後編
その隣にある肝心の部屋の前に来た私は、引き戸の前で耳を澄ましてみたけど、人のいる気配を全然感じなかった。
ついにもう、一から十までデタラメなのかな? 8個目の七不思議だし。
話自体を疑いながら、私はしばらくそのまま待ち構えてみる事にした。
すると、向かって左側の月面観測同好会の部屋から、少し背の低い雰囲気がギャルっぽい子が出てきて私を不思議そうに見てきた。
「……えーと、
トコトコと近づいてきた彼女は、声を潜めてひょこっと首を傾げながら私に訊いてきた。
私が無言で2階頷くと、彼女は右手でOKマークを作ると、ひょっこひょっこ、と歩いて女子トイレへ向かって行った。
騒がしくされるかと思っていたけど、意外に察しが良い子で助かった。
……いや、これ偏見だね。
そう思ったことを心の中でさっきの子に謝りつつ、しばらくそのままでいたときだった。
「!」
部屋の中からジャラジャラと音がして、豆と言うには少し重めのバラバラという音がした。
携帯のカメラを起動してそーっと中を覗き込むと、部屋中に深い青色のビー玉が転がっていく様子が見えた。
窓から斜めに差し込んでいる太陽が、ビー玉の表面に反射してキラキラ光って、その中を通った光が青っぽい陰を作っていて、私は遠くから見た海の景色を思い出した。
――いやいや、見とれてる場合じゃなくて。
もしかしてこれだけ本当に七不思議なんじゃ、と我に返った私は、踏み込んでみる事にした。
「入りますよー」
「うん」
一応ノックしてから戸を開けて部屋に入った私は、ビー玉を転がしている主が同学年の女子だという事を認識したところで、
「足元注意」
「え――うわッ」
ちょうどビー玉の大群が足下に来ていて、私はそれに滑って引っくり返る事になった。
「いだだだだッ」
受け身は取れたけど、運動不足気味の背中にビー玉が食い込んで、強制的に背中のツボを思い切り刺激された。
「立つの、ちょっとまって」
「そんな事言われ――うぎゃあッ」
慌てて逃れようと跳ね起きたら、私はまたビー玉を踏んづけて引っくり返って、また強制指圧マッサージを受けるハメになった。
「だから言った」
ブリッジみたいな体勢で背中を上げる私に、その子は表情を全く変えないまますり足で歩いて、ほうきとちりとりで私の周りに転がるビー玉を回収してくれた。
「書かれる様なことしてない。他を当たった方が良い」
ゆっくりと座った私を見ながらそう言うと、他の所に散らばるビー玉を同じ様に回収していく。
「ああいや、むしろ書くような事がないかの確認というか……」
「?」
私はその邪魔だから無造作に縛った、みたいな髪型をした、華奢で不思議な雰囲気がある彼女に取材の意図と今までの結果を伝えた。
「つまり怪異扱い?」
「ええっと……。あは……」
はっきり言っちゃうとそうだから、私はなにも言わずに苦笑いするしか出来なかった。
「ここにいる人はだいたいそれであってる」
「いや、そんな事は……」
ここに来るまでに会ってきた人達を思い出した私は、怪異と言って良いのかは置いといて、パンチの強い人しかいなかった事を思い出した。
「あった?」
「う、うん……」
「だと思った」
多分笑ったのか、口の端が微妙に持ち上がったように感じた。
「で、あなたは何を?」
「ビー玉を机に撒いていた」
「へ?」
「理由は
「へえ……」
「見てて」
「あっ、うん」
彼女が教室の椅子を指さしながら言うので、座った方が良いという事かなと思って私はその椅子に座った。
途中まで集めたビー玉が入った箱形のちりとりを持って、部屋の中央に置いてある机の前に来ると、中身をゆっくりと机の上に流していく。
やかましく音を立てて机に落ちたそれらは、独特の低い音をさせながら弾んで転がっていくビー玉は、内の色むらのせいで私には流れる水みたいに揺れている様に見えた。
