030「求める姿」
「せんぱい、ホントにうまくいっちゃったっすか?!」
僕と
すでに
「なんだ。信用してなかったのか?」
「いや、まあ……正直半分諦めてたっすから……ちゃんと、
「ま、当たらずも遠からずってところだろうけどな」
「おお……なんかプロっぽいっす!」
僕と
「ふっ。偉大な先輩を持ったことを誇りに思えよ」
おどけて胸を張ってみせたが、
「すごいっす! 長年あの事務所で人間観察力してただけあるっすね!」
「そんなこというな。恥ずかしいじゃないか」
「長年女の子の考えてること妄想してただけあるっすね!」
「そんなこというな! 恥ずかしいじゃないか!!」
あ、やっぱりコイツ。いつも通りだわ。
「
冗談ですからね。本気にしないで下さい。
「
「ええ、一日ぶりです。
ぶんぶんと手を振って挨拶する
「……見苦しい所を見せてしまいました。お恥ずかしい……」
「大丈夫っすよ! 背格好だけならギリギリキッザニアにいてもおかしくない偏屈眼帯男に比べればなんてことないっすよ!」
「ふふふ。そうですね。安心しました」
「安心しないで下さい。僕が不安になります」
冗談ですよね? 場をなごます為の小粋なジョークですよね?
ともあれ、
これなら、大丈夫だろう。
「
「うっす!
「は、はい……」
「……やっぱり、ちょっと、怖いですね」
「あれ? 昨日もちらっと中見てたっすよね? 中身知ってるんじゃないっすか?」
「そ、そうでしたっけ? ごめんなさい。髪の毛みたいだなって思った瞬間からあんまり記憶が無くて……頭の中がメイちゃんとのことだけになっちゃって……」
また、この中身を見たら、あの姿に戻ってしまうのでは?
また、悲しみと恨みの渦の中に巻き込まれてしまうのでは?
そんな不安が、彼女の表情からありありと感じられた。
でも、僕らは知っている。
その心配が杞憂であることを。
「……大丈夫ですよ」
多分、昨日彼女が荷物の中身を見て豹変してしまったのは、「髪」が彼女の未練を思い出すトリガーになってしまったのだろう。
ただ単純に、「髪」というものから連想される自らの未練に引きずりこまれてしまった。ただそれだけだ。
でも今とあの時とでは状況が違う。
その荷物がどういう意味を持つのか。
どんな想いが込められているのか。
それを受け止めることが、今の
「信じてください。あなたが思う
僕の言葉に、
そして……。
「……これって、ウィッグ?」
中から現れた黒くて艶やかな髪に目を丸くした。
「はい。
「え……」
美人は驚いた顔も綺麗なんだな。
そんな場違いなことを考えながら、僕は続けた。
「最後の日……。あなたと
『ねえ、私の髪……どう、かな?』
『……きれいだよ? いつも通り』
このやりとりがこの依頼のすべての始まりだ。このたった一言の会話が、二人の間に途方もなく大きな歪みを生み出してしまった。
「……」
「……
「……!」
口からあふれ出そうになる気持ちを、
僕の言葉を一言一句聞き漏らさないために。
「
「……」
「あなたと別れてからすぐ、彼女は準備にとりかかりました。髪をばっさり切って、専門のお店にお願いして、自分でお金を払って、できる限り質のいいものを作ろうと時間をかけた。あなたのもとに行かなくなったのは、その準備のためでした」
つくづく思う。二人は、多分何も間違っていない。
本当に、ただただすれ違っていただけだ。
「……残念ながら、ウィッグは間に合いませんでした。完成を前にして、あなたが亡くなってしまったからです。
話し終えて、僕は口をつぐんだ。
しんとした空気のなか、大分傾いた橙色の光が僕らを照らす。
「……」
つうっと。
誰かを想う、悲しくて、美しい涙だった。
「……わたし、ずっと、知らなかった。メイちゃんが、そこまで、私のこと想っていてくれたなんて。気づかなかった。気づこうとしなかった。こんなに愛されていたのに、最後に私、あの子のこと恨んでさえいた。嫌われたんじゃないかって怖がって、悪いことばっかり考えて」
耐えられなくなったらしく、
「ごめんね。ごめんね。こんなに素敵なモノ作ってくれていたのに、死んじゃってごめんね。気づいてあげられなくて、ごめんね……」
子どものように泣きじゃくる彼女に、僕はそっと近づいた。
「……
「……え?」
そう、
「
「……あ、あああぁぁ……」
嗚咽と共に、
それは、悲しさではなく、感謝とか喜びとかそういう暖かい色合いを持っていたと思う。
ふと、彼女の言葉を思い出す。
『込めた想いが届かないのが、一番寂しいんだよ』
本当、その通りだ。
でもだからこそ、想いが届いた瞬間は、震えるほど嬉しいんだろうな。
しばらく涙をながした後、
おもむろに
次の瞬間、はらはらと彼女の髪が抜け落ちていった。
「
これは、準備だ。
髪はすごい勢いで抜け落ちていき、足下に落ちる度に消えていった。
ものの数分で、
完全なスキンヘッドというわけではなくて、まだらに髪が残っている、荒れ地のような頭だった。
正直に言って、それは、痛々しいほどにみすぼらしい姿だった。
多分、これが、亡くなる直前の彼女の本当の姿だったんだろう。
薬のせいで、自信があった髪を失って、こんな姿になってしまったのだとしたら、そのショックは相当なものだっただろう。自分の死を連想してしまうほどに弱ってしまったことも、
でも、今、彼女は自分で選んでその姿になった。
望めばどんな姿にでもなれる【黄昏】の中で彼女はそれを選んだ。
そして……。
「……とても似合ってますよ」
「当然です」
そうして完成した彼女の姿は、今までにみた彼女の姿の中で、いや多分、生きている間を含めても、一番輝いていて、一番美しかった。
「この髪は、私の自慢ですから!!」
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