PLATINA/CC/STAR『任務:異形捕縛』

環月紅人

条件:捜査員三名/変異種一体/静岡県北東部(4162文字)

「戦闘配置! 未確認生命体発見。変異種チャネラーであると推定、これより捕獲に移る」

「了解!」

 ――静岡県北東部。朝霧高原。

 時刻は夜中の三時を廻る。

 雄大な富士を間近に感じられる広々とした平原のなか、人も牛も寝静まるような頃だろう。どこか牧場臭い土地に、異質にも思える人影が立つ。

 私有地であるにも関わらず特務捜査員の乗るバンは駆けつけるように人影の元へ行き、急停止。男の号令と共に、彼含め三人の特務捜査員が一斉に展開すると三角形に人影を囲んだ。


「エ、エ、エイブ、ラ……」


「不気味だな……」

 たどたどしく。喋る言葉の意味は理解出来ない。特務捜査員に囲まれても気にする素振りなど一切なく、三方向から照らされた懐中電灯でそのシルエットを明らかとする人影は、ひたすら棒立ちでありながら――小刻みに頭を震わせ続けている。


 白く。洗練された体付きだ。

 180センチほど。成人男性よりも少し大きな体躯に、筋肉質な体格を持つ。彫刻のように真っ白な肉体をしているが、四肢の先から徐々に黒ずんでいるようで、尖った爪など野生味を思う。衣類のようなものはなく、生殖器はなく。体毛もなく。

 マネキン、と形容しても、その姿はまるで差し支えないだろう。その頭部には目が存在しないが、鼻や耳などの輪郭はあるのだ。

 口元からは、「エ、エイ、エ……」と大人しく言葉を繰り返しているだけだが、観察するにその口はきっと裂けている。大きく開くと見て間違いはなく、今のところは害こそないが……。

 不気味と形容する以外にない。

「冷静に」

 呼びかけたのは隊長か。不気味だ、と呟いた捜査員は改めるように顎を引き、懐中電灯と特製の銃を構え直す。

 完全武装状態だった。生憎とフルフェイスヘルメットを被る彼らの素性は知れることなどないだろうが、着込んだ防弾チョッキ。胸元の辺りに小さく印字されている二重線の銀色の星形が、彼らの所属を示している。

 秘密警察実行部隊プラティナック・スター日本支部。現実世界に於ける、未確認生命体・事象と言うものを統轄・保安・調査する組織。彼らの持つ特製の銃は、神秘を利用した所謂ところの魔法銃であり、弾丸を入れ込むマガジンなどはなく、神秘を吐き出すスリットとトリガーのみが備わった薄い長方形の外見をしているものだ。

