夢の中で見たような

@sekisou

夢の中で見たような

また、この夢だ。

最近同じ夢ばかり視る。


「はぁ…」


目覚まし時計は鳴る気配も無く、窓の外は未だ昏い。

ぽふんと白い枕を足先の壁に投げ飛ばす。

用がある訳でもないのに、早起きしてしまう。

だからここ数日は誰もいない明け方の街中を散歩するのが密かな趣味だ。

漸く空の東端が明るくなってくるころ、丘の高台に辿り着く。

朝を迎える町を、模型のような小さな町を眺めるのが好きだと気付いたのはほんの五日前だ。


小さな家々の向こうには広くどこまでも続く紺碧の海が見える。

水平線から顔を出した朝日が寝坊助を撫でるように照らす。

今日は一段と暑くなりそうだ。

眩い光線に思わず目を細めながら、太陽が空へと昇っていくのを見つめていた。


皮肉なことに、こうして自然の美しさを見ていられるのは夢に叩き起こされたからだ。

毎朝この風景を見るたびに安堵する。

夢の中と違って、この町は壊れていない。


夢は段々と具体性を増していった。

最初は、ただ漠然と崩壊する町並が再生されていた。

それが今や崩壊が起きた日を示しているであろうカレンダーや崩れた瓦礫の上を歩く近所の子供の姿までもを見るようになった。


所詮夢の中の話であるはずなのだが、厭に現実味を帯びている。

町を救う勇者になる心算も予言者になる心算も無いが、こうして目の前に町が存在しているという現実が何故か焦燥感を抱かせた。


崩壊を引き起こす原因は一体何なのだろう。

悲鳴を上げて助けを求める見知った顔を見捨てることなど出来ようも無かった。


崩壊の日は着実に近づいている。

その日を一か月後に控えて、逃げ惑う住民と倒れ行く家屋を繰り返し見続けた。

起きている間はいつもと変わらぬ日常が、遥か彼方まで広がっているかのように淡々としてそこにあった。


やがて夢の中で幾度と見た崩壊の日まで一週間を切った。

夢の中の話など、他人に語る訳もなく、それが正夢とならないように祈るばかりだった。

町は変わっていない。

明日も似たような光景を繰り広げることを疑う者は他に居なかった。


夢は遂に肉体に干渉を始めたようだった。

胸が締め付けられるような痛みと共に目覚め、朝日が昇る町を見下ろす。

とてもじゃないが耐えられない。

この町で何が起こるか、自分は知っているのかもしれない。

でもそれを人に知らせる責務は自分にはない。

逃げてしまえばいいのだろう。


崩壊の前日になって、町を出ていくことにした。

行先は数百キロメートル離れた別の田舎町だ。

お世話になった人たちに挨拶をして、少ししんみりとした時間を送る。

日が暮れる前に町と別れた。夜になったら何かが起きるかもしれないからだ。


目的地に辿り着いて、新たな我が家に荷物を運びこむと、日付が変わっていることに気づいた。

せめて最後に一言でも言っておけば良かったかもしれないと、今更ながら後悔する。

もしかしたら悪夢を見るかもしれない。

若干怖気づきながら、床に就いた。


果たして翌日、久々に何の夢も見ることなく目を覚ました。

日の出を見ることもなく、そして、元居た町で何かが起きたと聞くこともなかった。

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