第11話 ロング・タイム・フレンズ

 ヤスシとの小笠原旅行から帰ってきた僕は、また旅行やウォークマンで使ってしまったお金を稼ぐべく、残りの夏休みはバイトに専念することした。


 1週間ぶりにバイトに行くと、チルド(冷蔵・冷凍食品)担当の門倉チーフに

 「おっ、“せがれがタツヤ、三流大学三年、悩み無し!”、久しぶりだな。ん?なんか黒いな~。遊んでるな?」

 と、いつものように声をかけられた。

 「ちょっと小笠原に行ってきました。今日からまた真面目に仕事しますよ~」

 「そうだ、タツヤに話があったんだ。昼めし12時に行けるか?」

 「いいっすよ~」

 僕は、チーフから話って何だろう?また釣りにでも行くのかな?だったら、そう言えばいいのに…と、ちょっと不思議に思った。


 門倉チーフはチルド部門、つまり僕が所属しているグロッサリー部門が常温のカップ麺やカレー、調味料、オイル、お煎餅やスナックなど日持ちする菓子類、ペットボトル飲料などを担当するのに対し、チルドはチーズ、バター、牛乳や練り物、豆腐、納豆などの冷蔵食品や冷凍食品を担当する部門の責任者。この4月に別のお店から異動してきた。年齢は当時35歳ぐらい。165センチくらいの小柄で色黒、顔はちょっとブルース・リーに似ていた。

 このころにはグロッサリー部門のチーフも以前の大山チーフから、眼鏡をかけた細身のインテリタイプで、穏やかな性格の神崎チーフに代わっており、社員のサトシは別の店に異動して、30歳ぐらいの大柄でちょっと太め、黒縁眼鏡の今川さんに代わった。バイトも僕の下に大学1年生の赤沢洋二(ヨウジ)が加わっていた。ヨウジは小柄でパッチリとした目と八重歯が可愛らしい感じで、女子にも可愛がられるタイプ。

 チルドには門倉チーフの下に、今川さんと同期の島岡さんという小柄でひょろっとした社員と、岡本マサルという、僕と同じ歳の大学生バイトが入った。岡本は門倉チーフが前にいた店から連れてきたバイトで、仕事も早く、門倉チーフも島岡さんより信頼していた。岡本は180センチくらいの長身で体育会系のような骨太の爽やか青年。音楽はヴァン・ヘイレンやAC/DCなどのハードロック系が好きだった。

 門倉チーフと神崎チーフは、見た目も性格も正反対のような感じであったが、とても仲が良く、ちょっとスケベな門倉チーフのバカ話を、神崎チーフがいつもニコニコしながら聞いている…といった感じであった。

 ひょうきん者の門倉チーフはその人柄で、みんなから好かれるタイプであったので、いつの間にか門倉チーフを中心にして、グロッサリーとチルドのメンバーに、インテリアや衣料品の社員、ビルサービスの社員も加わって昼休みに野球をしたり、休日には釣りに出かけたりするようになった。


 そんな門倉チーフから話があると言われ、昼休み、チーフに合わせて社員食堂に行くと、「飯を食ったらライム(近くの喫茶店)に行くぞ。」と言われた。僕は改まって、いったい何の話だろうと思いながら、チーフに付いてライムに行った。

 「タツヤ、前にナオミのことが可愛いって言ってただろ。」

と、いきなり言われた。

 ナオミというのは、この春ごろからレジに入ってきた高校生のアルバイトで、当時の学園ドラマなどで人気があった藤谷美和子風の可愛い女の子だった。僕は確かに彼女が入ってきたころ、特に深い意味もなく「あの子、可愛いっすね~」くらいのことを門倉チーフに言ったかもしれない。

