エウラリアの謝罪


 その言葉は普通ならば笑い飛ばせたような、冗談にも聞こえるような言葉だった。しかし、ローゼマリーの表情は真剣なものであり、本気で「それ」が出来るようにも感じてしまう。だからこそ、リーザは胸の前で手を握った。


「……そんなこと、出来るの?」

「ま、正しくは寿命を延ばすというよりは、呪いの効力を減らすってだけさ」


 エウラリアの期待したような目を一瞥し、ローゼマリーはため息をつきながらそんなことを言う。それでも、エウラリアからすればそれはとても魅力的なことで。ローゼマリーに詰め寄ったかと思えば「どうすればいいのよ!?」と叫んでいた。その声を聞いたローゼマリーは「貴族って本当に傲慢で失礼な奴ばかりだね」とニコラスに視線を向けてポツリと零す。……もちろん、自分のことを言われているとわかっていたニコラスは、視線を逸らすだけだ。


「そんなの簡単さ。……あんたの呪いの代償を『誰か』が半分肩代わりをするだけ。……ま、あんたは親しい奴もいないようだし、肩代わりしてくれる奴なんて見つからないだろうけれど」


 そう言ってけらけらと笑うローゼマリーの言葉に、エウラリアは言い返せなかった。エウラリアには友人と呼べる同性の人物などいないし、使用人たちは結局自らのことを「仕える相手」としか見ていない。ずっとニコラスのことを追いかけていたため、男性も思い浮かばない。まさに、詰みの状態だった。


「だから、あんたの呪いの半分をあたしが肩代わりしてやる。……ただし、一つだけ条件がある」

「……条件」

「そうさ。……あんたは貴族じゃなくて、魔女の使い魔……いや、この場合は助手か。まぁ、とにかく。こっちは人手不足なんだよ。猫の手も借りたいぐらいにさ」


 ローゼマリーのその言葉を聞いて、エウラリアは息をのんだ。エウラリアは貴族であることを誇りに思っている。そのため、貴族でなくなる自分など想像もしていなかった。……それでも、背に腹は代えられない。貴族である前に、自分は一人の人間。誇りだけでは生きていけないし、ご飯も食べられない。ならば、エウラリアが下すべき判断はたった一つ。


「……わかった、わよ。私、魔女の助手になる。貴族の身分も、捨てるわ。その代わり……きちんと寿命は延びるのでしょう?」

「当り前さ。あたしは約束は破らない。……元の寿命には戻せない。せいぜい五分の四が限度だ。……それでも、いいんだね?」

「えぇ」


 エウラリアは肯定の返事をすると、ローゼマリーのことをまっすぐに見つめた。その目には、迷いなどない。それを見たローゼマリーは満足げに頷く。もう、エウラリアの中にニコラスへの恋心も、リーザへの敵意もない。そこまで読み取ったローゼマリーは「あと、そこの二人に一言謝っときな。あと、礼も言っておけ」と告げてエウラリアの背を押す。


「……エウラリア、様」


 ゆっくりとエウラリアの名が呼ばれる。その声の主は、リーザで。リーザが不安そうに自らのことを見つめているのを実感すると、エウラリアは「あぁ、これでは自分は敵わないな」と思えた。エウラリアは傲慢だった。人など虐げて当然だと思っていた。それに比べて、リーザはどうだろうか。嫌いな自分のことも助けようとした。……ニコラスは確かに、人を見る目があったのだ。


「……ごめん、なさい。貴女のこと、呪って、ごめんなさい……!」


 それを実感したとき、エウラリアの口から謝罪の言葉が出た。エウラリアの行ったことは、決して謝っても許されないことだ。それでも、リーザは満足だった。……ただ一言、謝ってくれた。そして……彼女は、それ以上の罰を受けている。


「いいえ、もういいです。……ただ、私、エウラリア様のことを好きにはなれません」

「……当然よ」


 リーザの言葉に、エウラリアはそれだけを返した。自分を呪った相手を好きになれる人など、それこそ聖人の類なのだろうか。だから、リーザはエウラリアのことを好きにはなれない。リーザだって、聖人というわけではないのだから。


「ニコラス様も、ごめんなさい。……私、貴方が好きでした」

「……そうか。ただ、俺はエウラリア嬢のことを許さないからな、一生」

「それでも、構いません。私は……それぐらいのことを、しでかしたのですから」


 ニコラスとは目を合わせることが出来なかった。どれだけ自分のことを憎み、嫌い、恨むのだろうか。そう考えたら、まだ怖かった。先ほどの返事が、感情など読み取れないものだったのも、それに拍車をかけていたのだろう。


「俺は、本当ならばエウラリア嬢のことを殺したいぐらい、憎い。……だが、リーザがそれを望まないからな。ならば、俺は手を出さないし、報復しようとも思わない」


 しかし、次にニコラスの口から出た言葉に、エウラリアは顔を上げた。ニコラスは、リーザのことをこれでもかというほど愛している。そんな彼だからこそ、この言葉は出たのだろう。そして、エウラリアが見たニコラスの表情は、とても穏やかなもので。


「……ありがとう、ございます」


 その表情を見たら、エウラリアの目からは自然と涙が零れる。今思えば、初めから勝ち目のない勝負だったのだろう。負けてからそれに気が付くなど、バカもいいところだ。そうエウラリアが思っていると、ローゼマリーがエウラリアの肩に手を置き「じゃ、あたしたちは行くか」と告げてくる。その声に反応し、エウラリアはゆっくりと頷いた。


「じゃあ、あたしたちは住処に戻るわ。……またあの男の影を感じたら、あんたたちに会いに来る。……仲良くしなよ、バカ夫婦」

「……バカ夫婦じゃない」

「あんたが言っても説得力なんてゼロさ。……このべた惚れ男!」


 最後にローゼマリーはそう叫ぶと、エウラリアとともに歩き始めた。徐々に遠くなる背中を見つめていると……リーザには強い眠気が襲ってきて。リーザはうとうととしてしまった。


「……リーザ?」

「は、ははは……すごく、今、眠いです……」


 地面に倒れこむ寸前で、ニコラスに抱きかかえられたものの、その眠気に抗うことは出来なくて。リーザは、そのまま眠りに落ちてしまう。眠ってしまったリーザは、ある意味幸せだったのだろう。一番不幸だったのは……間違いなくニコラスだったから。


「……なんというか、どうしたらいいかがわからない。……抱っこして、馬車に戻って帰るか」


 そうつぶやいたのはきっと……腕の中で眠るリーザの横顔が、可愛すぎたから。なんといっても、ニコラスは――リーザのことが、大好きなのだ。

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