戦いが終わる時

 戦闘の爆音が、大聖堂の広間にまで響き渡って反響する。

 そんな中、胸に風穴が開き、口から血を流すローエングリンが、3Dディスプレイに映るジュリアスの視線を移す。


「久しいな、ジュリアス・シザーランド」

 先ほどまでの老獪な雰囲気は消え去り、どこか若々しい雰囲気の笑みを浮かべている。


「ろ、ローエングリン、なのか?」


「ふん。貴公はもう少し勘が良いと思っていたが、私の買い被りであったか」


「その言い方、間違いなくローエングリンだな。……アドルフのふりをしていたのか?」


「ふふふ。過大評価してくれるのは嬉しいが、残念ながら私の意識はアドルフ大帝の執念に押し潰されて、頭の片隅で眠っていた。それを起こしてくれたのは貴公だよ、ボルマン少佐。いや、その格好からして今はボルマン司祭かな?」


「な、ほ、本当に、総統閣下、なのですか?」


「そうだ。それにしても意外だよ。貴公が私とアドルフ大帝が入れ替わっていたと気付いていたとはね」


「……気付かぬはずがありません。私が生涯の主君と誓ったお方を」

 ボルマンは、今更ながら主君の命を奪った罪悪感に苛まれて拳銃を手放し、両膝を床に着く。


「ふふふ。貴公は相変わらずだな。だが、気にするな。どうせ一度は死んだ命だ」


 ローエングリンとボルマンが話す中、通信画面の向こう側にいるジュリアスが口を開く。


「ローエングリン! 俺の質問に答えろ! お前の目的は一体何なんだ!?」


「私の目的、か。そうだな。強いて言うなら、貴公のしてきた事さ」


「俺の?」


「銀河帝国は大多数の人々を不幸にする圧政の巣窟だった。だが、帝国はそもそもその大多数の人々が自らの意思で作り上げたのだ。アドルフ・ペンドラゴンという独裁者に望むままに権限を与えたためにな。故に人々にはその圧政を受け入れる責任と義務がある。そうは思わんか?」


