初夏
目の前で馬の尻尾が揺れている。
もちろん本当に馬の尻尾が揺れているのではない。僕が言いたいのは彼女のポニーテールのことだ。黒い色だと思っていたけどよく見ると少し茶色で、少し癖があってうねっていて、雨の日になるとあっちこっちに広がってしまう馬の尻尾。
今日も彼女はいつもどおりポニーテールで、いつもどおりの笑顔を僕の兄に向ける。まるで僕なんて歯牙にもかけないかのように。
とはいえ僕と彼女にははっきりと面識があるわけではないからそんな扱いだとしても仕方がない。彼女は兄の友達ってだけで、僕と友達なわけではないのだから。それでも、僕に背を向けて僕の兄と楽しそうに話す彼女を見ているとどうしようもない虚しさに襲われる。
兄によると彼女はただの友達のようだけど、僕から見ると彼女は兄のことを好いているように見える。そもそも兄は彼女の話をほとんどしないし、僕から彼女のことを聞いたこともない。
だから、僕と彼女は、ただの顔見知り程度の仲なのだ。
今までも、そしてこれからもきっと僕達は毎朝乗る電車にいる人くらいの距離感でいるのだろう。
そんな距離感の彼女になぜ恋をしたかって?
たしかに見た目は悪くないかもしれないけど、彼女は静かなタイプではないし、おそらく僕の兄には迷惑をかけまくっているのだろう。だけど、僕が兄の弟だからだろう、彼女はたまに僕を見つめるのだ。偶然席が隣になったとき、気にしないようでいて、彼女は時々そーっと僕の様子を伺う。知らない人にやられていたら鳥肌モノであるが、あの兄の友達だと知っていると少しだけ面白い気がしていた。
それに何より、彼女の笑顔はとてもかわいくて、彼女が笑うと、その空間が明るくなるのだ。
意外にも僕と彼女は同じ空間にいることが多いからそれなりに接することもあって、そのたびに話しかけようかとか、手を振ってみようかとか、いろいろ考えてみたけれど、結局どれも行動に移すことはなかった。
まだ夏も始まったばかりで、きっとこれからも近づく機会はあるだろうから
いつか彼女に話しかけようと思う。
甘くて苦い @SnowWhiteNight
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。甘くて苦いの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます