【閑話①】邪龍(50)、封印される。

 ――リース・クラインとの再会の50年前。

 とある渓谷にて、一頭の龍が青空の下で翼を伸ばしていた。


『うむ。今日も良き天気なのだ』


 空は雲一つ無い快晴。

 それに近頃はリースが魔王を倒してくれたからか、魔獣や魔族の面倒な脅威も無い。

 こんな山奥には厄介なヒト族もやって来ない。ここは龍族にとってのオアシスだった。


『こんな一日は思う存分空を飛んで、昼寝をするに限るのだ』


 渓谷を飛び出れば、どこまでも続く青空と無限に広がる大地が眼下に広がった。



●●●



 さらに80年と少し前。

 彼女はやんちゃ盛りだった若かりし頃に、文字通りやんちゃをしてしまったがためにヒト族の群れによって一度封印された。

 やんちゃをしたと言っても、自らの縄張りである渓谷にヒト族が何度も何度も侵入して暴れ回ったがために、それを追い返し、少し追い打ちを掛けて一つ村を焦がしてしまっただけのことだ。

 大好きな生まれ故郷であるのどかな渓谷に異物が入ってくるのが許せなかった。

 


 当時はそれこそ虫の居所が悪かったのだ。

 だがそのことが彼女の龍生を一変させた。


 彼女はヒト族によって《邪龍》と称されるようになった。

 後に知ったことだが、界隈ではヒトに危害を加える龍のことを《邪龍》と呼ぶらしい。


 ヒト族隆盛の黎明期に、ヒト族を余すこと無く屠ろうとしたとされる《邪龍神》ヨルムンガンド。

 同胞殺しにヒト族殺し、虫の居所が悪ければ全ての生命をブレスで屠ったとされる《皆殺しの邪龍》ニーズヘッグ。

 寝床に溜めた金銀の財産を護るためなら何でも屠った《黄金邪龍》ファブニール。

 身体から出る毒の瘴気で当たり一面を死の土地に変えた《毒殺邪龍》ヒュドラ。

 

 ……などなどなど。


 明らかにヒト族に敵意を持った龍がそう呼ばれる中で、彼女はたった一度の反撃で邪龍と呼ばれるようになってしまった。


 《村焼き》のヴリトラ――とご丁寧に物騒な二つ名までつけられて。


 そうしてヒト族はヴリトラに対して《邪龍討伐隊》なるものを組織し、どこぞやの協力を得た上で住処の渓谷に乗り込んできた。


 ヴリトラにとっては、突然の襲撃である上に前回の侵入とは明らかに次元の違うヒト族たちの強さを前にして為す術もなかった。

 ……というより、前回の追い打ちは少しやり過ぎたかな、とさえ考えて穏便に帰ってもらおうとしていたのだが。


 ――甘かった。


 ヒト族たちは容赦がなかった。覚悟も違った。

 幾重にも張り巡らされた魔法術式。

 渓谷に張られた逃亡阻止の結界術式。

 憎悪に満ちたヒト族の目。

 たとえ何人が命を落とそうとも邪龍を狩り取らんとする彼らの気迫の前に、彼女は屈してしまった。


 気付けば渓谷の奥深くまで追いやられていた。

 ひとたびブレスを吐いてヒト族たちを消し炭にすればこの場は切り抜けられる。

 だが、そんなことをしたとてまたこれ以上の討伐隊が組織されてしまうだけだ。

 美しい景色の広がる渓谷がこれ以上穢されるのも我慢がならなかった。

 

 ――と、ごちゃごちゃ考えているうちに魔術師らしき者たちの気味の悪い詠唱と魔力の流動が始まった。

 

 気付けば、どこまでも暗く、外に声の一切も届かない空間の中に彼女はただ一頭で閉じ込められてしまった。



 身動きが取れない。

 声も届かない。

 ただひたすらに続く無の空間で、彼女は気の遠くなるほどの時間を過ごした。

 そんな時――。


「ほぅ。君がかのヒト族とやらに封印された龍の子か。私と共に来るが良い。我らの再興のためならば、君の身体を見繕ってやらんこともない」


 

 ――暗闇の中に投げかけられた声は、邪龍よりもよっぽど邪な心を持った魔族のものだった。

 

 

 

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《後書き》

その後のヴリトラはご存じの通り、「魔猪マジックボア」の中に魂だけ入れられて良いように使われてましたとさ。

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