大好きな人へ【第一部・最終話】
「なにをおっしゃっているのですかー?」
ニコラスの言葉を聞いて、リーザはただニコニコと笑いながら小首をかしげた。その姿はやはりとても可愛らしく、ニコラスの心を乱す。だが、今は今後について真剣な話をしているのだ。……抱きしめてうやむやにしていいわけがない。
「……俺は、これから二ヶ月も遠征に行くことになる。その間に、リーザが俺のことを……その、忘れたりしないかが、心配で……」
「なんだー、そんなことですかー」
真剣に思い悩むニコラスに対して、リーザはただ何でもない風にそう言う。未だにリーザはニコラスに横抱きにされたままだが暴れたりはしない。ニコラス的には腕などは全く辛くないため、その点は構わない。構わないのだが……リーザの身体の柔らかさに、意識が行ってしまう。そんなニコラスの葛藤など知りもしないリーザは、ニコラスの首に腕を回し自身の胸を押し付けてくる始末。……本当に、生殺しもいいところである。
「わたしー、こうみえて、だんなさまのこと、だいすきですしー。いつまでも、まっていますー」
間延びした声だったが、リーザは嬉しそうに笑ってそう言ってくれる。酔っているのが心配な要素だが、それでもリーザのことだ。間違いなく、ニコラスが帰ってくるのを使用人たちとともに待ってくれているだろう。……少し気がかりなのは、その間にルーカスが攻撃を仕掛けてこないかということだろうか。
「……リーザ、そろそろ降りないか?」
「やーだー」
それと、目先の問題はリーザがニコラスの腕の中から降りてくれないことだろうか。本当に、本当の本当に変な気分になるからやめてほしい。そう思っていれば、リーザは「だんなさま、わたしのこと、きらですか?」なんて上目遣いで言ってくるのだから、質が悪い。どうやらリーザは酔えば甘えてくる人種だったらしい。今までは、酔うほど酒を飲んでいなかったので、分からなかっただけのようだ。
「……あと少し、だけだからな」
「えへへー、だんなさま、だーいすき」
だが、本当に。本当に腕に頬をすりすりとするのは、やめてほしい。そう思いながら、ニコラスは必死に脳内で別のことを思い浮かべようとする。それでも思い浮かぶことは……リーザのことばかり。自らの脳内の三分の二程度は、リーザで出来ているのではないだろうか。そう思えるぐらいには、リーザのことしか考えられない。ちなみに、残りの割合はほとんど仕事である。
「だんなさまー、ちょっとこっちに、おかお、ください」
「……リーザ、何をする気で――」
不意にリーザはニコラスのことを手招きした。……一体、何を企んでいるのだろうか。そう思いながらニコラスが渋々リーザに自身の顔を近づければ……突然、唇に温かいものが触れた。その瞬間、ニコラスは驚き目を見開いてしまう。……リーザに口づけをされた時が付いたのは、それから数秒が経った後で。
「っつ! リーザ!」
「これ、しゅっせの、おいわいー」
それでも、そんなことを言われてしまえば……怒る気など、もうそがれてしまう。だけど、やられっぱなしは癪だったので。ニコラスの方からもリーザに口づけた。そうすれば、リーザはふにゃりと表情を崩して笑ってくれた。
「わたしー、だんなさまとけっこんできて、しあわせー」
それに、ニコラスはリーザのその言葉だけで幸せだった。普段はなかなか好意を伝えてくれないリーザも、酒に酔えば素直になってくれるのか。そう思うと、また酒に酔わせたくなるが……それはダメだと、理性で踏みとどまる。そもそも、リーザが普段から好意を伝えてくれるようになればいいだけなのだから。
「……リーザ。俺は、リーザのことが大好きだ。……今も、昔も、ずっと」
「だんなさまのあい、おもいですものねー」
「……そうだな」
にっこりと笑ってそういうリーザには、怒りなど湧くわけもない。ニコラスはただ表情を崩して笑うだけだった。……ただし、後ろから二人の様子をにやにやとしながら覗き込んでいる騎士たちには――怒りしか、湧かないが。
そして、送別会から数日が経った頃。リーザとニコラスの元に、ローゼマリーから手紙が届いた。そこには、エウラリアはダリアの助手として必死に働いているということや、今の段階ではルーカスは近くにいないことなどが綴られていて。その手紙を二人で読んでいれば、不意に手紙から花弁が降ってきた。その花弁に意識をとられていれば、手紙の端に新しい文字が浮かび上がってくる。
――バカ夫婦ども。いろいろと変わっても、ずっとその調子でいろよ。
それはきっと――ローゼマリーなりの、激励だったのだろう。
【第一部・完結】
【第一部・完結】グリーングラス公爵家の話~契約妻だったはずなのに、突然旦那様が甘々になりました~ 華宮ルキ/扇レンナ @kagari-tudumi
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