七不思議のガラス玉

赤魂緋鯉

前編

 なんで新聞部ウチでやろうとするんだろう……。


 今週分に書くような物が特にないから、と部長に『第一部活棟の七不思議』の解明、っていうネタの調査を投げられた私は、構内の端っこにある古い建物にやって来ていた。


 2階建てのその建物は、1・2階とも東側から入ってすぐ右に女子トイレと更衣室があって、その2つの次から縦長6畳の部室が3つあって、トイレと更衣室が男子用になった同じ構造が向かい合わせになっている。


 そこは、悪く言えば得体の知れない同好会を押し込んだ魔窟、と言われているところで、不気味な雰囲気もあって、学校にありがちな七不思議が出来たんだろうと思う。


 で、その1が『第7部室の魔女』。


 引き戸の窓から、たき火同好会が入るその部屋の中をのぞくと、古風な学生がいつもいるのに、中に入ると消えてただの倉庫になる、というものらしい。


 看板を見ると建物の2階にあるらしいので、所々サビが浮いた外階段を昇って向かった。


「ここか……」


 ベニヤ板にでっかく『たき火同好会』と殴り書きされた看板があって、戸の窓から中の様子は全然分からなかった。


 こっそりそれをめくって中を見ると、真ん中ぐらいにあるカウチソファーで、明らかに今時の学生が私に背を向けて読書していた。

 その奥でモジャモジャ頭の女子が、嬉しそうに機械で木を縦に割っていた。


 やっぱりデタラメだよねー……。


 看板をそっと戻してメモに「ガセ」と書いた私は、2つ目の七不思議、『第12部室の幽霊』の調査に向かう。


 総合科学同好会が入るその部屋がある所の下は誰かのお墓があって、それをうっかり埋めちゃったから、それを恨んで化けて出る、っていう話だった。


 1階なら分かるけど2階だよね……。


 その部室は2階の1番奥にあって、どう考えても位置的に話に合わない気がするし、デタラメだろうなあ、と思いつつ行ってみた。


「ん? うし三つ時にいたことあるけど会ったことはないかなあ」


 ノックして入ると、多分女子のやたら背の高い白衣を着た部員がいて、怪奇雑誌を手にした彼女へ七不思議について訊いてみたら、そうやって秒で否定されてしまった。

 