 でも、それはナオミに限らず、ちょっと可愛いなと思うぐらいのレベルでも、僕がよく言うことだった。


 「うん、レジの可愛いコですよね。ちょっと藤谷美和子風の。それで?」

 「おう、でよ、もう一人のナオミがいるだろ?よく二人で一緒にいる…」

 「ああ、最近入ってきた子でしょ?あのコもナオミっていうんですか?さすが、チーフ、情報速いんだから~。あの子もちょっといい感じですよね。」

 「そうなんだよ、オレはどっちかっていうと、そっちのナオミの方がいいんだけどな。」

 「な~に言ってんですか~、奥さん、子供いるくせに~」

と、僕がちょっと呆れ気味に言うと

 「だからよ、未だに彼女ができない可哀そうなタツヤのために、一肌脱いでやろうかと思ってよ。実は岡本の女も、俺が紹介してやったんだよ。」

 「え~っ、そうなんですか?でも、どうするんですか?まさか、チーフがナンパするんすか?」

 「そりゃ、いきなり一対一ていうのは向こうも警戒するだろうからよ、俺とタツヤ、向こうはWナオミ、つまり二対二でお茶でも誘えばいいかと思ってよ。」

 「そんな誘いに彼女たち乗ってくるかな~?」

 「まあ、まかせとけって。」とチーフは自信ありげに笑った。


 僕は特に期待もしていなかった。大体、僕は二人のナオミと一度も話をしたことがなかったし、どちらもちゃんとした名前を知らなかった。おそらく彼女たちも僕のことなど知らないだろうと思った。

 ところが…

 それから三日ほど経ったある日の夕方、僕は休みで家にいたのだが、門倉チーフから突然電話がかかってきたのだ。

 「タツヤ、今から高幡のすかいらーくに出てこれるか。今ナオミ二人と一緒にいるんだよ。」

 「え~っ、そんな、突然に…」

 「来れるだろう、どうせ暇なんだから。待ってるぞ~」

と、チーフは僕の返事も聞かずに電話を切った。


 僕は、慌てて着替え、お袋の原チャリを借りて、すかいらーくに向かった。

 チーフたちは駐車場からすぐ見えるところに座っていた。僕が着くと、チーフも気づいて、こっちこっちと、手を振った。

 「どうも、初めまして~、井沢です~」と、軽く挨拶をしてチーフの隣に座った。

 「こちらが噂の“セガレがタツヤ”、いや、イザワタツヤさんね~」とチーフがボケてみたが、見事にすべった。

 「よくチーフに誘われて、素直についてきたね~」と僕が言うと、

 「チーフ、面白いから。」とチーフのお気に入りの方のナオミが、もう一人のナオミを見ながら笑った。

 「ほら、こう見えてもお前よりオレの方がモテんだからよ。ナ?」とチーフが言うと、彼女たちはケラケラ笑った。

 こうして近くで見ると、二人とも可愛らしい今どきの女子高生という感じだった。彼女たちは学校帰りにバイトに来るのでいつも学校の制服姿の時が多く、この日も制服姿だった。二人とも地元の都立高校三年生で、中学は僕と同じだった。

 僕がチーフに可愛いといった方のナオミは、桜井奈緒美といい、今年の3月からレジのアルバイトを始めていた。はっきりとした目が印象に残る、女子高生っぽい肩ぐらいのショートカットで、モジモジしながら上目遣いに話す雰囲気が、学園ドラマに出ていたころの藤谷美和子にちょっと似ていた。

 もう一人のナオミは勝村尚美。チーフは和尚のナオミと呼んでいたが、彼女は桜井奈緒美がバイトしているのを見て、自分もやりたくなって6月から入ってきたらしい。二人は中学時代からの仲良しだった。和尚のナオミの方は、目が大きくキリっとした感じで、可愛いというよりも美人タイプだった。

 二人とも身長155センチくらいの小柄な女の子でヘアスタイルも同じような感じなので、制服で後ろ姿だと双子のようにも見えた。

 話している印象は高校生にしては落ち着いていて、キャピキャピとかチャラチャラしているという感じはなく、好感が持てた。

 門倉チーフも初めこそ、「タツヤが可愛い可愛いっていうからさ~、ちょっとお話しする機会を作ってやろうと思ってよ。」とか冗談っぽく言っていたが、彼女たちも変に僕のことを警戒することなく、すぐ打ち解けて、自然に話すことができた。