「そんな屁理屈が通るもんかよ!」


「だが、それが通るのが人の世だ」


「……」

 相変わらず妙な説得力を持つローエングリンの言葉に、ジュリアスは返す言葉もなかった。


「そんなアドルフ大帝の血を引く私に、それを覆す資格は無い。だが、どうしても許せなかった。私の故郷を、育ての親を奪った、この帝国が……」


 ローエングリンの言葉を聞いたジュリアスの脳裏には、かつて自分が少年兵として戦った惑星ロドスの無惨な姿が浮かび上がる。

「お前も、故郷を……」


「ふん。少年兵として戦った貴公に比べれば悲観したものではないよ。……貴公を初めて見た時、実感した。私の望みを叶えられるのは、貴公だけだと」


「俺は奴の、アドルフのクローンなんだぞ。資格を云々言ったら、俺の方こそ」


「自分で言っただろう。俺はジュリアス・シザーランドだ、と」


 そう言うローエングリンの表情は、これまで誰も見た事が無いほど穏やかで優しげなものだった。


「ローエングリン、お前……」


「示してみせろ。その命が尽きるその瞬間まで、アドルフとは違うのだという事をな」


「……ああ! 勿論だ! 見せてやるよ!! 俺がアドルフとは違うって事をな!!」


 その時だった。ボルマンの後ろから一人の女性が聖座の間へと歩みを進めた。

 その女性に気付くと、ローエングリンはクスリと笑いながらその女性を迎える。

「久しぶりだな、エフェミア」


「ええ。本当にお久しぶりですわ、コーネリアス様」


 彼女はエフェミア。ローエングリンの妻であり、今は神聖銀河帝国皇后の立場にある女性だ。


「え、エフェミア様、なぜこのような所に!? ここは危険です! 速く地下に避難を!」

 これまで広間の端に移動して様子を窺っていたコンサルヴィ枢機卿が声を上げる。


 その時だった。聖アース大聖堂にラプターMk-IIIが墜落して爆散。聖堂内に一気に火の手が回り出した。

 炎によって大聖堂内に敷設された通信機器に異常が起き、ジュリアスとの通信が途絶する。


「良いのです、コンサルヴィ枢機卿。それよりも、あなたには大切な役目を頼みたいのです」

 皇后の座に相応しく威厳に満ちた振る舞いと声。


 それには倍以上の年齢差を一気に縮められるような気迫をコンサルヴィは感じずにはいられなかった。

「……や、役目、ですか?」


「ええ。直ちにこの戦闘を止めて共和国と講和条約を結ぶのです」


「こ、講和ですと!? なりません!! そのような事をしては、」


「これ以上、聖なる地球を戦火に包み、信者達に強いてはなりません。」


「……で、ですが」


「銀河帝国の歴史は、今日を以ってお終いなのです。帝国の国教として栄えた地球聖教の栄華も幕を下ろすのは当然だと思いませんか?」


「……承知致しました、皇后陛下」

 コンサルヴィは平伏して皇后の指示に従った。


 エフェミアはありがとうございます、とお淑やかな仕草で礼を言って頭を下げると、聖座の上で死を待つばかりのローエングリンの前に立つ。


「……あなたも速く避難しろ。いずれここにも火が回る」


「いいえ。私はあなたの妻です。もう一生離れたりはしませんわ」

 そう言ってエフェミアは両手で優しくローエングリンを抱き締めた。


「ふふふ。まったく。地球の聖女様は困ったお方だ……」

 力の無い声で呟くローエングリンだが、その表情は満更でもない様子である。

「すまなかったな。私の目指す世をあなたに見せると約束したのに」


「いいえ。存分に見せてもらいました。あなた様が望まれた世を」


「そうか。ならば、何よりだ……。ボルマン司祭、貴公にも随分と世話を掛けたな、礼を言うぞ」


「勿体なきお言葉」


「貴公も速く避難しろ」


「いいえ。私は総統閣下の副官。常に傍らでお支えするのが私の務めに御座います」


「……ふん。変わらんな、貴公、は……」


 コーネリアス・B・ローエングリン。戦災孤児として教会で育ち、銀河帝国総統、果ては神聖皇帝にまで上り詰めた彼は、波乱万丈に満ちた28年の生涯に幕を閉じた。

 最期の瞬間を、ローエングリンは満足そうな笑みを浮かべて迎えるのだった。


 その時、火の手が聖座の間まで広がり、黒い煙が辺りを包み込む。

 そして最後には天井が崩落して、広間に残っていたエフェミアとボルマンの2人はローエングリンの亡骸と運命を共にする。



─────────────



 聖アース大聖堂が燃え上がる最中、その真下の地中に設けられている地下司令部に避難したコンサルヴィ枢機卿。

 彼は共に司令部に避難した聖職者や将校達を呼び集めた。


「皇帝陛下と皇后陛下は亡くなられた。戦いはこれまでだ」


 皆は無念の思いに駆られつつも、コンサルヴィの言葉を受け入れざるを得なかった。

 聖職者達にとってエフェミアは、亡き教皇ピウスの血を継ぐ者であり、将校達にとってローエングリンは旧体制を打破した英雄であった。


 この2人を失った事は、即ち彼等の戦い続ける支柱を失った事に等しい。

 中には2人の弔い合戦を挑むべきだという者もいたが、そんな彼等の意思を挫く知らせがもたらされた。


「で、デーニッツ提督が戦死しただと!?」


「そ、そんな馬鹿なッ!」


 カルティエゴで共和国軍本隊と決戦に及んでいたデーニッツ提督が戦死したという報だ。

 カルティエゴ星系の戦いは激しい攻防の末に、両者共倒れの形でローエングリンが死去する瞬間とほぼ同時に終結していた。

 双方の最高司令官は共に戦死しており、デーニッツ提督だけでなく、共和国軍のバレット提督も既にこの世にはいない。


 両軍ともに大きな損害を出しながらも、デーニッツ提督亡き後の帝国軍艦隊は散り散りになって撤退し、戦いは終わりを迎えていた。


「こ、こんな事が……」


「皇帝陛下の計画が、よもや覆されようとは……」


 デーニッツ提督の戦死は、神聖銀河帝国が軍事勢力としてもはや成立しない事を意味していた。

 帝国の最高指導者であるローエングリンと精神的支柱のエフェミア、そして軍事面での指導者となり得たガウェインもこの世にいない。

 この状況下で、デーニッツもなくなったとなれば、もはや神聖銀河帝国を率いていける人物などいるはずがない。


 強いてあげるならば、長年に渡って地球聖教を繫栄させてきたコンサルヴィ枢機卿にその死角があるだろう。

 しかし、彼は影に徹してこそ実力を発揮できる人物であり、表立ってトップに立つ器ではなかった。それは自他共に認めるところで、この場に帝国を率いる気概を持つ者など存在しなかった。


「地上で交戦中の両軍及び銀河中に散った艦隊に、停戦命令を発令せよ」

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