第10話 負けたくない人
「ほらあの子…」
「ダンスの相手が見つからなくて、ジェラール様に泣き付いたっていう?」
「かわいそう、寄宿舎でもそういう子居ましたわね…体育の授業で毎回誰も組む人がいなくて先生とペアになっている子」
「もう辞退すれば良いのに…と言えないくらいかわいそうね」
アイネの横を妖精の様な乙女達がクスクスと笑いながら通り過ぎてゆく。
アイネのペアがジェラールという事は歪な噂と共に広まっていた。もしかしたら嫉妬もあるのだろうが、だいたいが孤独で可哀想なぼっちキャラのアイネが先生(ジェラール)に泣き付いた事になっている。
本当はイタチの暴走なのだが…とアイネは肩をすくめた。
毎日軍人と踊らされ、その上軍人のせいで噂されて勝手にファンクラブに裁かれるなんて理不尽が極まっている。ジェラールは少なくとも責任を取って俺に宝石類や別荘の一つや二つ贈るべきだ。
一方ヒロインは順調に相手を見つけた様だ。
典型ヒーローキャラのエドワールだ。
早くも彼はヒロインにぞっこんらしく、何かにつけてヒロインを誘いに行く姿が良く目にされているらしい。
さすが…妥当だな。
アイネは顎をさすった。
ヒロインは今回のテストの前日に正体を隠した皇太子と出会い、テストではその皇太子と組んだライバルのペアに負ける。全てはそういう運命の出会いの為に用意されたお飾りのテストなのだ。
まあ、そう言ってしまえばテスト全て…いや更にはこの世の全てがヒロインとナイト様のロマンスを盛り上げるための装飾品といっても過言ではない。悲しいかな、もちろん端役のアイネこと俺も含め…
「ちょっと!邪魔!」
一際刺々しい声にアイネは我に返った。
声の主は同じ「選ばれし乙女」の1人、マリコルネ。このマリコかコルネかどちらかにして欲しい美少女は、所謂属性的には王道のツンデレ系なのかもしれない。吊り目がちの大きな赤い瞳とツインテールの明るい金髪がスカイブルーのドレスによく映えている。
アイネはこの美少女と初対面の際、つい一瞬今の身体を忘れてワンチャンを考えさえした。
ただ相手は違う意識満々だった。
初見当初から何故か敵意を剥き出しにして来ていたためにそのワンチャンは儚くも消え去り、2人の間には険悪な雰囲気だけが残って今に至る。
「は?道広いんですけど?通れないほどオーラ大きくなくない?」
アイネが負けじとマリコルネとの距離を詰めた。
「なによ。あの忌々しい噂含めて存在自体が邪魔だって言ってんの」
それにマリコルネが貴族の乙女とは思えない半グレ仕草でガンを付け、更にアイネも至近距離で睨み上げる。
「そうやって一々キリキリご丁寧に他人を意識するから何やってもダメなんじゃない?それより自分の間抜けな腹踊りの練習しておいたら。楽しみだわ〜、ダンスのペアはパパ?(笑)」
「パパでもママでも誰にも相手にされず憐れみだけでペア組んで貰ったあんたよりはマシだわね。息してるだけでジェラール様のお立場に泥塗ってんだからダンス以前にそろそろ一族根絶やしにされるわよ。あんたこそ最期の思い出にパパと踊んなさいよ」
背の丈も毒舌の程度も拮抗する2人は暫く睨み合った後同じタイミングで踵を返した。
嫌なやつに会ってしまった。
おそらく相手も考えているだろう愚痴を胸にガシガシ歩いていると、やる気の無いアイネにも「マリコルネだけには勝ちたい」という気持ちが湧いてきた。
◆◆◆◆◆◆◆
夜の宮殿内の一室から、乙女の荒い吐息が聞こえてくる…
「は…?全然、上手く出来ねぇ…脚攣る…」
息絶え絶えに地べたに横たわるアイネを何事も無かったかの様に見下ろすジェラールは一切息が上がっていない。
「…なんと言うか、君は社交ダンスの才能が一切ないのかもしれないな」
珍しく申し訳なさそうなジェラールの態度がみじめさを掻き立てる。
「いや、お前が下手くそなんじゃねえの?」
ユッケが朗らかに現れた。
「アイネ君、残念ながらそれはない。ジェラールは大貴族の御曹司。ダンスはまず言葉を話す前から英才教育をされている。君の才能の無さには敵わなかったみたいだが」
「いやユッケ、お前『闘気で身体が覚醒したからダンスも出来る』って言ってたろ…」
「そこは個人差がある。相手との息の合い方とセンスの問題だ。センスの無い今、ジェラールと少しでも分かりあうしか…
その時、扉がノックされた。
「君達、中々仲良くなったものだな」
開いた扉からクロードの顔が覗いた。
相変わらずイケメンだ。
すかさずジェラールが声を上げる。
「いや、仲が良いわけではない」
クロードは一瞬微笑んだがすぐに真面目な顔に戻った。
「ジェラール。君が連行した魔術師の手下がようやく喋り始めたよ」
ロマンスどころではありません! 桧山 御膳 @murdermama
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