第7話 Sound Effect

ブレインで、レナ・ジョブズとMAROが話をしていたその日の夕方、佐藤えりかは、須賀安蘭と社長室にいた。

「何?タンデム自転車で出場?」

「ええ、そう決まりまして、昨日から練習をしています」

「タンデム自転車なら、男子相手に勝てるのかね?」

「1周のタイムなら、充分に戦えるスピードが出ています」

「いや、無理だろう。タンデムだろうがマンダムだろうが、スポーツで男子に女子が勝てるはずがない」

「須賀社長のおっしゃる通りです。1周なら男子と同等かも知れませんが、8時間となると男子と、同等のスピードを維持するのは難しいです」

「そうそう。その通り。いくらタンデムでも無理は無理だ」

「しかしですね…」そう言って、佐藤えりかは社長室のプロジェクターのスイッチを入れた。

天井から100インチのスクリーンが下りてきて、映し出されたのは鈴鹿サーキットだった。


不細工なタンデム自転車が、最終コーナーを立ち上がり第一コーナーへと走り抜けていく動画が写された。

二階堂あやねと花村かれんだ。

「ははははは。随分と不細工なタンデム自転車だな」そう笑っていた須賀安蘭だが、画面には時速49キロと表示されると、身を乗り出して言った。

「まさか!間違いだろ!」

「いいえ。実測です。去年の一周タイムトライアルのトップが、7分34秒。もちろん男子のタイムです。

この二人のタイムは、7分35秒です」

「1秒しか変わらないのか!」

「そうです。しかもこちらを見てください」そう言ってえりかが、動画を一時停止してアップにすると、あやねとかれんの満面の笑みが大写しされた。

「こんなに楽に走っていて、男子と同等のタイムを出しているのか!」

「それがタンデム自転車の特徴です。二人の気が合えば、ペダルは楽にこげる。しかもこの二人は、この時初めてタンデム自転車を操縦しています」

「では、練習を積めばもっと速くなると?」

えりかは大きく頷き言った。

「このままでは、PinkySpiceが優勝しても不思議ではありません。だから、ブウラスカからも1チーム、タンデム自転車で出場させてはいかがですか?」

「さすがはえりか君。ナイスアイデアだ!それでいこうじゃないか!ブウラスカの男子選手のタンデムなら絶対に勝てる」

「判りました。そのようにブラウスカに伝えておきます」

「よろしく。ところで、えりかくん。今夜、食…」

「用があります。また今度お願いします」

「んあぁそうか…。まあ、食事はいつでも行けるしな」

「では、失礼します」そう言って佐藤えりかは、社長室の分厚いドアに手をかけた。

「あ、えりか君、もう一つだけ。この不細工なタンデム自転車を開発しているのは、うちがスポンサードしているピンキーサイクロンだったよね?」

「ええ、この間もそう言いましたけど,それが何か?」そう言って、えりかが振り返ると、須賀安蘭は、背もたれにヘッドレストが付いた社長椅子に座り、スクリーンに見入っていた。そこには、神木祐希と蒼以みるかがタンデム自転車で走る姿が映っていた。

えりかが会釈をして社長室から出ると、みるかの顔がアップになったところで、須賀は動画をストップした。


社長室から出た佐藤えりかは、シンディアス本社ビル地下3階にある、トレーニング施設へ向かった。

ロッカーで着替えを済ませ「お待たせ~」と言いながら、ガラス張りのスタジオにえりかが入ると、PinkySpiceの5人が迎えた。

「えりか!あんた今日はレオタードかいな!」とかれんが驚いた。

「かれん!あんた何で浴衣なん?」とえりか。

「踊りやん」

「それ、ちゃうで~」とレナが突っこむ。。

「かれんちゃんは、盆踊りの経験あるんやね。他はダンスの経験あるん?」そう言いながら、えりかはスマートフォンをスタジオ備え付けのパソコンにつなげた。

「あるで」「あるよ」とレナ・ジョブズと二階堂あやねと蒼以みるか、神木祐希が答えた。

「じゃあ、直ぐにできるやん」そう言いながら、スタジオのモニターにライブハウスと思しき映像が写された。

「これ、堺筋本町のライブハウスなんや。これから6人組のアイドルさんが登場するんやけど、そのSEのダンスがかっけーのよん」と佐藤えりかが説明した。

「SEってなんや?」

「Sound effectやで。見れば判るよ」

モニターには、軽快な音楽が流れ、次々に6人のアイドルが現れた。

6人は、背中を向けて横一列に並んだ。

タンッ!タンッ!タンッ!タンッ!タンッ!と、ドラムの音に合わせて、次々次にポーズを決める6人。

2リズムの後、3人が振り向いてこちらを向くと、次のリズムで残り3人が振り向く。

リズミカルに前へ歩いてきて、踊り始めた。

そして、最後に6人は円形並び、両手を挙げてポーズを決めた。


「これやんの?」と眉間に皺を寄せた祐希が、えりかに聞いた。

「そうなんよ」

「これは難しいやろぉ」とレナ。

「それにこれは、二人組のダンスじゃないやん」とあやねが言うと、えりかが答えた。

「2人組のダンスも考えたけど、6人全員の気持ちが揃った方が、カッコええやろ!」

「そういう問題やないんやけど!」

「でも、コンビを分ける事も、想定しているんやから」と、いつの間にか浴衣からジャージに着替えいた、かれんが言った。

「まずは、やってみよう。ポジションは、右から、みるちゃん、かれんちゃん、私、レナちゃん、ゆってぃ、あーちゃんね。

みるちゃんは、私がマン・ツー・マンでレッスンするから心配いらんよ。まずは、ステップから覚えようね」そういってえりかがみるかの元へ歩み寄る。

「他の皆は、各自自主練習でね」そう言うと、えりかはスマホのメトロノームアプリを起動した。

カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!とリズムを刻む、メトロノームの音が響く中えりが言った。

「このメトロノームが神なんよ。このリズムに全員が合わせて、SEをぴったりシンクロして踊れるようになるように頑張ろう」

「いや、無理やで」とかれん。

「そうやな。いきなりこのテンポは速すぎや」とレナ。

「もうちょっと、ゆっくりにして、分けて練習しようよ」

「分けるって?」

「タンッ!タンッ!って、ドラムでポーズ作って振り向いて、前へ進んで、ここまでは出来そうじゃん。

問題はその後からのパート。ここはいくつかに分解して練習しよう」

「それや!ゆってぃの言う通りや!」

そこへ「みるちゃんは、覚えたよー」とえりか。

「ええ!もう覚えた?マジで!」とかれん、レナ、ゆってぃ、あやねが目を丸くした。

「うん。簡単だった」とみるかが言うと、えりかがスマホでSEをかける。

軽快なSEのイントロが流れると、えりかがみるかの腕をつかんで、他のPinkySpiceメンバーから5mほど離れた正面に、背中を向けて左にあやね、右にえりかと横に並んで立った。

タンッ!タンッ!

ドラムのリズムに合わせてポーズを決める二人。

同時に振り向いた二人。


「え!」あやねは思わず声を上げた。ゆてぃ、かれん、レナは息を飲んだ。

今まで見たことない、えりかの微笑み。その微笑みには凄みがあった。フィギュアスケーターとして、表現者としての凄み。世界女王として、勝利者としての絶対の自信からくる圧倒的なエネルギー。

そして、みるか。パワーリフティング世界チャンピオンのオーラは、クールに青白く燃える炎。

この二人がSEのリズムに合わせて、前進してくると、思わず4人は後ろにのけぞり、後ずさりしそうになった。


立ち止まったみるかとえりか。両手を首の後ろに添えて、堺筋本町のアイドルのSEを完全コピーして見せた。

ダーンンンン!

最後のサウンドに合わせて、みるかとえりかがポーズを決めると、見ていた4人は茫然となった。

そして、スタジオは4人の夢中で拍手で一杯に。


レナがため息をつくように言った。

「カッコええ…。これは踊れるようになりたいかも…」

「いや、呼吸を合わせる練習やから」とえりか。

「みるちゃん凄い!カッコいい!」とあやね。

「うん。ありがとう」

かれんが「また負けた…」と誰にも聞こえそうもない小さな声で呟くと「かれんちゃん。勝ち負け関係ないやん」とみるかが笑った。

「それにしても、みるかは何で簡単に覚えられるの?」と祐希。

「目が不自由になってから、他の感覚が鋭くなったのかも」

「そうかぁ。これで、目が見えるようになったら、みるかは最強じゃん」


「あれ?知らんかった?みるちゃんは、うちの専属モデルやったんよ。だからポージングは元々上手いねん。自分をカッコよく見せるのは得意やねんな」

とのえりかの言葉に、祐希は深く頷いていた。


「さあ、レッスン!レッスン!」そう言いながらえりかは、あやね、祐希、レナ、かれんの前に立った。

「一つ一つ、教えていくからね」と、えりかが振り付けの説明を始めた。




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