 チーフが本当に僕のためにセッティングしてくれたのかどうかはよくわからなかったが、フツーに職場の仲間同士でおしゃべりした感じで終われたので、突然ではあったっが、久しぶりに女の子たちと楽しい時間を過ごせた。


 その後、僕たちはバイトのシフトが同じ日になると、顔を合わせるたびに互いに声を掛け合うようになり、自然に仲良くなっていった。また、勝村尚美にはすでに付き合っている彼氏がいることも知った。

 彼女たちは互いのことを呼び合うとき勝村尚美は桜井奈緒美のことを「ナオミ」と呼び、桜井は勝村のことを「マケ」と呼んでいた。

 僕もそれに倣って、桜井の方を「ナオミ」と呼び、勝村を「マケ」と呼ぶことにした。

 ナオミに、勝村のことを「なんでマケっていうの?」と聞くと、

 「マケは優しくて、喧嘩してもすぐ負けちゃうから。勝村じゃなくて負け村ダネって。だからマケ。」と笑いながら答えた。

 もともとナオミは一人でバイトを始めたので、彼女がバイトに入ることは多かったが、マケの方は彼氏との付き合いもあるのか、ナオミに比べるバイトに入る日が少なく、僕がバイトでマケと顔を合わせる機会は少なかった。

 門倉チーフは、マケに彼氏がいることを知って気持ちが冷めてしまったのか、あのすかいらーく以降あまり騒ぐことはなくなった。もちろん店で顔を合わせれば、ナオミに「和尚のナオミは元気か~?」とか、「セガレがタツヤをよろしく頼むな~」とか、声掛けたり、僕のことでいじったりはしていたが…


 そんなある日、ナオミが商品のチョコレートを片手に、慌てて売場にいた僕のところに走って来て、

 「井沢さん、この商品の値段わかる?」

と、聞いてきた。

 「あ~、それならこっちにあるよ。」と、僕はその商品のところに向かって走り出すと、振り向けば彼女の姿がなかった。僕は仕方なく、その商品を持ってレジに向かうと、レジの島チーフが「井沢さーん、こっち~」と奥の方のレジで手を振っているのが見えた。島チーフに「サンキュ!助かったわ~」と言われ、とりあえずホッとして売場に戻ると、ナオミがさっきのチョコを持ったまま、まだ場所を探しているようだった。

 僕はナオミのところに行き、

 「ナオミ、もう大丈夫だよ。島チーフにチョコ渡してきた。」

と言うと、ナオミは驚いた顔で、

 「え~っ、どうして私に何も言ってくれないの?私一人で必死に探してて、なんかバカみたいじゃん~。もういい!」

と、怒ってバックヤードの方へ走り出してしまった。

 「え?」

 僕は訳がわからないまま、慌ててナオミを追いかけ、何とかバックヤードの階段の手前で彼女の腕を捕まえた。

 「ナオミ、ちょっと待ってよ。ナオミが急いでたから、オレ、すぐチョコレートの売場に行って、振り向いたらナオミがどこにもいないから、とにかくレジに行こうと思ってさ。そしたら島チーフが手を振ってたから… ごめんな。ナオミ。」

 ナオミは俯いたまま泣いているようだったが、やっと事情を理解したのか、

 「ごめんなさい。私、急に井沢さんがいなくなっちゃったから、どうしていいかわからなくなっちゃって… ごめんなさい…」と泣きながら謝ってくれた。

 僕はナオミの姿を見ているうちに、急に愛おしくなってしまった。

 「こっちこそ、ごめんな。ちゃんとナオミに声かけれなくて。」

 僕はナオミの頭を軽く撫ぜて、

 「そうだ、ナオミ。今度映画観に行かない? オレ、フラッシュダンス、観に行きたくてさ。野郎一人で観に行くの恥ずかしいから。誰も一緒に観に行ってくれる人がいなくてさ…」

