聖戦

 地中海上空で繰り広げられる戦闘を、聖アース大聖堂の聖座に座る神聖皇帝コーネリアス・B・ローエングリンは、まるで舞台を見物するかのように見守っている。


 巨大な3Dディスプレイに映し出される戦況は一進一退であり、どう転ぶかはまだ分からない。


「ふふふ。さあ、戦うが良い。余の帝国を復活させるための聖戦を、な」


 そう言ってほくそ笑むコーネリアスに、コンサルヴィ枢機卿が声を掛ける。


「皇帝陛下、敵の抵抗は想定よりも激しく御座います。念のため、ここは地下司令部に御移り下さい」


「構わぬ。ここの方がよく伝わるのだ」


「伝わる? 一体何がでしょうか?」


「余の帝国が甦る瞬間をだ。今、あそこで戦う者達の血肉は余の帝国の土台となる! いいや。今、銀河中で戦う全ての人間の命が余の帝国を蘇らせるのだ!!」


 300年間、人類の支配者として君臨し続けたコーネリアス帝ことアドルフ大帝にとって何よりも重要なのは、自分の帝国が全人類を支配し続ける事。

 その事こそが彼の存在意義であり、生きる活力となる。

 それはもはや常人の神経では到達し得ない領域に達していると言って良かった。


「はい。銀河の全ては陛下の物。そして我等地球聖教の物、ですな?」


「無論だ。この戦いが終わった時、全てが成る」



─────────────



 地中海上空の決戦は、一時は拮抗した戦局を保っていたが、帝国軍の指揮官であるガウェインが聖都アース・シティを守る最後の砦である聖都守備隊を増援として呼び寄せた事で形成は帝国軍の有利へと傾いた。


