ローエングリン
旗艦ガラティーン・ツヴァイを失った帝国軍艦隊の足並みは思うように揃わなかった。
教会艦隊の将兵は訓練すらにわかの素人集団と言ってよく、ガウェインの統率無しでは艦隊陣形を整える事も難しかった。
だからこそアドルフもガウェインを神聖銀河帝国に呼び出し、ネオヘルを帝国に取り込む事で実戦経験を持つ将兵を傘下に収める必要があったのだ。
「敵の艦列が崩れた! 一気に敵陣を突破してアース・シティを落とすぞ!」
ジュリアスは長きに渡って共に戦ってきた戦友の死を無駄にはすまいと、ひたすら敵を打ち破りながら進み続けた。
その戦いぶりは正に鬼神の如くであり、立ち塞がる敵を悉く撃墜していく。
そんなジュリアスの後ろに後続のライトニング部隊が、ジュリアスの切り開いた活路を広げる。
共和国軍の勢いは凄まじく、統制を失った帝国軍はそのまま分断された。
「敵を聖都に近付けるな!」
帝国軍は必死の抵抗を試みるも、その時だった。
強固なシールドに守られているグランドアース級の1隻ティアマトが、1個ライトニング中隊の集中砲火によって機関部を損傷。航行困難に陥ってしまう。
しかし、ティアマトの艦長は海上に不時着する前に一矢報いようと艦主砲の発射を命じた。
それが致命的な判断ミスとなる。
クリスティーナの巧みな指揮による艦隊運用で、固定砲である艦主砲の射線上には中々敵艦を捕捉できなかった。
そうしてもたついている間に、機関部が受けた損傷が他の箇所にまで及び、臨界状態となった主砲が暴発してしまう。
その暴発でティアマトは完全に操艦不能となり、僚艦であるキュベレーに衝突した。
こうして2隻が航行不能となってそのまま海上に不時着。
ティアマトとキュベレーの乗員には、共に退艦命令が下された。
2隻の戦艦が戦線離脱した事で、帝国軍艦隊の戦線に亀裂が生じる。
クリスティーナはそこを見逃さず、全面攻勢を掛けてその亀裂を更に圧迫した。
崩れた戦線の間隙を突き、ジュリアス率いるライトニング部隊が帝国軍艦隊を突破。
アース・シティまでの活路を切り開く事に成功したのだ。
「このまま敵の根拠地を制圧するぞ! 止まらずに俺に続け!!」
ジュリアスのライトニング・カスタムを中心に数十機の
中に入ってしまえば後はこっちの物。
ジュリアス達はアース・シティ各所に配置されているシールド
これを見た教会艦隊の艦長の一人であるベルセード准将は指揮下の
ガウェインが聖都守備隊の全てを最前線に投入したために、今のアース・シティは完全に無防備になっているため、教会艦隊としてはそうするしかなかった。
かと言って神聖皇帝の座す聖都の上空に巨大な戦艦で乗り込むわけにもいかず、アース・シティ上空に侵入したライトニング部隊は、ラプターMk-III部隊に任せるしかない。
教会艦隊はアース・シティ外縁部上空に展開して、これ以上の侵入を防ぐ事に専念する。
この状況には老練なコンサルヴィ枢機卿も冷静さを失っていた。
「皇帝陛下、ここは危険です! どうか地下司令部に御移り下さい!」
「くう。おのれ。あの小僧め。一度ならず二度までも余の邪魔をしおって!」
その時だった。
アドルフの下に一通の通信が届いた。
アドルフがその通信回線を開き、彼の前に3Dディスプレイが表示されると、そこにはコックピットに搭乗しているジュリアスの姿がある。
「久しぶりだな、ローエングリン。いいや、アドルフ大帝陛下」
「くぅ。戦闘中に通信とは余裕だな」
「ふん! あんた等の教育がなってないもんでな。楽勝だぜ、楽勝!」
そうは言うジュリアスだが、操縦桿からは手が離れているため、どこか安全な場所に身を潜めて通信をしてきているのだろう。
「で、余に何の用だ?」
「降伏しろ。勝敗はもう決した」
「降伏だと?」
