013「待ち伏せ」

「いないっすねー大貫ちゃんっぽいひと」


 しばらく大曲おおまがりと【黄昏】の中をさまよいながら大貫彩乃おおぬきあやのを探したが、なかなか手掛かりは見つからない。


「住所も携帯もGPSもない世界で、見知らぬ人を探してるんだぞ。そうそう簡単には見つからない」

「そりゃそうっすけど……。あれ、そういえば【黄昏】ってどんぐらい広いっすか?」

「いわゆる並行世界だからな。現実の世界と同じだけあるぞ」

「うへぇ……じゃあ滅茶苦茶大変じゃないっすか……世界中のどっかにいる知らない人を探すって、ほぼ不可能っすよ」


 大曲おおまがりが絶望的なうめき声をあげる。


「大丈夫だ。【黄昏】の住人は自分が死んだ場所の近くにい続けることが多い。未練は自分が生きてきた場所で生まれるものだからな」

「ふーん……でもこの街だけでもそこそこの大きさっすよ? しらみつぶしに歩いてたら、時間切れになっちゃうんじゃ……」

「大丈夫だ。一応目星はつけてる」

「え、どこっすか? どこっすか?」

「病院だよ」


 傾向として、【黄昏】の住人達は自分が死んだ場所の近くにいることが多い。桂木さんの話では、大貫彩乃はしばらくの闘病の後病気で亡くなった。ならば現状、一番確率の高い場所は、この大学病院だろう。


「なるほど~。やみくもに歩き回ってたわけじゃなかったっすね! せんぱい、流石っすね!」


 大曲おおまがりが笑顔で言った。片手でサムズアップしている。


 何だろう。褒められたのに全然嬉しくない。むしろ普段どれだけ侮られているかが伝わってきて苛立たしい。


 なんだその親指。へし折ったろか。


「……ともかく、そろそろ到着だ。気合入れていくぞ」

「あいあいさーっす!」


 景気のいい返事と共に、僕と大曲おおまがりは病院の中にはいっていった。


 【黄昏】は生と死の狭間の世界であり、生きたままその世界に入り込む感覚は、拡張現実、いわゆるARに近い。スマートフォンを通して街中を見ると、画面の中にモンスターが現れる例のゲームのようなものだ。夕暮れのこの時間、特別な才能を持った人間の目を通せば、いつもは見えないものを見る事ができる。生きたまま【黄昏】の世界をのぞき込むことができる。


 逆に言えば、いくら【黄昏】の中に入ったところで、現実にできないことは基本出来ない。画面上にモンスターがいるからって、勝手に人の家に入ったり、道路に寝そべったりできないのと同じだ。


「だから当然、許可なく病室に入ることもできない」

「じゃあダメじゃないっすか!!」


 大曲おおまがりが心底呆れた声を上げ、ジト―っとした目で恨みがましく僕をにらみつける。


「なんだ、不服そうだな」

「そりゃそうっすよ! せんぱいがあんなに自信満々だから、病院に知り合いでもいるかと思ったっす……。てっきり病室に入って探せるものかと思ったっす! 待合室で張り込みなんて……」


 僕と大曲おおまがりは病院の待合室のソファーに座り、不審がられないように細心の注意を払いながら周りを観察していた。そこそこ広い病院なのでしばらくここに座っていても目立たないだろう。


「やみくもに街を探し回るよりマシだろ」

「いや、そうかもしれないっすけど……なんか釈然としないっす! いっそあたしが先輩をボコって入院させた方が……」

「やめろ『横綱』。シャレにならん」


 お前の方が力強いんだから。本気で殴られたらほんとにケガしそうだ。


 握りこぶしを固める大曲おおまがりをおさめつつ、周囲に気を配る。


 病院という場所は【黄昏】の住人が数多くいる。特に、病気で若くして亡くなった人は、現世に強い未練を持ちやすい。病室に入れなくてもこのあたりをうろついている可能性は十分ある。もちろん、病室に入れた方が確率は高いけど……。


「ほんと、せんぱいはツメが甘いっす。スウィートネイルっす。パティシエにでもなるつもりっすか? そんなんだから女の子にもてないっすよ」

「余計なお世話だ……あと、『詰めが甘い』のツメは爪じゃないぞ」

「そんな細かいことばっかり気にしてるから女の子にもてないっすよ!」

「なんだと? パティシエは細かい作業大事だろ!」


 あとパティシエ、モテそうだし。女子、スイーツ好きだし。


「そういう問題じゃないっすよ! せんぱい、身長だけじゃなくて脳みそまでチb」

「あん?」

「……お手頃サイズなんすか?! 勘弁してほしいっす!」


 僕のひとにらみで大曲おおまがりは婉曲な表現を選んだ。

 真実はいつも人を傷つける。言い方って大事だと思う。


「おまえ、そこまで言っといてここで大貫彩乃おおぬきあやのが見つかったらどうするつもりだ?」

「そん時はせんぱいの言うことなんでも聞いてあげるっす!」


 嘲り交じりに鼻を鳴らして大曲おおまがりは言った。

 コイツ、マジで僕のこと舐め腐ってやがる……!


「言ったな! 見つかったら今後お前のことは『パティシエール』って呼ぶからな! 自分のツメの甘さを後悔しろ!」

「……せんぱい、あたしが言うのもあれっすけど、そんなんでいいんすか?」


 大曲おおまがりはがっくりと肩を落とした。


 ちょうどその時……。


 大曲おおまがりの肩越しに、綺麗な黒髪の女性が見えた。艶やかで真っ黒な黒髪。それと美しいコントラストを作っている白い肌。理知的でそれでいて優し気な表情……。


「おい、大曲おおまがり、あれ……」


 僕が指さした方を見た大曲おおまがりもすぐに気が付いたようだ。


「せんぱい、あれ、大貫ちゃんっすかね?」

「ああ、多分な。見せてもらった写真の通りだ……」


 僕と大曲おおまがりの間に気まずい沈黙が流れる。


 大曲おおまがりにしろ、僕にしろ、こんなに早く大貫彩乃おおぬきあやのが見つかるとは思っていなかった。


 急すぎて、さっきまでふざけていたのがちょっと恥ずかしい。


 そうこうしている間に、大貫彩乃おおぬきあやのは病院の出口に向かって歩き始めた。


「……ってことで、パティシエール。今の気持ちは?」

「……フランス語、勉強するっすかね」


 そんなやり取りの後、僕らはすぐに大貫彩乃おおぬきあやのを追った。

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