庇っているわけじゃない
「あ、あんた、なんで……!」
リーザの登場に、エウラリアは慌てふためく。後ろを振り返れば、そこにはエウラリアが恋焦がれていたニコラスがいた。しかし、その目は真剣そのものであり、さらにはエウラリアを見る目は冷たい。その目に宿っているのは好意ではなく嫌悪だ。それが分かったからこそ、エウラリアはときめいたりはしなかった。
「……私は、貴女のことがあまり好きではありません。けど……それよりも。ここで殺されたりしたら、気分が悪いじゃないですか」
エウラリアの方を見ることもなく、リーザはそう伝えるとルーカスのことをまっすぐに見据えた。そんなリーザを見つめ返し、ルーカスは「やはり、リーザお嬢様は素敵ですね」と不敵に笑いながら言う。そして、手をぱちぱちと叩いた。その拍手はこの沈黙の空間には似つかわしくなかった。それでも、リーザはただルーカスを見据えた。そして、ゆっくりと「直に対面するのは、五年ぶりかしら?」とかみしめるように口を開く。
「そうですね、リーザお嬢様。……この五年で、リーザお嬢様はさらに素敵になって」
「……そう。だけどね、貴方に褒められてもこれっぽっちも嬉しくないわ。……昔の貴方ならば、きっと素直に喜べたのだろうけれど」
ルーカスがリーザのことをまっすぐに見つめ続ければ、ルーカスのその目は一瞬揺らいだ。大方、リーザの堂々とした態度に驚いているのだろう。そう判断し、リーザはエウラリアのことを一瞥した後「彼女を殺しても、何も得はないわよ」と伝える。そもそも、呪いの代償で身体を蝕まれているエウラリアなど、殺しても罪が重くなるだけだ。……いや、違う。ルーカスはすでに重罪を犯してしまっている。今更、人殺しの罪の一つや二つ重ねても問題などない。そう、彼は思っているのかもしれない。
だったら、今の説得は無駄なことか。そう思い、リーザはただ一歩一歩ルーカスに近づいた。途中、後ろから「リーザ!」という悲痛なニコラスの声が聞こえたものの、振り返りはしなかった。……今は、ルーカスを説得する方が先決だ。
「……私、ルーカスのことを好いていたのよ?」
「……何を、おっしゃっているのですか」
「所詮少女の淡い初恋だけれどね。……今思えば、あれはきっと恋だったのよ」
そんな話をしながら、リーザはルーカスに一歩一歩近づいていく。夜空で煌めく星々に一瞬だけ視線を向け、リーザはルーカスに対して優しく笑った。
「だって、貴方は優しかったから。私のことを、誰よりも思ってくれた。覚えているかしら? 貴方、私が流星群を見たいってわがままを言った時、こっそりと屋敷の外に連れ出してくれたじゃない」
それは、本当に淡い思い出。たまたま流星群が見られると知り、幼き頃のリーザはどうしても見たかった。しかし、過保護な周囲の大人たちはリーザの願いを却下した。それでも諦めきれず、リーザはこっそりと部屋を抜け出そうとし……失敗。両親が、自らの監視役として近くにルーカスを置いていたからだ。
「あの時、貴方は私のことを外に連れ出してくれた。お父様とお母様にバレたら、解雇ものだったのにね。……そんな貴方のことを、好くなっていう方が無理だったのよ」
「……嘘ばっかり」
「嘘じゃないわ。……貴方があの時思い込みから行動しなかったら……私はきっと、貴方のことを本気で好いていたわ」
両片想い。それを壊したのは、間違いなくルーカスが引き起こしたあの出来事で。ルーカスの、一方的な被害妄想が原因で。だからこそ、リーザは「裏切られた」と強く思い、パニックに陥った。見かねた両親が、記憶を封印するぐらいには。
「……俺のこと、好いている素振りなんてなかったじゃないですか!」
「当り前じゃない。だって、年頃の女の子なのよ? そんな素直に好意を伝えると思う?」
今のルーカスのことが、怖くないといえば嘘になる。それでも、リーザは逃げない。それに、今はニコラスがいる。……絶対に、リーザのことを守ってくれる。そんな信頼感と、安心感。それがリーザに勇気を与えてくれる。……失ってしまった初恋に、向き合う勇気を。
「……それにね、ルーカス。時間は戻せないのよ。いくら貴方が私のことを手に入れようとしても、私にはすでに愛する旦那様がいる。……貴方が私の記憶を奪ったとしても、私は貴方のものにはならないわ。……それだけは、覚えていて頂戴」
「っつ!」
それが、決定打になったのだろう。ルーカスはただ乾いた笑いを零し始めた。その笑い声は何故かこの空間に響き渡り、空間を不気味なものにしていく。……それに、リーザが身震いをすれば、いつの間にかそばに来てくれたニコラスがリーザの肩を抱き寄せてくれて。
「もう、いいですよ。……もう、全部わかりましたから。貴女はどこまでも素敵で……残酷な人ですね」
「ルーカス」
「けど、こっちにも引くに引けない事情があるんですよ。……今日のところは引きますし、その女を殺すのも諦めます。ですが、俺はリーザお嬢様とその男の仲を壊しますから。何度でも何度でも、壊そうとしますから」
その言葉とほぼ同時に、ルーカスの姿が揺らめていく。それは、大方瞬間移動の魔法の類だろう。消えていくルーカスのことを見つめながら、リーザは「バカ」とだけつぶやいた。ルーカスは昔から思い込みの激しい男だった。それが――こうなった、根本の原因でもある。
「……リーザ、大丈夫か!?」
そして、ルーカスの姿が完全に消えたころ。ニコラスはそう言うと、リーザの両肩をつかみリーザの顔を覗きこんでくる。それに対して、リーザは緊張の糸が解けたこともありその場に座り込んだ。その後「は、ははは……」とだけ零す。今までは緊張から気が付かなかったが、リーザの身体にはかなりの負荷がかかっていたのだろう。
「私は、大丈夫……です。って、エウラリア様は!?」
「大丈夫さ。あたしが捕まえておいたから」
リーザがエウラリアのことを思い出し、慌てて周囲を見渡せばすぐそばからローゼマリーの声が聞こえてきた。そんなローゼマリーはエウラリアのことを片手で抱え込んでおり、エウラリアは必死に抵抗しているようだが……それは意味をなさない。
「この小娘、どさくさに紛れて逃げようとしていたからね。あたしが捕まえたわ」
「は、放しなさいよ! 無礼よ!」
「おだまり。……どうせ、あんたの命は長くないのに。……せっかくあたしが寿命を延ばしてやろうとしているのに、そんなことを言うのならばもう延ばさないから」
「……は、はぁ!?」
ローゼマリーの言葉に、リーザはぽかんとしてしまった。……寿命を延ばす? そんなこと、できるのだろうか? ニコラスとリーザ、そしてエウラリアがそんなことを思う中、ローゼマリーは不敵に笑っていた。
「――あたしを誰だと思っている? この世で最強の魔女、ローゼマリー様だよ」
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