034「必殺技」
「やっぱりここだったか……」
思った通り、
そして、
普段は人の出入りが多い場所なのに、なぜか全く人がいない。
「……
「……」
背中越しに声をかけるが、全く反応がない。微動だにせず、病院の入り口をじっと見つめ続けている。
「説教したいことは山のようにあるが、それは後だ。ともかく【黄昏】を出るぞ。完全に日が落ちきっちまった。これ以上は危険過ぎる」
「……」
「おい、聞こえてんのか?」
前に立っている僕のことも、視界に入っているはずなのに何のリアクションもない。見えているのに見えていない。僕のことを認識出来ないほどに何かを見ることに集中しているらしい。
「…………どこ?」
半開きになっていた口から、
一度こぼれると、ぽろぽろと言葉が続いた。
「どこ? どこ?どこ? どこにいるの? お母さん、お父さん、お兄ちゃん……」
ああ、やっぱりか。
コイツは家族を【黄昏】から解放するつもりだ。
思えば、コイツはずっと【黄昏】からの「救い」にこだわっていた。
意識的なのか無意識なのかは分からないが、
そしてこれも自覚があるかどうかは分からないが、その家族をこの【黄昏】から「救い」たいと感じていた。
ただ、そんな「救い」は滅多に起こらないと僕は念押しし続けたし、その難しさを
しかし、
「救い」の瞬間を目にしてしまった。
そのせいで、抑え込んでいた気持ちが溢れてしまった。
推測だけど、多分、そういうことだろう。
「……お前が考えていることは何となく分かる。でも、今じゃなくていい。一回時間を置いて、ちゃんと準備してからの方がいい」
でも、それは今である必要は無い。
流石に僕も体力と精神力は限界だし、いかに
だけど、
ずっとぶつぶつと低い声でつぶやき続けている。
「今、今助けてあげるからね。スグに見つけて助けてあげる、今、救ってアゲルカラね」
「……
「救ってアゲルカラ、だかラだかダカら、そのとキは、アタシのことも、連れテイッテ。アタシモアタシモ、ツレテイッテ、ツレテッテ、置イテいかナイデ……」
「おい、
完全に口調がおかしい。身体もガクガクと震え始めている。目も大きく見開かれて、焦点があってない。
どう考えても異常事態だ。
これじゃあまるで、昨日の
完全に【黄昏】の住人になろうとしているような……。
「……!!
嫌な予感がして正面からの肩をつかみ、大きく揺らす。
まずい。まさか、コイツ……!
「……うるさい!!」
突然、僕の身体が宙に浮いた。
いくら僕が小柄といっても、
「救ウ。解放スル。モウイチド、アタシヲ見テモラウ、ツレテイッテモラウ……ミンナヲタスケテ、アタシモ救ワレル……」
僕を投げ飛ばしたことなんて忘れてしまったように、
「ちくしょう……なんで一日に二回も歳下の女の子に放り投げられないといけないんだ……」
一人つぶやきながら、僕は頭の中がバチバチと弾けるのを感じていた。元の絵が思い浮かんだ途端、不揃いに見えたパズルのピースがはまっていくように、色んなことがつながり始める。
それは、常人には想像もつかないような過酷な状況ではあるが、皮肉なことに
【黄昏】に迷い込んだ理由のおかげで【黄昏】で生きられている。そんな中途半端な【黄昏】の住人が
しかし、今、
家族とのつながりと、彼らを救いたいという望みだ。
そうなってしまえば、
「依頼書」から
奇形殺人の被害者たちと同じように。
そして、かつての僕と同じように。
「ミンナドコ? ミンナドコ? ミンナドコ? アタシ、ココニイル、病室ニイル? モシカシテ車ノ中? 昔ノ家? ドコ? ドコ? ドコ? ミンナドコ? モット見タイ、モット見エルヨウニナリタイ……モットモット見タイ。ミタイミタイミタイ……」
「……!!」
まずい、完全に、僕の時と同じだ。
身体中に緊張がはしる。内蔵がひっくり返るような恐怖と焦りが全身を支配する。これから起こる事を想像し、かつて自分の身に起きた事が思い出され、身体がガクガクと震え始めた。眼帯の下の空洞が頭を中から揺すぶるような感じがする。
このままでは、
まずい。どうする、どうすれば……?
焦りが正常な思考を奪う。具体的な考えが全く浮かばず、「どうしよう」という焦燥だけが頭の中を埋め尽くしていく。おぼれているみたいに呼吸がおぼつかない。手が震えて、どうにも考えがまとまらない。雲をつかむみたいに頭の中で言葉が固まらない。
落ち着け。そして、全力で思い出せ。
あの時、僕が【黄昏】で死にかけた時、僕は何をしたっけ?
何を、してもらったっけ?
『あなたは、ここに来ちゃ、ダメ』
突然、彼女の言葉が蘇る。
本当に耳元でささやかれたかのような感覚が、僕を一気に正気に戻した。
そうだ。あの時……。
「……あった」
僕はポケットをまさぐり、目当てのモノを引っ張り出した。そして、
爛々と光り続ける瞳を僕に向け、ぎょろぎょろと動かした。
時は一刻を争う。手加減は無用だ。
「昨日の仕返しだ。悪く思うなよ……!」
残った力を振り絞って、一気に距離を詰める。
そして、ヤツの両腕をかいくぐり、首元にそれを押し当てた。
「くらえ! あきおヴォルテッカー!」
叫びながらスイッチを入れる。バリバリという強い音と、肉が焼け焦げる強烈なにおいが立ち上った。
「ぐ、ぐへぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!」
そして、全身から力が抜けたように、僕の方に倒れ込んできた。
それを何とか受け止める。完全に力が抜けた
見たところ、身体に酷い外傷はない。取りあえず、急場はしのげたみたいだ……。
安堵が胸の奥からせり上がってくる。僕も、早く【黄昏】を出ないと……。
「……やっぱ、ヴォルテッカーはダサかったかな……」
そう独りつぶやきながら、僕は自分にスタンガンをあてた。
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