ただの色つきなガラス玉が無機質に流れているだけなのに、私の頭の中に水のせせらぎが響いてきていた。
それはすぐに床へと滝みたいに転がり落ちて、机の上の物よりより少し鈍めの音を鳴らした。
コロコロと転がっていくビー玉がまた日光に反射して、今度はすぐ目の前に海があるように見えた。
勢い良く落ちたビー玉が跳ね返ってきて、今度は波打ち際にいる様なイメージがバーッと目の前に広がって、
「どう?」
流し終わった彼女の言葉で、幻みたいにそれが消えて現実に引き戻された。
「綺麗だった、かも」
「うん。それはよかった」
多分かなり満足そうに頷いた彼女は、またすり足で移動してビー玉を回収し始める。
「毎日こういうことやってるんだよね」
「怪異扱いされるぐらいには」
「じゃあなにかの同好会、なんだよね」
「ちくわの穴同好会だ」
「……へ?」
「ちくわの穴同好会だ」
流水研かと勝手に思っていたけど、まさかの名前が出てきてポカーンとする私に、淡々とビー玉を集めながら彼女はもう1回同じトーンでそう言った。
「どこにちくわ要素が……」
「別にちくわで何かをする訳じゃない。ちくわが含む概念を同好する会だ」
「ちくわの、概念?」
「ちくわは素の状態では両端の穴の2点でしか内側を見られない」
「まあ筒だしね……」
「食べる事ができる筒で潰しても戻るし、水に浸けても形は崩れないのはちくわだけだ」
「うん」
「だからちくわの穴同好会だ」
「……ええっと、私が理解出来ないとダメだったり?」
「出来なくて良い。どうせ誰も出来ない。私も含めて。ちくわの穴はそういうものだ」
「つまりシュールレアリズムみたいな概念?」
「そうかもしれない。そうでないかもしれない。でも面白い」
ほうきをはく手を止めて、ゆっくりこっちを見てきた彼女は、美味しいものを食べたみたいな満足そうな様子で息を吐きながらまたフッと笑った。
「目的は果たせた?」
「まあ、多分……」
「じゃあ気を付けて」
「あ、うん……」
また元のぶつ切りな調子に戻った彼女は、出入口までの所にあるビー玉を回収してくれつつそう言って、わざわざ戸を開けてくれた。
「――そうだ。一応取材を受けてくれた人に、
「任意か?」
「うん」
「
「中埜森内さんね。じゃあ私も言わなきゃだね」
「腕章見た。
「あ、うん。そう」
嫌がってるのかと思ったけど、ただの確認だったみたいであっさり教えてくれた中埜森内さんは、じゃあ、と言うと、興味が私からはずれたみたいで脇目も振らず回収に
結局、記事としてはなんの使いどころも無かったし、編集会議で不思議を暴くのも無粋、という事になって、掲載されたのは敷地内に住んでる野良猫についての記事だった。
「で、なぜ入部?」
一応、その事を報告しに中埜森内さんの所に行った私は、鞄から自分の署名とハンコを捺した入部届を出した。
少し前まで竹とんぼをレジンで固めていたらしい彼女は、紫外線用のゴーグルをしたまま、書類を手渡した私へ珍獣でも見るみたいな顔で訊いてきた。
「あのビー玉の作品? が綺麗だったから、かな」
「作品……。でいいのかあれは」
「た、多分……」
「そうか」
そういう意識が全然なかったらしく、作品と言われて、不思議そうに目をパチパチした中埜森内さんは、納得した様子でそういうと四角い竹の枠に入れたレジンに視線を移した。
「中埜森内さん、上手くいった感じ?」
「だいたい。あと、
「じゃあ、私も名前で呼んでいいよ」
「わかった」
「それ、見ても良い?」
「うん」
ちょっと照れくさそうな結さんの隣に並んだ私は、竹とんぼを飛ばしている一瞬を切り取った様な、できたてほやほやの作品を覗き込んだ。
七不思議のガラス玉 赤魂緋鯉 @Red_Soul031
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