「そうだ。アース・シティには民間人の信者も大勢いるはずだ。彼等を戦火に巻き込むのは本意ではない」
「ふふふ。甘い奴よのう。それでも余か?」
「前にも言ったはずだ! 俺はあんたじゃない。俺はジュリアス・シザーランドだ!!」
「いいや。そなたは余だ。余そのもの。かつて余が銀河連邦を滅ぼして銀河帝国を誕生させたように、そなたは余の帝国を滅ぼして銀河共和国を作り上げた」
「違う!!」
「何が違うと言うのだ?」
「この共和国は俺一人の力で作ったんじゃない! トムにクリス、パトリシア、それに多くの人達が力を貸してくれたからできたんだ!! 皆の希望があんたの帝国を打ち破ったのさ!!」
「……愚かな。それだけの力量があれば、今すぐにでもこの身体を捨てて、そなたの身体を我が物にしてやったというのに。肝心の中身がそれではな。宝の持ち腐れだ」
アドルフの言葉にジュリアスは嫌悪感を強めた。
「そいつは、ローエングリンは、ずっとあんたに忠実に従っていたはずだ! なのに、どうしてそんな、」
「おかしな事を言う。こやつは余の手駒に過ぎん。第一、ローエングリンが余に忠実であったと? 戯けた事を」
「何だと?」
「あやつは余に忠実なふりをしながら、そなたを取り立てて、余の帝国を滅ぼす計画を企てていたのだ」
「ローエングリンが!?」
流石のジュリアスもアドルフの言うことには耳を疑った。
ローエングリンは常にアドルフに忠実であり、果てには己の身体を差し出すという行為にまで及んだ彼が、その裏では自分に帝国を滅ぼさせる計画を練っていたと。
そんな話、信じろという方が無理というものだ。
「あやつも不器用な男よのう。己の運命に縛られ、本心をずっと圧し殺しながら生きておったとは。尤も余がそれを知ったのは、この身体に入ってからであるがな」
「ローエングリンが、まさか」
確かに普段から何を考えているのかよく分からない人だった。
そう考えた時、ジュリアスの脳裏には奇妙な納得感が生まれた。
自分の仕えている主君に、本心を悟られないようにするために、自分の心に蓋をし続けてきたのではないか。そんな気がしたのだ。
「ふん。まあいずれにせよ。愚かなあやつのおかげで余の帝国はこうして復活し、」
アドルフが話している最中だった。
銃声が聖座の間に木霊する。
どこからともなく現れた白い閃光は、アドルフことローエングリンの胸を撃ち抜いた。
「がはッ!」
口から血を吐いたアドルフは、聖座の上でぐったりとするも、まだ辛うじて息があった。
「よ、よもや、貴様が、余を……」
アドルフの視線の先には、長年に渡ってローエングリンに仕えたボルマンの姿がある。銃を構えた姿で。彼がアドルフを撃った事はほぼ間違いないだろう。
「ぼ、ボルマン少佐、か?」
突然の事態に画面の向こう側にいるジュリアスは状況を呑み込むだけで手一杯だった。
「……その口で、総統閣下のお口で、私の敬愛するローエングリン総統閣下を侮辱する事は許さない! 総統閣下は、お前なんかの手駒ではない!!」
そう言う口は微かに震えて、拳銃を握る手も震えていた。
中身が違うとはいえ、ローエングリンの身体に向かって発砲した事に罪悪感を感じているのだ。
「総統閣下に、銃を……。私は、な、何という事を……」
死をもって詫びるしかない。そう思い、拳銃を自身のこめかみに向けた。
「待て……。ボルマン少佐、まったく。貴官は相変わらず血の気が多いな」
ローエングリンの口から出た声。
しかし、その声はアドルフのものとは明らかに雰囲気が違っていた。
「ま、まさか、あなた様は……」
ボルマンは目から涙を浮かべながらかすれた声で呟く。
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