「エ、エ、エ、エ……?」

「っ――」

 途端、異形の首が捜査員の方に向く。

 射抜くような目はないが、先ほどまで小刻みに振るわれていた頭がピタリとこちらを向いたこと、ギラリと懐中電灯の灯りを鈍く反射させる牙に、戦慄するような恐怖が湧く。

 一人冷静な隊長と思しき男性が、それでも冷静に呼びかける。

「出方を窺え」

「……り、了解」

 知能があるのかどうかすら。捜査員たちも把握出来てはいない異形。仮称・チャネラー。

 じっと見つめられ、その不気味感に支配されて、捜査員は徐々に腰が引けていく。


 なぜ俺を見る? 何を見ている? 気持ちが悪い。なぜ俺なんだ。

 やめろ。応えろ。なぜ人を見る。なんで俺を見つめ続ける。やめろ、やめろ、気持ち悪い。

「恐れるな、呑み込まれるんじゃない……!」

 様子のおかしくなる捜査員に、隊長が初めて感情的になりながら静止を掛ける。

 暗い真夜中、三方向からの懐中電灯で浮き彫りとなった異形はずっと男を見つめている。

 蝕まれる。これは恐怖だ。あるいは畏怖。声は届かない、目は醒めない。

「止せ、止せ、まだ発砲はするな!」

 呼びかける。答えはない。一歩一歩と後退していく捜査員の怯えた姿が、他の二人に確認される。

 体が震える。奥歯がカチカチと言う。これ以上は、捜査員の精神状態を優先するべきだと隊長は判断する。

「西田、よく聞け」

「あ……ぉ」

 が。


「――俺を見るなぁあああアアアグッ!?」


「くそッ、退避!」

「エイ、ブラ、ハム」

 目に追えない。

 狂乱に叫び、トリガーを引こうとした西田の胸部を、いつの間にか異形は片手で指し貫いている。

 貫通する右腕。胴体から吐き出された血肉がぼとぼとと露草に落下する。

「隊長!」

 もう一人の捜査員が呼びかける。西田は既に息がない。

 ずるりと、また棒立ちになる異形に伴って、西田は奴の足元に落ちた。異形は再び頭を振るい出す。

 ――動きがあまりにも早い。

「ショット/イグニス/ボム/ワンセカンズ!」

 未だ戸惑う捜査員をよそに、正式名称マギアモバイルを構えた隊長は魔術を構築する。

 ショット。それは形式。顕現するイマジナリティに加わる物理三属性。

 イグニス。それは公式。錬金術の神髄に乗っ取った四大元素の属性付与。

 ボム。それは術式。前者二種に伴って構築する自由性形成質。

 ワンセカンズ。それは開式。以上命令した魔術を解き放つタイミング指定。

「距離を保ち攻撃! 絶対に捕まるな!」

「了解!」

 構築された魔術によって、集う光流がスリットに。平面の電子カウンターは1秒を示し、すぐにそれは0となる。引き金を引く。

 ――火属性の赤色で、高密度に凝縮した球は異形の白肌に触れると小規模の爆発を及ぼす。暗い闇の中に、眩いフラッシュと風圧と衝撃音が響いて、粉塵。

 翳した懐中電灯、透ける人影は――。

「エ、エイ、ム」

 まるでダメージを受けていない。

「ショット/テラ/バインド/スタンド」

「スラッシュ/ウェントゥス/ファイブゲートホーミング/スリーセカンズ」

「インパクト/ウェントゥス/フォール/ワンセカンズ」

 異形から目は離さないまま、二人の特務捜査員が協力して魔術を敷き詰めるように用意する。

 構築をマギアモバイルという端末に任せ、術者は生命力とも言うべきエネルギーの供給をするだけで簡単に魔術を扱えるようにした彼らの武器は、唯一の欠点として即時性がないことだ。

 計算を端末に依存するため、魔術の発動に1秒以上のロスが生まれる。戦闘スタイルとして、常に先を読む戦い方が求められる。

「スタンドオープン!」

 着弾は異形の足元の地面。任意のタイミングまで待機し、その時間分だけ効果の強まる開式を使用した地属性の拘束魔法。それはしかりと異形の両足に巻きつくような、泥のうねりとして奴を大地に縛りつける。

