第6話 ウェポン
「それにしても、ぶっさいくな自転車やなぁ…」とレナ・ジョブズが、花村かれんに囁いた。
「まあ、しゃあないやん」とかれんも小さな声で答えた。
ここは、鈴鹿サーキットのピンキーサイクロンのパドック。ついに、PinkySpiceのスペシャルマシンがシェイクダウン!…、では,無かった。
「製作途中で、タンデムに改造したからね」というポップ山村の言葉通り、かれとレナの目の前には、一人乗りを無理やり改造された、不細工なタンデム自転車が3台並んでいた。
「へーい。皆、準備オッケー?」と、パドックに現れたのは、神木祐希だった。
「レナさん。ぶっさいくな自転車でも、良いちゃいますか?練習用ですやん」と言いながらパドックに現れたのは、白い杖をついた蒼以みるかだった。
「何や?みるかちゃんは、聞こえたんか?」
「レナ、みるかがいる時は、内緒話はしない方が良いよ」と、神木祐希が言った。
「はーい。準備オーケーですぅ」と佐藤えりかが現れた。その後を、音咲あやねが無言でパドックへ入ってきた。
TIFの画面では話した事はあったが、祐希以外は蒼以みるかとは初対面だった。みるかの隣に立った神木祐希が言った。
「こちらが、蒼以みるかさん」
「よろしくお願いします」
「よろくしね」と一同が声をそろえて挨拶した。するとみるかが、声がした方に顔を向けて一人一人に挨拶を始めた。
「あなたが佐藤えりかさんですね」
「そうですぅ。判ますか?」
「はい。いつも、食堂で須賀社長と食事していますよね?」
「ええー。そう!なんで知っているの?」
「あなたが、レナ・ジョブズさん」
「そうや!なんで判るんや!」
「あなだか、花村かれんさん」
かれんは答えず、(こやつ、透視能力を持っているな)と考えていたが、直ぐに気を取り直し挨拶した。「そう、よろしくね」
「そして…。あなたが音咲あやねちゃん」
「うん。同じ歳だよね。あーちゃんと呼んでね」
「うん。私もみるちゃんでね」
挨拶が終わると、あやねは、不細工なタンデム自転車のハンドルを触った。
そのまま少しうつむき目をつぶり、あやねは大きく深呼吸をした。それから、五人を見返すと全員があやねを見ていた。
5人の視線が自分に向けられている。その意味をあやねは判っていた。
あやねとタンデム自転車を中心に、五人は扇形に立っていた。
6人。そう6人。ついに、PinkySpice6人が勢ぞろいしたのだ。
「これからやなぁ」とレナが言った。
「そうや、レナちゃん。これからや」
「カレン。やるしか無いじゃん」
「ゆるしかないねん。ゆてぃさん」
「みるちゃん。新入り同士がんばろうね」
「えりかさん。新入りとか無いですやん」そう言ったみるかを、嬉しいそうに見たあやねが、タンデム自転車を背に5人と向かい合った。
あやねが、にっこりと笑った。
向かい合っている5人も、にっこりと笑った。
あやねがコホンと小さな咳払いをした。何か言いたそうだ。
そして、5人もあやねに注目していた。
あやねが話始めた。
「ええーと…」
ぎゅーっとあやねの言葉に集中する5人。
「うーん…。何言えば良いんだろう?」
ズッコケる5人。
「何やってるんや!」とレナが苦笑する。
「まあ、しゃないんちゃう。まだ慣れていないんやからぁ」とえりかが援護する。
「とにかく練習開始!あと10日も無いんだよ」と祐希。
「そうや。これからやで。今のわてらは、メンバーが全員揃ってやっと武器を持ったばかりやん」
「かれんの言う通り。武器を使いこなせないと勝利は無い」
「ゆてぃ。準備はしてあるで」そう言ったカレンは、手に持っていたメモを読み始めた。
「タンデム自転車の組み合わせを発表します!」
「おお!決まったんかいな」
「当たり前やん。今日決まってなくてどないすんねん。では発表!
