裕と悠
ゴールデンウィークっていうのに相応しく、世界が輝いてる。
桜の木に日射しが透けて。土の匂いと、昨日までの雨の匂いが混ざり合って。地面からむんむんと沸き立つ何かに心が弾む。
何組かが私と同じようにレジャーシートと小さなテントでピクニックをしている。子どもと一緒に来ている人もいる。本気の人なんてハンモックつけてる。いいなー。
と、向こうの小道からゆっくりと、悠がやってくる。私は気づいて、手を掲げる。悠が、私に気づいてくれた。
「裕、久しぶり~元気だった? てかテントて。本気過ぎ」
白いTシャツに普通のジーンズ、普通のスニーカーがこんなに似合う29歳が居るだろうか。
「わー、久しぶりー、うん、まぁ年相応に元気だよ……そして年相応だからもう陽射しに弱いんだよ……体力奪われるんよ……」
顔がニヤニヤしてしまいそうになるのを必死にこらえつつ、説明をする。
「あはは、あたしも年相応に疲れるかー」
そうやって微笑まれると私はいつも胸がいっぱいになる。私はメンクイで、女性の美しさは若さと同義だと思っているのに、それでも、悠は世界一かわいい。
小柄な体は余計な肉がついていない。髪の毛は短くて、年よりずいぶん幼げに見える。
「中学の頃から変わらないねー、白いTシャツにジーパンて」
「服の趣味なんて変わらないに決まってるじゃん。好きなの、これが」
「まぁそうだね」
一方私は布を多く使う服が好きだ。社会人になって、それが買えるようになって、とてもうれしい。とはいえ、禍前の豊かな時代のお洋服は、眺めることしかできない。
悠を見ると、私はいつも13歳の頃を思いだす。その苦い甘やかさと、悠はいつでも一緒だ。
「最近どうなの?」
「普通に忙しいよ~」
「そりゃそうだ、この前テレビで見たもん。あなんかわからんけどすごかった」
悠は政府の渉外担当で、メチャクチャ忙しい。
小柄な体、仕立ての良いスーツ。
彼女の生き方、禍の中にあっても官僚という道を選べる強さ、それを全て飲み込むようなかわいい笑顔。
「仕事楽しいよー、そら嫌なこといっぱいあるけどもさ、てか、そろそろ保険入ろうかと思ってるんだわ、遅いよね、ヤバ」
「あー、もう30だもんね。私も考えてるけど、出産制限に引っかかりそうだし、産まないんなら入ることないかも。推しに使いたい」
「いや、出産しないつもりならなおさら早いうちに入ったほうがいいでしょ。閉経で健康保険なくなるじゃん」
「病気になったら死ぬつもりだし~」
「緩和ケアもカウンセリングも有料だよ!?」
「あー、推しを見てどうにか……」
「おいおい」
ピクニックには相応しくない話題かもしれないが、友人が少ない私は悠とこうして喋ることが本当に楽しい。
「まー、まー、ワインでもお飲みなすって」
いいながらウェットティッシュを差し出す。
「ありがとー、じゃぁいただくわ。サンドイッチとオリーブとトマト持ってきた」
「わーい、ありがとう~。嬉しい」
ツナや卵のマヨネーズ和えを挟んだ食パンのサンドイッチは、悠の十八番だ。塩もみした薄いきゅうりがおいしい。でも、当の本人は、キュウリが苦手だ。
中学校の時、褒めて以来、私とお弁当を食べるときはいつもこれを作ってきてくれる。
「いや、テントとワインとかかさばるもの持ってきてくれてホントにありがとう」
「いやいや、たいしたことじゃないよ、近所だし」
本当にたいしたことじゃないのだ。私は悠の為なら何でもしたい。紙コップにワインをトクトクと注ぐ。
「この辺子ども多いんだねぇ」
悠が呟く。
「あーそうなのよ、このあたりちょーど20年くらい前に立てられてるから、家族向けのマンション多いわけ」
「結婚……結婚ねぇ」
悠が、ブツブツ、とつぶやく。私はいつものように訊く。
「結婚する?」
「いいよ」
想定外の返事だった。
「マジで?」
「プロポーズしといて何言ってんの。保険入ってよ? ちゃんと。子どもも生もうよ」
「うん……うん!」
悠は、たぶん、私のこと、結婚するくらいには、本当は好きじゃない。
忙しい仕事、産みたい欲求、いざというときの配偶者という立場を持つ人が居るということ、それを考えて、合理的に、私を選んだに過ぎない。
私は本当は、ずっと、第二次性徴迎えて以来、悠とセックスしたかった、けど、別に、悠はセックスする気はない、絶対に、一生。
悠はヘテロセクシャルだ、一生。
一生、という言葉、を思う。
目を閉じる。
一生。
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