 隊長はマギアモバイルを頭上へ向けて放つ。

 ファイブゲートホーミングだ。

「エイ、ブラ」

 展開する五つの門。風の渦と言って差し支えない。夜闇に紛れる透過したようなゲートからは、さらに不可視の刃が随時異形へと狙いを定めて放ち続けられる。

 裂傷を生む。……奴は再生しているらしい。

 さらに。

「ブ、ム……」

 のしかかるような空気圧が、異形の頭上から突如として落ちた。

 それは捜査員が拘束魔法と同時に構えていた空気圧の魔法。フォール。

「まだだ、ショット/アクア/スピアー/ワンセカンズ」

「ショット/アクア/ランス/ツーセカンズ」

 1秒。マギアモバイルのスリットから、細い針のような高密度の水の一射が異形の右腕を貫通する。

 2秒。続いて同じように、ただし先程のものよりも一回りでかい、更に貫通性を強化した水の槍が、異形の腹部を貫く。

「エ、エ、エ、……」

 苦悶に、呻いているのだろうか。

 膝をついて項垂れるように、ただ肉体再生の影響からかくゆる蒸気を噴出させる異形を訝しむように見る。

「捕獲……しますか」

「そうだな」

 事前に捕縛魔術を構築し、スタンドさせている西田のマギアモバイルを回収すれば、この異形を捕らえることも可能だろう。

 二人、懐中電灯をかざしながら、ジリジリとして移動する。

「エイ、エイ」

 振るう頭の速度が段々と緩やかになる。

「ブ、エ……」

「……早く回収するぞ」

 頭の動きが止まる。

 異形は沈黙する。

 隊長は、訝しむように異形を睨みつけながら、地面に転がったマギアモバイルに手を掛けた。

「隊長!」


 ――気付く。

 俺を見ている。


「エイブラハム」

「ッッッ!」

「隊っ、ア――」

 その判断は早かった。

 隣に立つ隊員の首根っこを掴み、ずいと引き寄せて自身はバックステップを取る。異形はニヤリと笑い、腕を真っ直ぐとこちらに差し出しての突進は、強引に身代わりにされた捜査員の胸部を再び力強く貫き、バックステップした隊長の眼前。胸元一ミリ届かないギリギリの回避を持って、彼は免れてみせる。

「チッ――」

「エイ、ブラ――」

 血肉が頬に触れる。亡骸が横に流されて、立て続けに異形の左手が今度はこちらに伸びてくる。

 西田のマギアモバイルを構える。

 目の前に異形がいる。

 剥き出しの牙がある。

 涎を撒き散らす様がある。

 目がないくせに、俺をずっと見つめている。

 奥歯を噛んだ。

 引き金を、引く。

「オープン!」

 それは凍結魔術。発射された藍色の球は、差し出された左手の爪に着弾し、直ちに氷塊となって包み込む。

 バキン!と大きな音を立て、三メートルにも及ぶ氷山に分厚く囲まれた異形は静止し、襲いかかる姿勢のままに封じられる。

 異形は活動を停止する。

「……隊長!」

 そう呼びかけてきたのは、西田でももう一人でもない、全員が乗車していたバンを運転していた非戦闘員の男だった。

 地面に崩れ込んで息をする隊長に、その傍らの巨大な氷塊を驚いてヘラヘラとしながら、案じるように側による。

「本部に連絡します。チャネラーの確保お見事です。隊長」

「あ、ああ……」

「地主には話を通しておきます。西田と高木の死体は……詰めておくので、お別れは後ほど」

「ああ」

「近年多いですよね、チャネラー。エイブラハムって集合体自我……世界の外の呼び声。高次の存在ですから、この異形ってひょっとして僕らの進化した姿なんじゃないかと思うんですよ」

「矢島」

「あいや、すみません。僕もこうなるのは勘弁です、ハハ」

「………」

「とりあえず本部にこの個体は引き取ってもらって、解剖して、調査をすると思います。生捕、本当にお疲れ様です。隊長」

「ああ」

 そうして切り上げた言葉を最後に、隊長は起き上がってからいそいそとバンの中に向かった。一人残った矢島という男は、ふぅっと息吐くように氷塊を見つめる。

「エイブラハム。気になるんすよね」

 異形は主に、霊脈の近くで発生する。今回でいえば富士の麓である事が証左として述べられるだろう、その他、世界各地の霊脈で、近年は多く目撃される。

 プラティナック・スターは実働部隊としての面を持っていたが、本当に、ここ十年だ。ここ十年で活動が激化しており、矢島に言わせれば仕事が楽しくなっている。

「解剖記録楽しみだなぁ」

 本部への連絡を掛ける。


 異形は沈黙し続けていた。

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PLATINA/CC/STAR『任務:異形捕縛』 環月紅人 @SoLuna0617

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