1号車。佐藤えりかとレナ・ジョブズ」
「ええー!私とえりかぁ?」
「へへへへ、出来るかなぁ~」
「それや!それやから嫌なんや!かあ~大丈夫かいな~」
「レナ!かれん作戦参謀長が決めた事には従う!」と祐希が一喝。
「えりかのパワーをレナちゃんの操縦技術で、引き出して欲しいんや」とかれんが言うと「まあ、しゃあないな」とレナは言い、目を細めて唇を尖らせた。
「2号車。神木祐希と蒼以みるか」
「かれんちゃん、判ってんな。ゆってぃさんの操縦技術とみるちゃんのパワーの融合やん」とあやね。
「そして3号車は、私と音咲あやねや」
「なるほど。操縦技術のある者と走力のある者を組み合わせたんだ。スーパーテクニックと強力エンジンと言う訳ね」この祐希の言葉を受けて、かれんが言った。
「この組み合わせは絶対じゃないんや。レースの状況によって、組み合わせを変えていくで」
「どういう事?」
「例えば、残り30分になって、トップ争いをしていたら、あやねとみるか、あやねとえりかを組ませる」
「それは、速そう!ナイス組み合わせじゃん」
「でも、最後は絶対に、あやねちゃんやなぁ」そういうとえりかは、横からあやねの肩に両手を回して抱き着いた
すると、他のメンバーも、あやねを中心に周りを囲むように抱き着いた。
笑いながらあやねが言った。
「この6人は最高や!PinkySpiceは6人で最強やで!」
日が傾き、西の空は真っ赤に染まっていた。
鈴鹿のコントロールタワーやメインスタンドが、暗い影になって、空の赤とコントラストを作っていた。
さっきまで、レーシングスーツに身を固めていた、神木祐希はジャージに着替えていた。
あやね以外は全員ジャージだった。いや、一人違った。
「えりか!それ?ジャージかいな?」
「うん。シャネルの最新モデル」
「どうせ、バッタもんやろ」とかれん。
すると、みるかがえりかのジャージに触り、
「これ、本物ですよ。しかもフランスの本店みたいな手触り」
「マジか?みるかは触覚も凄いの?」と祐希が口を半開きにして感じ入っていた。
えりかは「あやねちゃんのウェア、カッコいいやん」とマイペースだった。
「これはバイシクルウェアだけど、トラアイロンの時は水着なんや」
「そうやな。泳いで靴履いてヘルメット被って、直ぐにスタートしているもんな」
「皆、タンデム初めてでしょ?気を付けてね」
「あやねも初めてなんか?」
「うん。初めて。楽しみ」その時、先にタンデム自転車に跨った祐希が「あ…」と声を上げた。
「どないしたんやゆってぃ」
「…」
「なんや?声が小さい」
「とないしたん?」
「足が届かない!」
「え?何やて?足が届かへんって…」
祐希以外の5人が、一斉にタンデム自転車に跨った。
「大丈夫や。ちょっとしっくりこないけど、調整範囲やろ」
「なんで私だけ…」
「小さいからやろ」
「あれ?こっちの自転車は、かなり低いなよ」と、言い出したのは、あやねだった。
「ゆってぃさん。こっち乗って。あれ?この一台だけ低いんだ」
「そうだよ。急ごしらえだけど、かれんちゃんから組み合わせを教えてもらって、全員の体系に合うように作ってある」そう言いながら、ポップ山村と、ピンキーサイクロンのメカニックが二人近づいてきた。
「調整するから皆、自転車に跨って」という山村の指示に従い、全員が自分の体系にあった自転車に跨った。