 ナオミは、俯いたまま黙ってうなずいた。

 「本当に?じゃあ、今度の土曜日、9時に高幡の改札口ね!ランチごちそうするね!ありがとう!」

 僕は急に恥ずかしくなって、ナオミの背中を思わずポンポンと軽く叩いて、逃げるように売場に戻った。


 オレ、何、急に誘ってるんだろ…

 僕の頭の中は、もうナオミとのデートのことでいっぱいになった。そして、だんだん嬉しさがこみ上げてきて、

 「そうだ、チーフに伝えなきゃ。」

 僕は門倉チーフの事務所に行き、チーフを見つけると、

 「チーフ、やった。ナオミをデートに誘っちゃった…」

と、まだ自分でも信じられない感じだったので、静かに言った。

 するとチーフは、

 「ホントか?そうか、ついに誘ったか!やったなー!タツヤー!」

と、立ち上がって、二人で抱き合ったまま、ぐるぐる回って喜んだ。

 僕は、門倉チーフがなんでそんなに喜んでくれるのか、正直よくわからなかったが、やっぱり、きっかけを作ってくれたのはチーフだから、最初にチーフに報告しなきゃと思った。そしてチーフも自分のことのように喜んでくれたことで、ようやくナオミとデートできるという実感が沸いてきた。


 「本当の愛は、

 君がそれを誠実に、どう育んでいくかだ

 誰かはその間に遊ぶことを選択するだろう

 でも君は自分をごまかすことができない

 誰かは待たなければならない

 誰かはそれを見つけられないだろう…」


 僕は、アレッシーの「Long Time Friends 」のフレーズを思い出した。

 突然、僕に対して怒っているナオミを見たとき、今まで接してきた女の子とは明らかに違う、今まで感じたことのない感覚が僕の中で沸き起こった。そして直感的に、誠実に彼女と向き合わなければいけないと思った。そして衝動的に彼女を守ってあげたいと思ったのだ。そして気が付いたら彼女をデートに誘っていた。今までの中途半端な僕には絶対にできなかったことなのに…


 アレッシーの1982年にリリースされたアルバム「そよ風にくちづけ」は、クリストファー・クロスがプロデュースし、マイケル・オマーティアン、ジェフ・ポーカロ、スティーブ・ルカサー、ラりー・カールトン、アーニー・ワッツ、レニー・カストロ、トム・スコット…と当時のLAのオールスターが参加しており、そんな中でアレッシー兄弟が全然負けない輝きを放っているハイクオリティーなAORの名作。当時、僕のドライブBGMで一番のヘビーローテーションだった。

 アレッシーはデビュー当時、そのルックスからアイドルとしてBCRやバスターなどのアイドルグループと同じ括りで売り出されていたので、当初は僕も全く関心がなかったが、たまたま友人から薦められて耳にしたこのアルバムは、すぐ僕の心を捉えた。理屈抜きにどの曲も心地よい。

 当時まだトシちゃんや風見しんごに夢中であったナオミが、洋楽を真剣に聴くきっかけになったアルバムでもある。


 ナオミとはその後、5年の交際を経て結婚し、翌年には長女も生まれた。そして今年は33回目の結婚記念日を迎えた…


 僕は、何の志もなく、とにかく就職する前に、ただ自由に遊んで楽しい日々を過ごしたい…というだけで大学に進んだ。

 僕の4年間の大学生活は、けして褒められたものではないし、きちんとした目標を持って勉学には励んでいたら、もっと違った人生を歩むことができたかもしれない…と思う。

 僕は、何をやっても中途半端な自分がずっと嫌いだった。何度もそんな自分を変えようと思ったが結局は上手くいかなかった。

 それでも、今こうして家族と幸せに暮らすことができている(と思えている)のは、そういう自分を受け入れること、自分と誠実に向き合うこと、そして自分を信じることができているからだと思う。

 他人と同じようにできなくても構わない。その時に自分ができることを何かやること。自分には無理だと思っても、何か自分にできることがないか考え、とにかく何かやってみること。失敗したらまた、何か自分ができることをやってみる。  

 一番マズいのは、自分にはできない…とハナから諦めて何もやらないこと。やらなければ何も始まらない。何も動かない。宝くじだって買わなければ絶対に当たらない。買ってもなかなか当たらないけど…


 自分をごまかすことはできない。自分を誠実に育んでいくしかない。


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ロング・タイム・フレンズ サトウタツ @ta27ho3

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