「そ、そうですか。……すいません、ヘンなこと訊いて」

「謝ることはないさ。取材ってそういうのから真実をあぶり出す事じゃないか」


 全く機嫌を損なった感じもなく、なんか偉人っぽい事を上機嫌に言った彼女は、じゃあ頑張ってねー、と私に言ってから雑誌を読み始めた。


 なんだろこの回ってるの……。


 一斗缶の土台に載った金だらいの真ん中で、穴の空いた空き缶がクルクル回っている、入り口脇の実験机の上にある謎の装置を横目に私は部屋を出た。


 この調子だと全部デタラメなんじゃ……。


 その1、2が2つとも空振りで、私はその雲行きの怪しさにちょっと虚無感を感じていた。


 その3は『部室棟2階廊下の怪音』。その名前通りに部室棟2階の廊下に怪しい音が聞こえてくる、っていうもので、ドラマとかで聞く発砲音みたいな感じらしい。


 だけど調べる間もなくその音が、隣のマヨネーズディレイ研究会と火無しファイアーダンス同好会の第11部室から聞こえてきた。


 怪しい音ではあったけど不思議ではなし、っと。


 二度あることは三度あったし、やっぱり全部デタラメなんじゃないか、という思いが私の中でまた強くなった。


 マヨネーズディレイ、という謎の単語に首を傾げながら、私はその4の調査へと向かう。


 これも2階廊下で起こる『部室棟2階廊下の炸裂さくれつ音』っていう、なんかちょっとネタが被ってる気がするものだ。


「うわっ」


 総合科学同好会部室から炸裂音が響いてきて、実験が原因、と私はメモした。


「やれやれ。まーたハカセがやらかしたか……」


 たき火同好会の部室からさっき木を割っていた女子が出てきて、私とすれ違って総合科学同好会部室へと駆け込んでいった。


「汚いなあ。いったい何の実験なのだねハカセ殿」

「やあセンセイ氏。綿飴製造機改5さ」

「なんでそれが爆発するのだね……」

「それに答えるには検証が必要だね」


 そのスパムメールにぼやくみたいな慣れた様子に、それが別に珍しい事でも不思議でもないんだと察した。


 面白いから適当に誰かが言ってるだけなんじゃ……。


 この際だから、全部デタラメだっていう記事でも良いんじゃかな、とちょっと開き直った私は、その5『未確認飛行物体』の取材へ1階にあるドローン研にやってきた。


 だけど部員は誰もいなくて、部室をシェアしているうちわ投げ同好会の男子から、外で飛ばしているはずだと言われて西側出口に行くと、


「えっなに? 入部希望?」


 出口の左側にある階段の横で、眼鏡をかけた部長の女子が2機の機体をプログラムで8の字に飛ばしていた。


「いえ、その新聞部の取材で……」

「なーんだ。なんの用事?」


 話しかけると嬉しそうにしていたけど、新聞部の腕章を見て鬱陶うつとうしそうな顔に変わって、その内容を聞いて更にゲンナリした様な顔になった。


「いや、なんでウチになわけ?」

「いえ、その、疑っているとかそういうわけじゃないんですけど」


 これは部室棟西側上空で目撃される、という話で、何か心当たりがあるかどうか訊きに来ただけ、と眉間にしわを寄せる彼女に伝えると、


「無いわよ。一応言っとくけどウチは自作はしてないから、試作機の可能性もないけど」

「えっ」


 正体か、と目星をつけていた物までついでに否定されてしまった。


「そんな技術力が無いのよ」

「外注ならボクが受け付けるよー」

「アンタにやらすと爆発するじゃない西宮原ァ!」

「今度は上手く行くさ! 多分ね!」


 頭を飴まみれにした総合科学同好会の女子が、2階の部室の窓を開けて話しかけ、ドローン研の部長に拒絶されていた。


「ハカセ殿はサボってないで手を動かしたまえ!」

「おかのした」


 姿は見えないけど、さっきすれ違った女子のものっぽい、鋭い声が部屋の中から飛んできて、背の高い女子はへらへらと笑って窓を閉めた。


「――ああ、ごめんなさい。心当たりあるわ」


 深々と息を吐いたドローン研部長が、思い出したらしくピクッと動いて私にそういう。


「あ、いえいえ。なんでしょう」

「トンボ花火同好会が確か、スペースなんちゃらドラム? みたいな花火飛ばしてたはず」

「わかりました。で、その同好会はどこに?」

「あそこにプレバフあるでしょ? あれ」

「へー、離れなんですね。ご協力感謝します」


 ドローン研部長が指さした先にある、一応渡り廊下で繋がったプレハブ小屋へ向かった私が、中で活動していた3人に訊くと、


「『未確認飛行物体』じゃなくてスペースパンジャンな。飛ばした飛ばした」

「はーやれやれ。ヘンな物飛ばすから妙な噂が立つのですぞネズミ花火研」

「アンタも『蛇使いの妖怪』扱いされてるぞ。蛇の」

「なぬ? そういうトンボ花火研も『フライングヒューマノイド』の元凶でござろう!」


 その5だけじゃなく、6と7もいっぺんに解決してしまった。


 これで7つともデタラメだと分かって脱力感を感じる私だけど、同時にこの第一部活棟が魔窟呼ばわりされてる理由も良く分かった。


 さて最後のひ――。……なんで8つあるの?


 あんま興味が無かったから今気が付いたんだけど、部長に言われてメモした七不思議は8つあった。


 8つそろって七不思議になるって事は、部長がガセネタ掴まされたって事だね……。


 テキトーな事を言って、ガハハ、と笑っている部長の顔が私の頭をよぎった。


 まあいいや。ここまで来たんだし。


 もう止めようかと思った私はそう考え直して、『第5部室の豆まき音』を気が乗らないけど調査しに向かう。


 流水研とバッセンホームラン同好会とちくわの穴同好会が入るそこは、誰もいないはずなのに、延々と豆をまいているみたいな音がしているときがある、という話らしい。


 それにしても、ちくわの穴同好会ってなんだろ……。


 他の物は名前で分からなくもないけど、これだけは正直なんのことだかサッパリ理解出来なかった。


 よくこんなのが通ったなあ……。


 教員の許可と生徒会権限でそれぞれ設立と予算分配が決まるんだけど、聞くところによると教員は放任で基本許可を出すし、どうも今の生徒会はほとんど通しているらしい。


 部室棟1階に入ると、右の部屋にある唐竹(からたけ)割とリアクション同好会の部屋から、気合いの声と竹が割れる音、押すなよ押すなよ! という声がする、というカオスな状況が私を出迎えた。


 ここのトンチキさに慣れてしまったらしく、私は特にその事に大して何も思わなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る