「これはあくまでも、急ごしらえだからさ。作っている最中の一人乗り自転車を、2台くっつけてタンデム自転車にした。本番はもっと全員の体形に合っている。もっと走りやすいスペシャルマシンだ」
「山さん。楽しみにしているよ」しっくりと体に合った自転車に跨り、満面の笑顔で祐希が言った。
鈴鹿サーキットメインスタンド前のスタートラインに、3台のタンデムマシンが並んだ。
「じゃあ、各自、準備が出来たらスタートして」
「よし!行ってみ~るか!」
「それ!良いじゃん」
「ゆってぃさん。ごめんなさい。口癖なんです」
「ははは。気にしないで良いよ。うちら2人のスタートの合図はそれにしよう。み~るか!の『か』でペダルを踏み始める。みるか言ってよ」
「行ってみ~るか!」
ゆってぃとみるかが走り出した。
「いち!、に!、いち!、に!」と声を合わせて、左右の足でペダルを漕ぐ。
しかし…
「あ、とっとぉ!」
「ゆってぃさん。大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。こっちこそ怖がらせちゃった」
「見えないのは、慣れているから大丈夫です」
「最初は、とにかくもう少しゆっくり走ろう」
「右、左、右、左…」と、祐希とみるかを後目に、順調に走りだしたのは、かれんとあやねだった。
「右、左、右、左、良い感じ」とリズミカルにあやねが、リズムを刻む。
「はい。はい。はい」とかれんがリズミカルに答える。
二人の息は合い、スピードはどんどん乗っていき、あっと言う間に第一コーナーに差し掛かった。
カーブに差し掛かっても、スピードを落とすことはない。それどころか、スピードはどんどん増していく。
「かれんちゃん。凄いよ。今までこんなにスピード出た事ないよ」とあやねが言うとかれんが答えた。
「風が強くて、目を明けていられへん」
「かれんちゃん。ヘルメットにサングラス付いてへん?」
「あ、あった」そう言ってかれんは、ヘルメットに付いていたサングラスをかけた。
「さあ、これで、いつでも最高速で走れる!」そういって、あやねはペダルを踏みこんだ。
「何やってんや!。へらへらしてるんやないで!」
「へらへらしていてごめんなちゃい」
レナ・ジョブズと佐藤えりかのコンビは…、やはり、全く息が合っていないかった。
「じゃあ、息を合わせて。私が掛け声かけね」とえりかが言えば、
「よっしゃあ!来い!」とレナ。
「アン、ドゥ、トロワ!アン、ドゥ、トロワ!アン、ドゥ、トロワ!」
「なんで、フランス語やねん!全然、合わへんわ!」
「良いから合わせて。アン、ドゥ、トロワ!アン!」
「なんで、三拍子やねん!普通、二拍子やろ!」
「あ、そうか。じゃあ、アン、ドゥ、アン、ドゥ」
「アン、ドゥって、あんどうなつかいな!」
その頃、祐希とみるかは第1コーナーに差し掛かっていた。二人のリズムはぴったりと合い、スピードはかれんとあやねと同等になっていた。
「ゆてぃさん。今何キロ出ているんやろ?」
「40キロ」と、スピードメーターを見た祐希が答える。
「そんなに、出ているんだ」
みるかの人並外れた聴力が、風の音を捉えている。それと同時にタイヤがアスファルトを噛む音、シャーという風切り音。
「アン、ドゥ、アン、ドゥ」「右、左、右、左…」と言うえりかとあやねの声が、遠くの方で聞こえる。
額から頬、首、肩、胸、背中を時速40キロの風が、通り抜けていく。
風に負けないように、全身でペダルを漕ぐ。
(この感じ、気持ち良い!)