 これまでその卓越した技術で戦場を飛び回っていたジュリアスも、徐々に数で圧倒されて防戦に回る事が多くなっていた。

 進撃は止められ、間断なく砲撃の応酬に会う共和国軍の戦線は少しずつ切り崩されていく。


「クリス、このままじゃあマズいよ! ここは撤退しよう!」

 トーマスはクリスティーナに撤退を進言する。

 ここでの敗北は共和国にとって致命的なダメージとなるが、負けると分かった戦いをいつまでも続けているのは愚策中の愚策である。


「で、ですが、」

 トーマスの進言を受けてもクリスティーナは決断し切れなかった。

 この戦いで敗北した場合のその後の予測される未来を考えての事もあるが、そもそもここまで敵味方が接近した状態で撤退するというのは至難を極めるのだ。


 目の前に敵がいるというのに背中を見せては、敵に取とっては絶好の的だろう。


「閣下、上空に新たな艦影を確認しました!!」

 索敵オペレーターが声を上げる。


「新手ですか!?」

 旗艦インディペンデンスの艦橋に戦慄が走った。

 ここで上空を抑えられれば、撤退するにしてもその退路が断たれてしまうから。


「こ、これは、味方です! アース・シティ上空で待機していた戦艦クルエイクです!」


「クルエイクが? しかし一体なぜ持ち場を? 今更、1隻が加わったところで戦況は動きようがないというのに」


 そのクルエイク艦長ローランド大佐より通信が届いた。

「元帥閣下、ご無事ですか!?」


「こちらは何とか踏み留まっています。しかし一体何の真似ですか? この戦力差、もはや埋めようがありません!」


「いいえ。まだ活路はあります!」


「え?」


 クリスティーナが首を傾げると、隣に立つトーマスが何をする気かと訪ねる。


「シザーランド元帥がいつも我等に見せてくれた芸ですよ」


 そう言うと、ローランド大佐は敬礼をして通信を一方的に切った。


 その直後、クルエイクは格納庫から戦機兵ファイター部隊を全て出撃させて、帝国軍の旗艦ガラティーン・ツヴァイに向けて針路を取る。


 これに対してガウェイン元帥は艦隊の向きは変えずに副砲群で砲火を集中させるよう命じる。

 二正面攻撃を仕掛けて自軍の注意を分散させるのが共和国軍の狙いだろうと考えたガウェインは、攻撃の主力はあくまで正面の共和国軍艦隊に向けるべきと判断したのだ。


 しかし、ここでガウェインが不安視したのは、クルエイクから出撃したライトニング部隊である。


 艦隊に残っているのは直掩機を含めても僅かな機体のみであり、このままでは帝国軍艦隊はライトニングの高エネルギービームの餌食となってしまう。


 そこでガウェインは対空砲台全てでこれを迎撃しつつ、対空防御陣形を取るように指示を出した。


「ライトニング部隊は本隊の救援に迎え! 本艦はこのまま敵の旗艦へ突っ込むぞ!」

 クルエイクの艦内及び所属機に艦長の声が響き渡る。

 その直後から艦内から続々と小型艇が発艦し出した。


 その様を目撃したガウェインの脳裏に浮かんだのは、クルエイクそのものを巨大な質量兵器としてガラティーン・ツヴァイに衝突させようとしているというものだった。


「くッ! 全艦、上空の敵艦に砲火を集中! 撃ち落とせ!」


 ガウェインは慌てて指示を飛ばすも、それが困難である事を幕僚から告げられた。

「敵艦は地球への大気圏突入時の重力加速を利用して艦の速度を上げています! これでは照準を合わせる事が困難です!」


 クルエイクの落下速度は幕僚の言う通り、重力加速で常識ではあり得ない速度にまで高まっていた。

 重力摩擦でクルエイクは赤く燃え上がり、地球の空に炎の閃光を描き出す。


 退艦命令が出され、誰もいなくなったはずの艦橋には操舵を握る艦長ローランドの姿があった。

 重力加速で落下しているクルエイクは、もはや自動操縦で艦をガラティーン・ツヴァイに命中させる事はできない。

 それに敵の砲撃で、艦の針路を変えられてしまう恐れもある。


 そこでローランドは自ら艦内に残り、味方を救うために艦と運命を共にする事を決断したのだ。


「ローランド艦長、あなたにそのような命令を下した覚えはありません! 今すぐに脱出して下さい!」

 クルエイクの艦橋にクリスティーナの声が響き渡る。


「申し訳ありません。 ヴァレンティア元帥、自分は長年に渡ってシザーランド元帥にお仕えしてきた身ですのでどうやら悪い癖が移ってしまったようです。どうかお許しを!!」


 クルエイクは隕石のようになって帝国軍の旗艦ガラティーン・ツヴァイに激突。

 ガラティーン・ツヴァイは炎に包まれて爆沈した。


 そして、ローエングリン総統を軍事面で支え続け、彼が亡き後はネオヘルを創設したヘンリー・ガウェイン元帥は艦と運命を共にして炎の中へと消えるのだった。


 クルエイクがガラティーン・ツヴァイを道連れにする様を、共和国軍艦隊旗艦インディペンデンスから見たトーマスとクリスティーナは、涙を堪えて短く黙祷を捧げる。


 彼等にとってローランドは、旧ネルソン艦隊の時代から共に幾多の戦場を戦い抜いた戦友であった。

 そして共和国軍が組織されて以降は、ジュリアスが指揮する第1艦隊を構成するクルエイクの艦長としてジュリアスを支え続けたのだ。


「ジュリーの悪い癖が移った、か。まったく困った奴だね」

 黙祷を終えて目を開けた後、トーマスはそう呟く。


「ふふ。この第1艦隊は良くも悪くのジュリーの意思が乗り移っていますよ。なぜなら、こんなところまで皆が付いてきたのですから」


「クリス……。うん。そうだね! 戦いはこれからだ! クルエイクのおかげで敵艦隊の陣形が乱れている! 全艦、陣形を再編して攻勢に出る!」

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