026「ダサいキャッチコピー」
「私にいえることは、これで全部です」
話し終わると、
応接室の中が、しんと静まりかえる。
ある程度推測していたことではあったが、
きっと彼女は、ずっと
「……ありがとうございます。正直に話していただいて」
「ごめんなさい、本当は最初から全部話すべきでした。そうしていればもっと……」
「そんな、気にしないで下さい」
こんな怪しい事務所で、身の上を自分から洗いざらいしゃべるなんて出来るはずも無い。僕こそ、きちんと彼女の話を引き出すべきだった。
「……私、多分、嫌だったんです。自分がしてしまったことを言葉にしてしまうことが。自分の間違いをはっきりと自覚してしまうことが怖かったんです。あの日を思い出しながら、ひとつひとつ言葉にするの、ひとことひとこと身体の内側から切り裂かれるみたいでした」
制服のスカートをぎゅっと握りしめる。痛みに耐えるように、いやむしろ自分自身を痛めつけるように。
「……そんなに自分を責めないでください。
「……でも、アヤノちゃんは私の荷物をみて、おかしくなったんですよね?【黄昏】の中で、髪の毛を伸ばし続けたんですよね? それって、私を、恨んでるってことですよね? 私がアヤノちゃんを深く傷つけたってことですよね?」
ずっと悩んでいたのだろう。苦しんでいたのだろう。自分を責め続けて、どうにかなってしまいそうな日々を過ごしてきたのだろう。
そして本当に、
でも、
「……確かに、あなたとの一件が
「やっぱり……」
「でも、それは、あなたのことを恨んでいるからではない。僕はそう思います」
その事実を、
「……気休めはやめてください。馬鹿にしてるんですか?」
生ぬるい同情ほど腹立たしいものはない。そんなこと僕だって分かってる。
「気休めではありません。一応僕たちは、あなたから
「……どういうことですか?」
「仮に病で心が弱っていたからとしても、
「……!」
「もちろん、お二人が会った最後の日、あなたの言葉が彼女を傷つけたことは事実かも知れません。でも、それが彼女を【黄昏】まで追い詰めたとは限らない。なにか別の理由がある。もしくは、彼女は違う捉え方をしていた。僕にはそう思えてならないんです」
これが、僕の素直な感想だった。気づかいや同情を一切含まない、一部始終を傍で聞いた他者としての意見だ。単に、二人の間に、誤解があっただけなんだと思う。
「死」は、この世とのありとあらゆるつながりを断つ。
生者が何を問いかけても、死者に届くことはなく、もちろん答えが返ってくることもない。
だから、残された人間は、考え続けるしかない。
あの人はどう思っていたか、どうすればよかったのか。分かるはずも無い問いを自分に向けて繰り返すしかない。
僕が
でも、それは、死者にとっても同じことなのかもしれない。【黄昏】の住人達は、生きていた時の後悔や心残りに永遠に苦しみ続ける。自分の姿さえも歪め、原型をとどめない姿になってもなお、自問自答を繰り返す。
生者と死者は、お互いのことを想いながら、絶対に出ない答えを求めて続ける。どこまでいっても決して交わることのない、ねじれの位置関係だ。
ほんの小さな誤解でも、時間が経つにつれて大きな溝になっていく。その溝が埋まる機会は永遠に訪れない。
とても残酷で、とりかえしのつかないもの、それが「死」というものだ。
「……でも、アヤノちゃんが本当は何を思っていたかなんて」
「ええ。分かりません」
答えがでないと分かっているのなら、もう割り切って前を向くのが正しいのかも知れない。自分なりの解釈で、自分なりの結論を出して、残りの人生に向き合うことの方が、有意義なんだろう。
その行為を否定できるはずもない。むしろその営みは尊いものだ。どうしようもない「死」というものと対峙してきた人間の軌跡だ。
世界中の誰もが、そうやって喪に服し、大切な人の死から立ち直っている。
そんなことは分かっている。
でも、それでも。どうしても。
自分の想いを伝えたいと想う者。
「でも、あなたの想いを伝え直すことはできる」
そんな人のために、黄昏運送はある。
「依頼、改めて承りました。想い、届けます。あの世まで」
「……」
なんというか、その表情は、彼女の短い髪型にとっても似合っていた。
「千曲川さん」
「はい。なんですか?」
涙の余韻か、少しだけかすれた声で
「やっぱりそのキャッチコピー。ダサいです……」
「……ほっといてください」
それは、絶対に、今言うことじゃない……!!
「よく言ってくれたっす! 今シリアスな雰囲気だったからちょっと躊躇したっすけど、やっぱそっすよね! 激ダサっすよね!」
「黙れ
読むなら最後まで読みやがれ。途中でやめてんじゃねえよ。ネット小説か。
緊張がほどけたのか
「千曲川さん。
「あんな大見得切っちゃって、大丈夫っすか?」
「なんだ。不安か?」
「だって
「……まあ、その可能性はある」
というか、その可能性が高い。一度【黄昏】の住人となってしまうと、対話のハードルは飛躍的に上がる。しかも、時間が経つほどにそのハードルは上がり続ける。すでに手遅れになっていることも充分に考えられた。
「やっぱり〜。せんぱい、可愛い女の子がお客さんだからって見栄張っちゃダメっすよ!」
軽い調子ではやし立てる
「そんなつもりはないけど……まあ、一応算段はあるよ」
「お、マジっすか! 流石せんぱい! ダンドリ上手!」
「今回は、荷物の中身が
「確かに! ……あれ、でも昨日は荷物の中身見た瞬間に門前払いだったっすよね? ほんとに大丈夫っすか?」
うぐ……。痛いところ突いてきやがる……。
そこなんだよな……。ともかく話を聞いてもらう取っ掛かりができるかどうかが勝負になりそうだ。
「ま、その、上手くいく可能性がなくなくないわけじゃないから」
「めっちゃ予防線張るっすね! 流石せんぱい! ダンドリー
「スパイシーな罵倒だな……」
いろんな意味でちょっとうまいこと言われた。
「でも、せんぱい、昨日はちょっと乗り気じゃなかったのに、どうして急にやる気になったっすか?」
「……別に理由なんかないよ。この会社の先を案じただけだ」
そう言ってみたものの、ほとんど個人的な動機だった
さっき、
彼女も、僕に対して、何かを想ってくれていたのだろうか。
それがわかったら、彼女の顔を思い出すことができるだろうか。
「この会社の先? どういうことっすか?」
「いいか、
余計な事を考えていた気恥ずかしさから、ちょっと早口に聞きかじりの横文字を口走ってしまった。
「お、社会人っぽいっすね! 流石っす!」
何も考えていない、ノリとテンションだけの、その場限りの笑顔。
生きながら【黄昏】の住人となってしまった
生と死の区別も付かないボンヤリとした世界の中で、何も望まず、流れる時間に身を任すコイツは、もしかしたら、
「死」という壁に隔てられながらも、誰かを想おうとする感覚を。誰かに想われていたいという願いを、
だとすれば、この依頼は
「……? あたしの顔、何かついてるっすか?」
「いや、なにも付いてない」
「マジっすか! のっぺらぼーっすか! どこいったっすか! あたしの整った目鼻立ち!!」
「自分で言うなよ……ふざけてないで準備しろ」
なんとしても、この依頼をやり遂げる。
決意を固めるため、僕は自分の顔をぴしゃりとたたいた。
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