みるかのアスリートとしての血が騒ぐ。
「ゆてぃんさん。最高速出してみない?」
「それは、2週目のタイムアタックに取っておこう」
ウォーミングアップの1週目、最終コーナーを先頭で立ち上がって来たのは、かれんとあやねだった。
鈴鹿サーキットは、最終コーナーから第一コーナーに向かって、下りになっている。
シケインを曲がりスピードが上がるにつれて、一段一段とギアを上げてきたかれんがトップギアに入れた。
このウォーミングアップ週で、ペダルに手応えを感じたあやねが言った。
「さあ、タイムアタックや!」
かれんとあやねが、ハンドルを引き寄せ全身でペダルを踏み込む。二人の動きが完全にシンクロした今、二人のペダルを踏み込む力は、ぴったりと一致し、一つの駆動輪を2倍以上の力で回していた。
「軽い!」あやめは初めての感覚だった。シンクロしたペダルへの踏み込みは、2倍以上のパワーを誇る。そのため、ペダルの踏み込みは、あやねが今まで感じた事のない軽さだった。
どんどんペダルは回せる。スピードはどんどん上がる。
第1コーナーの手前、下り坂の一番最後あたりで、かれんはハンドルに付いたスピードメータを確認した。
「時速49キロ!」
あやねが答える。
「勝てる!これなら男子と勝負できるやん!」
その時、第一コーナーの左側の芝生地帯に立っている、レナとエリカが見えた。
二人は相対して立ち、ジャンケンをして大きなアクションと大きな声で叫んでいた。
「あっち向いてホイ!」
「ハハハハハ。何やってのー!」そう言いながら、カレントとあやねは満面の笑みを浮かべた。
「タイムが出たよ」
ポップ山村が、タイムチャートをもって現れた。
「1位は、かれん・あやね組。7分35秒。平均時速にすると46.06km/h。」
「ええ!凄いやん!」とあやねが驚く。
「勝ったんや!私は勝ったんや!」とかれんが大喜び!
「かれん。おめでとう」「やったやん!」と、かれんの性格を熟知しているゆってぃとレナが誉めると、えりな、あやね、みるかも続いてかれんを称賛した。
「さすが、かれんちゃんやね」
「このぉ!大阪のスピードスター!」
「かれんちゃんいないと、勝負にならないわ」
喜んだかれんは、片足を待つとY字バランス以上のI字バランスを披露。
「I字バランス!凄い!」と驚くえりかに対して「ちゃうで。1位バランスですやん」とカレンは答えた。
「2位は、ゆってぃ・みるか組。7分49秒。平均時速にすると44.68km/h」
「そんなところかな?うちらのタイムは、まだまだ縮められるよ」
「完全には、シンクロしてなかったですからね」とみるか。
「3位。レナ・えりか組。9分1秒。平均時速にすると38.76km/h」
「ええ!一人の時より遅いやん」とレナは頭を抱えた。
「しかもこれ、二人がまともに走り始めた、第一コーナーからのタイムね」との山村の言葉を聞いて、あやねがレナとえりかに聞いた。
「第1コーナーの芝生で何やってたの?」
レナが答えた。「あっち向いてホイや」
「なんで、あっち向いてホイをやってたん?」
「掛け声を『アン、ドゥ』か『イチ,ニ』にするかを決めてたんや」
「どっちでも良いじゃん」と祐希が言うと全員が笑った。
「それにしても、何で一人の時より遅いんやろ?」とマイペースのえりか。
「あんたのせいやろ!」
「レナちゃん。それは違うよ。タンデム自転車は、二人の息が合わないとスピード出ないよ」と、あやねが説明するとレナが答えた。
「えりかと私の息があった時には、磯野家のタラちゃんが成人しとるで!」
その言葉に、PinkySpice全員が大爆笑。
その中でも、特に大笑いしていたえりかが言った。
「二人の息を合わせるなら、ダンスを練習するのがええんちゃう?」
「ダンス?えりかは踊れるんかいな?」
「うん。フィギュアの練習でやってる」
「それ良じゃん。ダンスで息を合わせるって、シンクロさせるって事でしょう?皆でダンス練習やろうよ」と神木祐希が言うと、音咲あやね、蒼以みるか、花村かれん、レナ・ジョブズ、佐藤えりか、全員が賛同した。
翌日、ブレインにレナが一人。
「MARO、佐藤えりかの事は何か判った?」
「判りましたが、社長秘書としての情報しかありません」
「HA(Head like an ass)の方は?」
「須賀安蘭社長のVM(バーチャルマシン)は最高レベルのセキュリティですねん千年万年」
「そないか…。奴は何なんや?須賀安蘭のスパイかと思えば、PinkySpiceのために、ダンス練習を提案してくる。何なんやあいつは…」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます