第6話 ジェシーズ・ガール
「面白そうなサークルがあるんだけどサ、映画のサークルなんだけど…」
4月のある日、午前の授業が終わったところでエイちゃんがみんなに話し始めた。
そのサークルは映画を作るとかではなくて、映画好きが集まって、例えばテレビ、ラジオ、新聞、雑誌、はたまたスーパーや商店街の景品まで、巷にある様々な映画のチケットプレゼントや試写会情報を集めて、部員みんなで片っ端から応募する。みんなで応募すれば結構まとまった数で当選するので、その都度観に行ける人たちで映画を観て、終わったら飲みに行き、映画の話を肴に一杯…という、とってもゆる~いサークルであった。まさに、ただ大学生活を遊んで楽しむために大学に入った僕ら5人にとっては、渡りに船のようなサークルであった。
「いいじゃん!それ~。もう、行くしかないでしょっ!」と、マー坊が叫び、全員一致で即入ろうということになった。
善は急げということで、僕らはそのまま、すぐサークル室に向かった。そのサークルは「EMI(エミ)会」という名前だった。「え」いがを「み」る会だ。EMI会のサークル室はキャンパスの隅っこにある、二階建てプレハブのサークル棟1階にあった。サークル室は三畳くらいの狭い部屋で、中央に木製の細長い机、その両側に木製の細長いベンチ、入り口横に扉付きの書庫があった。ベンチは片側4人座ればもう一杯。つまり両側で8人までしか座れない感じだった。
僕らが行った時には、ちょうど男性の高橋さんという三年生の部長と、高井弘子さんと堀江裕子さんと持田珠美さんいう三人の女性先輩がいた。
部長の高橋さんは小柄だが、エイちゃんと同じように口ひげを蓄え、黒い革ジャンに白いTシャツ、サッスーンのスリムジーンズにウエスタンブーツを履いたダンディーな感じのイケメンで、エイちゃんは既に高橋さんと面識があった。高橋さんは、エイちゃんがドアを開けて「こんにちは~」と挨拶した瞬間に、「おお~、来たか~」と嬉しそうに迎えてくれた。
女性の高井さんはみんなから「ヒロ」と呼ばれていて、身長が170センチくらい。足が長くスラっとしたモデルのような雰囲気で、ロングヘアーにSHIPSのワインカラーのトレーナー、スリムジーンズという当時の典型的な女子大生だが、顔立ちは笑顔が可愛らしい庶民的な感じで、とても気さくな人。
堀江さんは「ホリ」と呼ばれ、毛先にカールがかかったセミロングヘアにパッチリとした優しい目をしている中肉中背のおっとりとした雰囲気。ファッションは上品なお嬢様風。
持田さんは「タマミちゃん」と呼ばれ、小柄で髪は肩にかからないくらい。クリッとした目の子供っぽい印象。マー坊は「女優の坂上味和に似てる。」と言っていたが、言われてみれば、雰囲気は確かに似ていた。
ヒロさんが、「なんだかみんな一年生っていう感じがしないネ〜」と言うと、高橋さんが「そりゃそうだよ。だってコイツ、オレらと同い年だもん。」と、エイちゃんを見ながら笑った。
「イヤ、オレだけじゃないですヨ〜岩倉も柏木も一緒ですよ!」と、エイちゃんは慌てて答えた。
「あ〜なるほどネ〜。なんか納得した。」と、ホリさんが言うと、みんな大爆笑した。
「え〜?でも、井沢さんは?まさか一緒じゃないよネ?」
と、珠美さんが僕に聞いてきた。
何故ヤスシではなく、オレに聞くのか。やはりオレはガキに見えるのかな…。
僕は喜ぶべきか悲しむべきかわからず、おそらく周りから見ると複雑な顔をしながら「18です。」と答えると、女子三人は「だよねェ〜」と声を揃えた。
「じゃ、安藤さんは?」とヒロさんがヤスシに聞いて、ヤスシが「僕は19です。」と答えると、「へぇ〜、なんか面白い〜。不思議な組み合わせだよね。」とヒロさんは笑った。
僕らも、この先輩たちと話していて、イヤな感じは全然しなかったし、すぐ打ち解けることができた。高橋さんも、先輩女子三人もみんなオシャレで、さりげなく品があった。
早速僕らは先輩たちに習って、当時丸井が毎月募集していた新作映画試写会のチケット応募ハガキを書いた。今月の映画は「蒲田行進曲」だった。今年の一年生は今のところ僕ら五人だけだった。高橋さんは来週にでも、新歓(新入生歓迎)コンパ'をやろうと言った。
EMIのサークル室を出て、五人でブラブラ駅に向かって歩いていると、かっちゃんが
「最近、秋元っていう、よくKIKIのロゴが入ったオレンジ色のトレーナー着てる怪しいヤツが、何故かオレに近づいてくるんだけどサ。知ってる?」
と、言い出した。
「あ〜、いるね。」とヤスシも頷いた。
「イヤ、別に何もないんだけどさ、なんか胡散臭い感じなんだよなぁ、アイツ。」
「そうなの?オレはよくわからんけど。柏木は話したことあるの?ソイツと。」と、エイちゃんも誰のことだかわからないらしい。
「うん、まあ、向こうが話しかけてくるから話しはするけど、話しかけてくる割には、話しも続かない感じ。」
「一度誘ってみれば。授業が
終わった後、みんなでお茶するときにでも。」と、マー坊も誰だかわからないので、まずはどんなヤツか知りたいらしい。僕も単なる好奇心で、どんなヤツか会ってみたい気がした。
「そうダネ。どんなヤツか会ってみたい〜」と、僕は野次馬的にふざけて言った。
かっちゃんは、
「そうか。よし、じゃあ今度連れて来るよ。」と言った。
次の日、早速かっちゃんは秋元を連れて来た。秋元宏樹。痩せていて髪は短めで、銀縁のメガネを掛け、噂の、胸に大きく「KIKI」と入ったオレンジ色のトレーナーに色の薄いベルボトムジーンズ、インディアンモカシンを、踵を潰して、スリッパのように履いていた。ファッションは不思議な感じだが、よく見ると顔はちょっと外人ぽい雰囲気があり、僕はブルース・ブラザースのダン・エイクロイドに似ているなと思った。たしかに普通ではない雰囲気はあった。
みんなで学校の近くにあるマクドに行った。秋元は一浪、つまりヤスシと同い年だった。彼は何と小田原から通っていて、高校は僕と同じく大学のいくつかある付属高校の一つだった。一浪しているということは、外部の大学を受験したのか、それとも付属高校の統一試験に通らなかったのか…。それはあえて聞かなかった。僕は、彼の話を聞いていて、口下手で口数も少なく、それでいてちょっと下ネタ好きな所もあるが、けして嫌な感じはせず、逆に面白い奴だと感じた。そしてそれはみんなも同じだったようで、その日から秋元も一緒に行動するようになった。
僕は一つ年上の彼を「ヒロキ」と名前で呼ぶことにした。ヒロキも他の仲間のことはハナブサとかイワクラとかカシワギとかアンドウと名字で呼び、僕のことは「たっちゃん」と呼んだ。
ヒロキもEMI会に入るというのでエイちゃん、ヤスシと一緒にサークル室にヒロキを連れて行った。
かっちゃんとマー坊はパチンコ屋に行くというので別れた。二人はパチンコが大好きで腕前もパチプロ並みだった。後に僕も何度か付きあってパチンコ屋に行ったが、どうも僕には何が楽しいのかわからず、お金もあっという間に千円、二千円と無くなってしまうので、二、三回行っただけで行くのを止めてしまった。楽しむ以前にパチンコ屋のタバコ臭さが大嫌いだった。僕は、実はタバコの煙の臭いや、部屋や車の中で衣類や髪の毛に着くタバコの臭いが苦手だったのだ。パチンコ屋の臭いは、ちょっと中に入っただけで服や髪に臭いが染みついてしまい、しばらく取れなくなるのだ。
ちなみに僕はタバコが吸えないわけではなかった。高校時代も悪友の家で吸ったりしたし、大学に入ってからは、周りがみんな吸っていたこともあり、僕もカッコつけて吸っていた。最初は美味しいと思えなかったが、食事の後やお酒を飲んでいるときなどに吸うと、何故かとても美味しいと感じるようになった。僕は初めマイルドセブンを吸っていた。理由は、高校の頃に聞いた吉田拓郎のラジオ番組で、拓郎が「マイルドセブンが一番いいね。」と発言していたのを聞いたからだった。その後、アルバムや雑誌でエリック・クラプトンがロスマンズを吸っていたのを見て、一度買って吸ってみたことがあった。けっこうヘビーなタバコだったが、僕の中でクラプトンの渋いイメージもあってか、独特の旨味が感じられ確かに旨いタバコだと思った。しかし、当時180円のマイルドセブンに対して、ロスマンズは340円ぐらいしたので、僕はやはりマイルドセブンで我慢することにした。
大学では、エイちゃんがショッポ、つまりショートホープ、かっちゃんとヤスシはマイルドセブン、マー坊はあまり吸っている所を見た記憶がない。吸ったり吸わなかったりしていたような気がする。多分、そんなにタバコが好きではなかったんだと思う。僕はそんなマー坊が、よくパチンコ屋のタバコ臭さを我慢できるな~と思っていた。
そして秋元、つまりヒロキも、エイちゃんと同じくショッポを吸っていたのだ。
マクドに行った時、ヒロキがおもむろにジーパンのポケットからショッポを取り出した時、僕は思わず
「あれ~?ヒロキもショッポ吸ってるの?」と思わず叫んでしまった。
「ショッポが一番旨いよ。最初はちょっとキツイかな…とも思ったけど、一度吸い始めると、やっぱりこれじゃないと吸った気がしなくなる。」とヒロキが言うと、
「そうだよな。ハイライトみたいな後味の悪さもないしネ。」とエイちゃんも言った。
「それに、コイツの良い所はコンパクトで、ハコに入ってるから、ジーパンのポケットに入れてても潰れないってことだよ~」とズボンからショッポを取り出しながらヒロキは笑った。確かにマイルドセブンは紙製のパッケージなので、ジーパンのポケットに入れているとタバコが潰れてしまう。
「自動販売機で180円入れると二箱出てくるってのも、なんだか得したみたいで嬉しいよナ。」
エイちゃんがとどめの一言を言うと、僕に一本差し出してきた。
「たっちゃんも吸って見なよ。」
僕は試しに吸ってみた。一口吸っただけで、肺にドーンと重たい煙が入ってきた。同時に頭も少しクラっとした。これはちょっときついかな…と思ったが、二口、三口と吸っているうちに、何だかロスマンズと同じような独特の旨味を感じるようになった。ゆっくり吸えばマイルドセブンよりも美味しい気がした。その日から、僕もショッポを吸うことにした。
…話しがパチンコからタバコへと、かなり横道に逸れてしまった。
僕らがヒロキをEMIのサークル室に連れて行くと、高橋さんと、二人の女の子が座っていた。二人は新入生で学科も僕らと同じ社会学科だが、違うクラスの子だった。一人は酒井亜美というロングヘアにソバージュがかかった、細身の大人っぽい綺麗な子。もう一人は香月千秋という酒井さんとは対象的に素朴な感じの可愛らしい子だった。僕らは互いに簡単な自己紹介をして、しばらくおしゃべりをした。部長の高橋さんは「これで今年の新入生は8人になった〜」と喜んでいた。
その後、EMIの新歓コンパがあったり、みんなで丸井の試写会に行ったり、EMIの女子先輩たちや亜美ちゃん、千秋ちゃんたちも含め、みんなで鎌倉のヤスシの所に遊びに行ったりして、EMIの人たち、特に女子の人たちと遊びに行くことが多くなった。
そんな中で、いつの間にかエイちゃんが亜美ちゃんと、ヤスシが千秋ちゃんと、其々付き合っていることがわかった。EMIに入ってまだ一か月も経っていなかった頃、いつものように6人が集まってマクドに行った時、エイちゃんが「みんなに話がある…」と言って切り出した。
「実はオレが亜美ちゃんと、安藤が千秋ちゃんと付き合うことになった。」
エイちゃんは真面目な顔で話した。
ヤスシは黙ってエイちゃんの隣に座っていた。
みんなは一瞬、どう反応していいかわからず、え~っ!という感じで何も言えなかったが、僕は、何だかみんなが変な空気になるのが嫌で、とりあえず、
「そうなの~?おめでとう~!」と言った。
ヒロキはちょっと笑ったが、かっちゃんとマー坊はしばらく黙ったままだった。
僕は、深く考えずに、何かとても場違いなことを言ってしまったような気がして後悔し、その後何もしゃべれなくなってしまった。
しかし、みんなも、どう対応すべきか考えているのか、しばらく沈黙が続いた。
「え~?いつから?」とかっちゃんがエイちゃんに聞いた。
「先週、安藤の家に二人を連れて行った時に、そんな感じになって…」
「ふ〜ん。そうなんだ。」かっちゃんは冷静に言った。
「なんか…、急だね。」マー坊はなんだか面白くなさそうだった。
「抜け駆けみたいな感じだよね。」
僕はマー坊が何故怒っているのか、よくわからなかった。
それからエイちゃんとマー坊、かっちゃんの三人で、ケンカという感じではないが、しばらく議論する状態になり、ヤスシとヒロキと僕はただ黙って見守るしかなかった。
僕は彼らが何故揉めているのか、よくわからなかった。エイちゃんとヤスシだけで亜美ちゃんと千秋ちゃんを誘ったことがいけなかったのか?でも、たまたま二人しかその場にいなかったからかもしれないし、その場で彼女たちが鎌倉に行きたいと思ったのかもしれない…
正直なところ僕は、彼女たち二人は自分のタイプではなかった。要は他人事だったのだ。だが、もし仮に彼女たちが僕の好みだったとしたら、僕はどう思うだろうか?冷静でいられるだろうか?ひょっとしてマー坊は亜美か千秋のことが好きだったのかもしれない。だとしたら…
僕の頭の中で、当時大ヒットに向かってチャート爆進中だったリック・スプリングフィールドが「ジェシーズ・ガール」を歌い出した。
「ジェシーは友達だ
そうサ
ヤツは前からオレにとって仲の良い友達だ
でも最近、何かが変わった
すぐわかったよ
ジェシーに彼女ができたのサ
そしてオレは、
彼女をオレのものにしたいんだ…」
僕はリック・スプリングフィールドの爽やかで明るいナンバーを思い出し、一瞬気持ちが軽くなったが、マー坊の表情を見て、すぐ現実に引き戻されてしまった。マー坊の気持ちを想像すると、僕はどうしたらいいのか、もうわからなくなっていた。
かっちゃんは、マー坊の様子を見て瞬時にマズイと判断し、努めて冷静に、なんとかエイちゃんとマー坊のわだかまりを解こうとしていたように見えた。そして、小一時間ほど話し合っていただろうか。かっちゃんがどうまとめたのか僕には全くわからなかったが、エイちゃんもマー坊も納得したようだった。
「じゃ、とりあえず飲みに行きますか。」
かっちゃんの一言で、みんなで飲みに行こうという事になった。
新宿の居酒屋で飲みながら、みんなを見ていて、僕はとても不思議な気持ちになった。誰かが誰かを好きになるのは自由だ。だけど、その事で自分が気づかないうちに誰かを傷つけてしまったり、そんなつもりではないのに、仲間を裏切ったと思われてしまったり…
そしてその事をおそらくわかっていて、互いの真意を理解しようと話し合ったみんな…なのに、オレは…一体なんなんだ?…
「たっちゃん、どうした?大丈夫か?」
「…は?え?」
不意に、かっちゃんに声を掛けられ、僕は、ハッと、我に返った。
みんなが心配そうな顔をして、僕を見ていた。
隣にいたヒロキが、
「たっちゃん、どうしたんよ?酔った?気分でも悪いんか?」と、僕の顔を覗き込んだ。
僕は慌てて、手を振りながら
「あ、違う違う、大丈夫、大丈夫。いや、なんか、オレはガキだなぁって思ってサ。かっちゃん、オトナだよー!スゲ〜ヨ、みんな。」
と言うと、みんなが、ドッと大爆笑した。
かっちゃんは笑いながら「何言ってんだよ〜」と呆れていた。
エイちゃんとヤスシはヒィヒィ言いながら、「たっちゃん、オカシイヨ〜」と涙を流して笑っていた。マー坊が「かっちゃんオトナだよ〜」と僕のモノマネをして、みんなでまた大爆笑した。
「いいんだよ。たっちゃんはそれで。」
と、かっちゃんは笑って言った。
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