終章

ニコラスの送別会


「それじゃ、ニコラスの出世を祝って……カンパーイ」


 そんな団長の声に合わせて、王宮にあるとある一室にグラスの音が鳴り響いた。


 エウラリアの事件から一ヶ月が経った。騎士団の面々はエウラリアが突然辞めたことに驚きはしたものの、誰かが何かを言うことはなく。それは元々エウラリアが騎士団の中で「足手まとい」のような存在だったからかもしれないし、もしかすれば団長が何かを言ったのかもしれない。それは定かではないものの、一ヶ月が経った今、騎士団は別の話題で持ち切りだった。


 それは、ニコラスが新しく立ち上げることになったエリート騎士団のメンバー、それも隊長に抜擢されたからである。本来ならば団長が抜擢されるはずだったのだが、彼は妻と娘と一緒にいる時間が減ると断った。その結果、ニコラスに白羽の矢が立ったというわけだ。わけがわけというだけはあり、ニコラスはなかなか素直に喜べなかったのだが、団長たちの喜びようを見ているといろいろと思うことがあるわけで。普段ならば送別会など絶対に断っていたのに、今日は参加していた。……妻であるリーザを連れて。


「ねぇねぇ、ニコラスさんって家でもあんな感じー?」

「あー、それ気になる! ぶっきらぼうで口数が少なくて、愛想のない男?」

「いえ、そうでもありませんよ」


 しかし、最愛のリーザはすぐに女性騎士たちに捕まり、独占されてしまった。女性騎士たちはもうすでに酒を飲んでおり、リーザにも勧める始末だ。この国では飲酒が解禁されるのは十六歳なので、リーザは断ることなくちまちまと飲んでいるようで。その姿は大層愛らしく、今すぐにでも抱きしめに行きたいがそんなことをすれば女性騎士たちは大ブーイングだろうな。そう思い、ニコラスは親しい間柄の男性騎士たちと飲んでいた。


「しっかしまぁ、お前が隊長かぁ……。いや、出来るの?」

「……出来ますよ」

「そういう意味じゃなくてなー。お前不愛想だし、仕事の鬼だし、隊員たちから『冷酷隊長』とか呼ばれるんじゃないかなーって」

「あー、それわかるー」


 先輩の騎士がそういえば、同僚の騎士たちが同意する。もうすでに酒が回ったのか、同僚の騎士はニコラスの肩に腕まで乗せてくる始末だ。その腕を鬱陶しいと思いながらも、今日ぐらいは……とニコラスは我慢していた。


「……つーかさ、俺、ずっとお前のこと人間味がないって思っていたわ」


 そんな中、一人の同僚騎士がそんなことを言い出した。その言葉にニコラスは軽く驚きながらも、黙って聞くという選択肢をとる。


「筆頭貴族の生まれで、何でもできて。しかも、人間に興味がない。そう思っていたけどさ……なんつーのかなぁ。奥さんの前では、普通に笑ったりするのを見てさ。あぁ、こいつもきちんと人間だったんだなぁって思った」


 けらけらと笑いながらそういう同僚の騎士に周囲も同意する。その言葉を聞いたニコラスは、『出世先ではもう少し愛想をよくしよう』と心に決めた。……まぁ、実際にできるのかは知らないが。


「っていうか、お前の奥さん滅茶苦茶綺麗で可愛らしいよなー。あー、俺にもあんな可愛らしい妻が出来ねぇかなぁ!」

「いやいや、お前じゃ無理だし」

「つーか、お前の方が無理だろ」


 同僚の騎士たちが、そう言って笑いあう。その視線の先にいるリーザを見つめれば、リーザは頬を仄かに赤くしながら女性騎士たちと話しているようだ。……女性騎士たちは、基本的にはザルの集まりである。そのペースに合わせてリーザが飲んでいるのだとすれば……酔いが回るのは、かなり早いはず。……本当にもうそろそろ、助けに入った方がいいかもしれない。


「……ちょっと、出てくる」


 そのため、ニコラスは一応同僚たちに断りを入れてリーザの方に近づいた。リーザはすでに酔いが回ってしまったのか、その姿は十七歳とは思えないほど色っぽい。その姿に軽く息のを飲み、ニコラスはリーザの持っていたワイングラスの中のワインをすべて飲み干す。そうすれば、リーザは抗議の視線をニコラスに向けてきた。


「だんなさまー、それ、わたしの! のまないでっ!」

「……リーザ、もう酔っているだろう。……一旦、酔いを醒ましに行くぞ」

「やだー」


 リーザの態度は、まるで駄々をこねる子どものようだった。……酒を飲みなれていないのに、飲むから。そんな小言を思い浮かべながらニコラスがリーザの腕をやさしくとれば、リーザは「じゃあ、だっこ」なんて言ってニコラスに抱き着いてくる。その際に、女性騎士たちが口笛を吹いて茶化すのを、ニコラスは聞き逃さない。……あとで絶対にくぎを刺してやる。そんなことを決意し、ニコラスはリーザのことを横抱きにした。


「リーザ、しっかりと捕まれよ。……落ちても、知らないからな」

「だんなさまはー、わたしのことだいすきだから、おとさないのー」


 絶対にあとで叱ってやる。そう思っていたニコラスだが、心の中でリーザの言葉を聞いて「反則過ぎる」と思い小言も飛んでしまう。にこにこと笑いながらそういうリーザを見ていると、頭を抱えてしまいそうになるがそこはじっとこらえ、ニコラスはリーザのことを横抱きにしたまま運ぶ。そのまま、夜風に当たれるバルコニーに出た。


「なぁ、リーザ」

「……うん? どうかなさいましたかー?」

「……リーザは、俺が二ヶ月ほどいなくても、待っていてくれるか?」


 そして、バルコニーに出てすぐにニコラスは酔ったリーザに、そう問いかけた。

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