市立赤馬中学校

「乾杯~!」




「おめでとー」


「二人からの連絡あったときはびっくりしたよ、おめでとー」




 こうして、3人で集まると中学校から全く変わらない感じもするし、同時に、ものすごく変わったな、とも思うときもある。未だに一緒に居ることへのほのかな違和感があるから、こうして何年も楽しく会うことが出来るのかもしれない。


 ともかくも、二人が私を――私たちを祝福、とか、してくれているらしいのがわかるので、めちゃくちゃうれしい。




「ひろむがプロポーズしたって書いてあったけど!?」


 きょっち――響が乾杯して即、訊いてきた。エリーは、なんだか笑いをこらえているようだ。


「うふふー、そうなの、いつも通り聞いたらさぁ、うふ」


「なに、その顔、ニヤニヤして、いや、ほんとおめでたいと思うし、しあわせそうで勿論いいんだけどさ、なに、その顔」


「2回言った、2回」


 私が突っ込むと、響は妙に真面目な顔をして、


「大事なことですから……」


 と言った。私とエリーはフッと笑ってしまう。


「なにがだよ、じゃぁ、早速、これね。食べ物来る前に、ふたりからの結婚祝いです」


 エリーが紙袋を私に渡す。


「わーい、ありがとうございます」


 それなりに大きめの紙袋を覗くと、私がずっと欲しがっていた、鋳物の鍋のロゴが見える。


「えー、わー、うれしいー」


「わざとらしいな……、型番と色まで指定しといて」


「うれしいのは嘘じゃないよぉ、本当にありがとう」


「結婚の知らせと一緒に、プレゼントの指定してくるのは本当にあなたらしいね」


 エリーが言う。長いまつげと、意志の強そうな眉、眉間と頬骨が品良く骨張っている感じ、私たちよりはあかるい茶色の長い髪は完璧なキューティクルで、飲み屋の薄暗さの中でも鈍く光を反射している。お行儀悪く頬杖をついているにもかかわらず、その様子は最高にセクシーだ。


「あー、悠はこういうことしないね」


「うん、というわけで、これは悠さんに」


 きょっちが私に渡したのは細長い紙袋だった。


「ワインだー」


「悠さんが好きな辛口の白ね-」


「喜ぶよー」


 ありがとう、と言いつつも私は頭の中で、鋳物の鍋とワインをどのように自宅に持って帰ろうか考える。私の心待ちを読んだかのように、きょっちは言った。


「私車で送ってくから大丈夫だよ、そんな顔しないでも」


「本当にひろむはわかりやすいね、悠さんとは対照的だ」


 二人は呆れたように言う。


 と、サラダと鳥ハムがやってきた。 




「悠さん今日これなくて、残念だったね」


 サーモンの唐揚げにレモンを搾りながら、エリーが尋ねる。赤ワインを何杯か呑んだ彼女の目はすわりはじめていた。


「悠は仕事が忙しいから。二人によろしくって」


「うわ、なんか、もう既にパートナーって感じがする!」


 きょっちはだいたいいつもこのテンションだ。お酒にはつよいが、外では呑まない。


「中てられるね、まー実際、ものすごく忙しいんだろうね」


「なんかだいたい午前様で、タクシー帰りだよ」


 先日、悠が帰宅したのは午前2時で、彼女は帰りを待っていた私のことなど気にせず、さっさとシャワーを浴びて寝て、そして午前6時には、また出勤していた。


「一緒に住むの?」


「うーん、そのつもり。悠このままでは体壊しそうだから、せめて家事やりたいんだわ」


「えー、どっちが引っ越すの?」


「てか、結婚した以上、産むんだよね、子ども……てごめんなさい、よくない質問だな……」


「エリー、そろそろお水のみな、すいません、お冷や一つください」


 そう店員さんにお願いして、きょっちはこちらを向いた。


「まぁ20年前ならともかく、今どき結婚すんのは子どものため、っていうのはわかるよね」


「結婚しなくても、希望者は子ども産めるし」 


「それ、20年前からね。でも、この国では特にさー、いまだに結婚したとき苗字変える人がいる国だよ?」


「意味わからん」


「エリーは、とくにそうじゃん? ご両親の名字そもそも違ってたし」


「そうだよ、中学んとき、それ、男子にからかわれたんだったわ」


「思い出した~夫婦別姓が~外国人参政権が~っていっとったわ」


「メモリから消去したい記憶だよ、マジで」


「男子とか言う単語久々に聞いた~」


「あはは、言わんよね」




「足立くんがフォローしてくれたんだよね」


「そうそう、思想も主張も自由だけど、それを個人に向けるのはどう考えてもおかしいと思うって」


「思想と主張は自由でもないとおもうけども、少なくともあの時代の中学生であぁやって言えるの偉いよな」


「狭間の問題それだけじゃなかったしね、顔と成績と運動神経いいからってモテてたの謎」


「男人気すごかったよね」


「あー、村上とかのオタクにも優しかったんだとさ」


「その分、女性蔑視もヤバかったし、あぁぁぁ、忘れたいのに芋づる式に思い出してしまう」


「顔がよいからしょうがないよ」


「ひろむの美しさは正義と言い切ってしまうところ、すごいよね」


「いやぁ」


「褒めてないよ、むしろバカにしてるから」


「正直に言ってくれてありがとう」


「ハイハイ」




「あーのさ、赤馬中学出身って、やっぱりダメかな」


「駄目、ではないんじゃん? どうしたの、きょっち」


「今、付き合って――た、人がさ、私が親に赤馬中学校出身だっつったら反対されたって」


「そんなん! きょっちのせいじゃないじゃん」


「でもさ、実際、赤馬中学っていうだけで、もう、ずっと色々……こういう風に、差別、されてきてさ」


「本当に差別されてるんなら、悠さんが政府の広報官になれるわけないじゃん。ただ気に入られてないだけでしょ」


 きょっちがさすがにイラつくのがわかる。私はエリーに言う。


「……エリー、今のはダメ。」


「あはは、ごめんなさい、ちょっと、トイレ」


「エリー駄目なお酒やね」


 呆れたようにきょっちが言った。エリーは酒癖が悪い。私はエリーの美しさによって、彼女を許しているけど、きょっちがエリーを許し続ける理由がわからない。


「もう帰ろうか」


「お会計頼も」




 ぼそりと、きょっちが言った。


「どうして狭間と村上が生き残って……他の皆が死んじゃったんだろ」


「赤馬さんの呪いでしょ」




 目を閉じる。




 赤馬中学校、中学校1年の男子生徒二人。


 この国の生き残りの男、25名中の2人。

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男性滅亡系ハーレム展開の横で生活している大多数の人たちの病んだ日常 @bobolink

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