009「投げやりな後輩」
「じゃ、せんぱい!さっそく中身みてみるっす!!」
「えぇ……」
「お前、責任もって僕に中身見られないようにするって言ってなかった?」
「吾輩の辞書に『責任』の文字はないっす!」
「欠陥品だろ……」
ひどく道徳が欠如した
「『道徳』も『倫理』も吾輩の辞書には載ってないっす!」
「都合よすぎるだろ……」
「『都合よすぎる』も載ってないっす! あ。『都合の良い男』はあるっす!!」
「廃刊にしろそんな辞書!」
「僕もお前も見るべきじゃない。依頼人に中身を見ないと言った以上、そこは最低限守らないといけないルールだろう」
毅然とした態度で僕は宣言した。が、
「えー。だって気になるじゃないっすか! あんなかわいい子が綺麗なお姉さんに『衣類』を送るっすよ! これはもう、間違いなく禁断のラブっすよ!! インモラルな『衣類』だったら激アツじゃないっすか!」
「激アツて……」
何を興奮しているんだこいつは……。
「いや、もしかしたら『衣類』ってのもカモフラージュかもしれないっすよ! もっとやばいモノ……体毛とか体液とかの可能性もあるっす! うっひょー!!」
「お前、よく僕のこと変態扱いできたな!!」
さっき僕のこと変態呼ばわりしてたじゃないか。もう片方の目も眼帯にしてやるとか言ってたじゃないか。コイツの方がよっぽど変態的だ。なんだ、体毛とか体液って。そんなもん送ってどうするんだ。
「いやー。わかんないっすけど、愛のカタチはいつだってクレイジーでサイコっすよ! ジョーシキにとらわれちゃいけないっす!」
「知らんがな……」
人間の愛は確かに複雑怪奇だけれども。いろんな形が認められるべきだとは思うけれども。
なんでもかんでも「愛」って言葉で説明した気分になるのはどうかと思うぞ……。
「ていうか、せんぱいだってさっき中身気にしてたじゃないっすか! 同罪っすよ!!」
てか、同罪って。お前、罪の意識はあったのか。あった上でやってるとしたらお前の方がよっぽどクレイジーでサイコだ。
「僕が聞いたのは、中身を知っていた方が依頼が円滑に進むかと思っただけだ。他意はない!」
「えー。でも本当にそう思っているなら、ちゃんと聞かなきゃいけなかったんじゃないっすか? ちゃんと仕事するために必要な情報だったなら、堂々と聞けばよかったじゃないっすか! なんで途中で聞くのやめっちゃったっすか?」
「うぐ……」
まともなことを言いやがって……
忌々しいことに、
依頼人と受取人の関係、写真で外見も確認し、配達に必要な情報は大体集まっていたにもかかわらず、「衣類」と聞いてどんなものか気になってしまった。
「ともかく、包みの中身を見ないと言った以上、絶対に見ない。約束は守るってのは、社会で生きていく上で一番重要なことだろ」
「え~。バレなきゃいいじゃないっすか~」
「ダメだ。そう言う問題じゃない」
僕がきっぱりとそう言うと、
「じゃ、いいっす。そこまで見たいわけじゃないっすから」
出会ってから今まで、僕は一度たりとも
何かを主張することもあるが、僕が反論すればあっさりと取り下げる。今回だって「僕に風呂敷の中身を見せない」と
何のこだわりもなく、何の矜持もなく、言葉の流れるままにその場限りの盛り上がりだけを優先し、息をするように約束を破る。「それをやってしまったら、元も子もない」、そういうことを平然とやってしまう。そんな危うさが
「……あのな、
僕は思わず説教臭いセリフを
「わっ。せんぱい、あたしのこと心配してくれるっすか! 良い人っす~。惚れちゃいそうっす!」
そんなことを言いながら、自分の頬に両手をあて、くねくねと身体をよじらせている。
当然、これも言っているだけだ。その実、僕のことなんて何とも思っていないのだろう。
「おい、真面目に聞けよ。僕はお前がほんとに……」
「大丈夫っすよ」
あまりにも会話に手ごたえがなく、つい声に熱を込めてしまった僕に対して、
「大丈夫っす。人から嫌われるのも、信用を失うことも、せんぱいに見限られることも、社長にこの会社クビにされることも……。あたしにとってはどうでもいいことっすから」
その表情は腑抜けてはいるが、嘘をついているようには見えず、それがかえって不気味だった。
僕は、時々、コイツが怖い。
「……まあいい。とりあえず、準備しろ」
「? 準備ってなんのっすか?」
急に話題を切り替えたせいか、
つまり、ちょうどいいころあいだ。
「今から行くぞ。【黄昏】」
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