第4話 若くして天才と謳われる

「師匠は若くして天才噺家と呼ばれていたと伺いましたが?」


 −−お恥ずかしい話ですが、わたくしは若い頃から天才でした。ウチの一門は両方の落語協会に属していないアウトローでしたから、同じく独立派の先代山河亭馬顔師匠の一門や、鏑木山椒師匠のところと『三派会』という興行をよくやっていました。マグちゃんはご存知ないかもしれませんが、どちらかの協会に所属していない噺家は定席、つまり寄席に上がれないのです。つまり定収が無いということです。わたくしは師匠のあばら家に住み込んでいましたからホームレスにはなりませんでしたが、収入がないし小遣いも全く貰えませんでしたのでしばらく近所の書店でアルバイトをしましてね、そうしたらそこのオーナーさんすぐに「君ねえ社員にするから店長にならないか?」って打診を受けましたよ。しかも、新宿かどこかの本店でしたよ。まあ、わたくしがアルバイトに入って、ちょいと工夫をしたら売り上げが三倍になっちゃったもんでね。もちろんお断りしましたけど、やっぱりなんとなく居づらくなって、師匠のあばら家に逃げ帰りましたら、苦楽師匠が「月末から『三派会』をやるから、ついといで。そろそろあんたにも一席やらせてあげましょう」と言われました。堕落兄さんも同行しましたが、こちらは高座には上がれずただの雑用係です。でもねえ、兄さんは雑用も上手くできませんから、わたくしは噺の稽古を口だけでやりながら師匠方のお世話も一緒にしておりました。

 馬顔師匠は行儀作法に厳しい方でしたが、わたくしも名主の家の出ですから、馬顔師匠のところの同期連中よりもモノは知っていますし目端も効きますわね。すぐに気に入られちゃいましたねえ。

 山椒師匠は奇妙奇天烈でなにを言ったりしたりすると怒り出すか、喜ぶかが全然わかりませんでしたが、毎回よく師匠の目を見ているうちになんとなく考えがわかってきましてね、ついついわたくしも一歩先を行ってしまうものですからこちらにも案外と可愛がられちゃってね結局、両師匠に気に入られてしまってですね、こっちの身は一つしか無いのに二人の大師匠にお呼ばれして、それはもう大変でしたよ。

「道楽!」「道楽くん!」ってね。その代わり両一門の先輩方には嫉妬されてこれも違う意味で大変でした。まあ、わたしには他人に好かれる特殊能力があるので、嫉妬はすぐに称賛に変わりましたがね。


 そんなことしてたら、ウチの師匠のお世話が全部堕楽兄さんの役目になってしまったから、苦楽師匠が不機嫌この上なかったですよ。

「あんた、馬顔と山椒のどっちの一門に行きたいかい?」

 なんて訊いてまいります。冗談じゃあ、ありません。馬顔師匠の頭の固さも、山椒師匠の破茶滅茶もこの興行の間だから我慢ができるというモノです、わたくしは生来の怠け者ですので落語界で一番居心地の良い苦楽師匠の元を絶対に離れません、と言いましたら、

「あんたも面倒くさがり屋だねえ。あの二人についた方がこの先、光があるのにねえ」

 と笑っておられました。本心はどうだったのでしょうかね? 今となっては知りようがありません。


 で、この『三派会』で他のところの兄さん方と前座でやらせてもらっていたら、たまたま演芸評論家の御囃子信彦さんという方がいらしていて、わたくしのことを「若き天才だ」なんておっしゃっていただいて『夕日新聞』の夕刊の芸能コラムにも載せてくださいましてね、以降お忍びで柳橋の師匠やら、刃無家の師匠やら、葛の師匠に上方の王朝師匠までがわざわざ、わたくしの噺を聴きにというか、わたくしの噺の真骨頂は苦楽師匠譲りの魅せるところなんですがね。とにかくいらしてくださって、揃ってウチの苦楽師匠に「今すぐ真打にしなさい」っておっしゃって帰っていったそうです。萬願亭一門では昔から「二十年修行しないと真打にはしない」という不文律があったので、苦楽師匠はなかなか首を縦に振らなかったのですが、わたくしが一番最初に拵えました新作噺である『瀬戸際の魔術師』がその年の秋の芸術文化選賞になってしまったもので、苦楽師匠もやむなく、入門して一年足らずのわたくしを二つ目飛ばしの二階級特進で真打にしました。わたくしはなんだか殉職した警察官みたいであまりいい気持ちはしませんでした。チーンって仏壇からひとりでに鉦の音がするようなってこれは古典の怪談の定番ですがね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

萬願亭道楽、人生と笑いを語る よろしくま・ぺこり @ak1969

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