008「気になる中身」
「なるほど。それでこの黄昏運送にやってきた、と」
「はい」
美しく、心優しく、才能にあふれた、あこがれの人。友達のようで、姉妹のようだった大事な人。そんな人が突然病で命を落とした。感謝も別れも伝えられないままに。もう二度と何も届かない場所にいってしまった。
それは、本当に……
「大変、でしたね」
「……そう、ですね。でも、一時期よりは大分落ち着きました」
いや、失礼を承知でより正確に言えば、女子高生とは思えないほどに老け込んで見えた。
悲しんで、悲しんで、悲しみ疲れて、悲しみに慣れてしまった。そんな顔。あらゆる感情が摩耗して、生きている実感が徐々に薄まって、自分が生きているか死んでいるかもよくわからなくなってくる。
黄昏運送にやってくるお客様はそんな表情をした人たちばかりだった。いや、むしろそういう人たちだからこそ、【黄昏】などという奇妙なものを信じることができるのかもしれない。
「「……」」
応接室の中は酷く重苦しい空気になった。暗い話をしているのだから、暗い空気になるのは当然なのだが、ここまで陰鬱な雰囲気になってしまうと、どうにも次の話にも移りにくい。なんと声をかければいいものか……。
こんな空気の中でいつも通りに話題を切り出す事が出来る人間がいれば、それはよっぽどのコミュニケーション強者か、全く空気の読めない頭のおかしい奴だろう。
「
突然身を乗り出し、いつもの調子でしゃべり始めた
「しゃ、写真ですか?」
「そっす!
どうやら単純に美少女の写真が見たいだけらしい。なんというか、とても
「えっと、あったかな……」
「あ、ありました。これとか……」
「やったっす! ちょっと拝見……」
画面を除いた
「
「あ、はい。どうぞ」
そう言って
「……!!」
病院の白いベッドの上に身体を起こし、照れ笑いを浮かべながら右手でピースを作っている
胸の辺りまである長くつややかな黒髪、それと見事なコントラストを生み出している雪のように白い肌。そして美術品のように絶妙なバランスで均整のとれた目鼻立ち……。
え、何この美少女。
出身ウユニ塩湖?
「めちゃくちゃ綺麗っす……。まさしく発光の美少女っす……」
「薄幸、な」
誤用だが、
驚くほど整った顔立ちをしているのに、笑顔はとても柔らかく、見るものを安心させる力があった。自然で優しい表情からは、画像でみるだけでもこの人が「いい人」である事が伝わってくる。
こんな魅力的な女性が近所に住んでいたら、僕だって舞い上がってしまう。きっと周到で綿密な観察と研究により、毎日「偶然」同じタイミングで家を出られるように画策するに違いない。
「いやせんぱい、マジでキモいっす。流石のアタシもドン引きっすよ」
……黙れ。モノローグを読むな。
「えへへ……美人さんでしょ? アヤノちゃん」
ともあれ、少し空気が軽くなった。今のうちに聞くべきことは聞いてしまおう。
「
「あ、はい。どうぞ」
スマートフォンをポケットにしまい、
「ご存じの範囲で結構です。大貫さんは、ご自身の容姿について、何かコンプレックスや特別なこだわりを持っていませんでしたか?」
「……? コンプレックス? こだわり?」
僕の問いかけに桂さんは眉根を寄せる。
「先ほども少し触れましたが、【黄昏】の住人は自身の肉体を失っています。言い方を変えれば、身体という枷を外された状態です。ゆえに【黄昏】内ではどんな姿にでもなれる。どんな姿にもなってしまえるんです」
人間の身体はそう簡単には変わらない。変わりにくいものであるから、アイデンティティの拠り所になりうるという側面もある。現に、僕らが人を識別しようとするとき、その人の身体的特徴を頼りにすることがほとんどだ。
しかし、【黄昏】にはそれがない。不変であるはずの身体がない。彼らは【黄昏】の中で、自分のなりたい姿になっている。
だから、【黄昏】の中で人を探すときは、生前の姿と合わせて、生きているとき「どんな姿でありたかった」かが重要になる。
まあ、こればっかりは実際に【黄昏】に入ってみないと雰囲気がつかめないだろうけど……。
「なんでも結構ですので、思い当たることがあれば教えてください」
「……」
なんというか「何を言ったらいいかわからない」というよりも、「言おうかどうか迷っている」ように見える。
なんだ?
「……髪、ですかね」
しばらくの沈黙の後、
「かみ……髪の毛ですか?」
「そうです。真っ直ぐで、艶がある綺麗な黒い髪。それはアヤノちゃんのトレードマークでしたし、本人も気に入っていたと思います。私もおんなじようにしたくて、色々聞いて真似してました。シャンプーとかトリートメントとかも同じの買ったり……」
確かに、先ほど見せてもらった写真でも、彼女の黒髪は際立っていたように思う。色白の肌とのコントラストも美しかった。一番近くで見てきた桂さんが「こだわっていた」と言うのであれば、多分間違いない。
しかし、妙に歯切れが悪い。先ほどまで、嬉々として
まあいい。生前の写真も見せてもらったし、これだけ分かれば【黄昏】の中でも多分見つけられるだろう。
「……わかりました。以上で、僕らが聞きたいことは全部聞けました。依頼、承ります」
「あ、ありがとうございます」
少しほっとしたように
僕は、もう一度、
「お送りする荷物はこちらの風呂敷包みですね。中身は……『衣類』ですか」
随分ざっくりした書き方だ。
「ちなみに、具体的には何を……」
そう言うと、
「……それって詳しく言わないといけないんですか? 今さっき聞きたいことは全部聞けたって……」
非難するような口調に少し尻込みする。
まずい、触れてはいけない部分に触れてしまったか……?
「せんぱーい。いくらせんぱいに女の子の『衣類』に興味があるカワイソーな性癖があったとしても、仕事に乗じてそれを聞くのは、ショッケンランヨーっすよ!」
ちょっとたじろいだ僕を見て、
こいつ、本当に僕の隙を見逃さないな……。
「失敬だな。僕は只の布に興味はない。大事なのは中身だ!」
「それはそれでどうかと思うっす」
またしても
「わかりました。配達が完了しましたらご連絡いたします」
「……」
桂さんはまだジトっとした目でこちらを見ている。
めちゃくちゃ疑われている。僕が荷物の中身を見ることを警戒しているらしい。
「大丈夫っすよ
「じゃあ、安心ですね」
割って入ってきた
なんか、僕を批判することで仲良くなってるなこの二人……。
「……ともかく。お荷物、お預かりします。お代は、受領印付きの『配達依頼書』のお渡しのタイミングで結構です」
「……わかりました。どうぞ、よろしくお願いします」
そのお辞儀から、この依頼に対する彼女の想いが伝わる。彼女は、本気だ。
挨拶もそこそこに、
その背中を見ながら、僕も気持ちを引き締める。
色々あったが、久しぶりの仕事だ。気合を入れていこう。
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