「梨花さんは、ただ純粋に鴫田の授業が好きだっただけなんだろうね。多少話が弾んでたとしても、仲の良い先生くらいにしか考えてなかったんじゃないかな。」

「私もそう思います。それが突然、鴫田が本性を現した。」

 鴫田の家での事件から数日後。京一は舞美の部屋に来ていた。

 奔放な娘に寛容な舞美の両親も、流石に今回の騒動を聞いて青ざめた。そして舞美に大学の講義への出席以外はしばらく自宅謹慎することを命じた。無事を喜ばれた後にコッテリ絞られた舞美は、今は長い手足をコンパクトに折り畳み、ベッドの上で毛布に包まっている。

「君がやけに大人しく帰ったものだからもしかしてと思って、鴫田の家に引き返して良かったよ。」

「京一さんは、何を調べようとしてたんですか?」

「鴫田が誠神高校に赴任してくる前の学校での評判をね。梨花さんの自殺が鴫田との関係に悩んだ末のものだとして、鴫田がそういう奴なら過去にも生徒とトラブルがあったんじゃないかと思って。蓋を開けてみたら、最低の犯罪者だったけどね。」

 京一は舞美の部屋の座椅子に座っている。お見舞いに持参したプリンがテーブルに二つ置かれていた。

「私、アイツのこと許せない。あんなひどいことをしておいて……アイツが梨花ちゃんのことを殺したようなもんじゃないですか。なのに、殺人の罪に問われないなんて。」

 京一は座椅子から立ち上がり、舞美の隣に腰を降ろした。膝を抱える舞美を毛布の上から抱きしめる。

「君が無事で、本当に良かった。」

 それが京一の本音だった。舞美は何も言わず、京一に身を預けた。



 ◇ ◇ ◇ ◇



 由香里は病室の天井をぼんやりと見上げていた。

 廊下を看護師達が忙しなく行き交っていく。

 白いカーテンが、ゆらゆらと揺れている。


「梨花」


 掠れた声で呟く。自分でも聞き取れないほど、小さな音だった。

 梨花の最期の声が、ずっと頭から離れない。



 ――由香里ちゃん


 ――ごめんなさい、ごめんね


 ――ずっと、愛してる



 梨花はこれまでどんな顔で笑っていたのか。

 二人でどんな言葉を交わしたのか。

 ぎゅっと目を閉じて思い出そうとしても、浮かんでくるひしゃげた死顔と悲痛な涙声が、全てを塗り潰してしまうのだった。

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何が彼女を殺したか 惟風 @ifuw

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