河帝国衰亡史~銀河を駆ける三連星~・完

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銀河帝国衰亡史~銀河を駆ける三連星~ ケントゥリオン @zork1945

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