③
駅で京一と別れた後、舞美は取って返し、鴫田の家を訪れていた。京一は「少し調べたいことがある」と言って、一人事務所に戻っていった。舞美は京一が何を調べるのか少し気になったが、別行動は好都合だった。
鴫田は驚きながらも、すんなりと家に入れてくれた。
舞美は、自分に向けられていた鴫田の視線がずっと気になっていた。元々人目を引きやすい容姿の舞美は、鴫田の自分を見る目が「生徒との純愛に苦しむ人間」のものとは到底思えなかった。
二人きりになって、鴫田の本性を暴いてやるつもりだった。
お茶を淹れに行っている鴫田を待つ間、テーブルのスマホに目が行った。梨花とのやりとりがあの中に残っているかもしれない。どうにかして中を見ることはできないだろうか、と思案する。
「ロック解除してあげようか?」
いつの間にか鴫田がソファの後ろに立っていた。
「え、あの、別に」
舞美は心中を見透かしたような鴫田の言葉に、あらかじめ考えていた言い訳も吹き飛びしどろもどろになった。
「ありがとう、一人で来てくれて。僕のことが気になったんでしょう? やっぱり姉妹なんだね。外見は違っても、そういう好みは似ているのかな。」
鴫田は舞美の隣にゆっくりと座り、ニコニコして言った。
「は? 何言ってるんですか? 私は別にそういうつもりじゃ」
鴫田はテーブルのスマホを取り、画面が舞美に見えるように操作した。
「せっかくだから、一緒に観よう。梨花を偲んで。」
そして、慣れた手つきで動画を再生した。
『ダメダメ、ちゃんとレンズ見て。』
鴫田の声だ。だが、画面に映っているのは、誠神学園の制服を着た女性だった。場所は誰もいない教室のようだ。俯いているが、舞美にはその女性が梨花だとすぐにわかった。
『……。』
梨花はまだ俯いている。微かに嗚咽が聞こえる。
『顔を上げなさい。こっちを見るんだ、梨花。』
鴫田の声に苛立ちが滲む。
『……ごめんなさい、許してください。』
梨花の声は震えている。
『何回言わせるの? ちゃんとこっちを見なさい。』
梨花はゆっくりと顔を上げた。画面に泣き腫らした表情が映る。
『脱いで。』
梨花がぶるぶると頭を振る。
『嫌です、お願い、ごめんなさい、お願いします』
バシン、と机を叩くような大きな音が響いた。梨花の身体が怯えたようにビクリと跳ねる。
『脱いで、って言ったのが聞こえない?』
鴫田は一語一語はっきりと、言い聞かせるように話す。
梨花は震える手でシャツのボタンに手をかけた。しゃくり上げる声がスマホのスピーカーから流れてくる。
『ハイ、目線こっち。綺麗に映ってるよ。すごく良い!』
舞美はスマホを叩き落とした。
「何てことするんだ!」
鴫田は慌てて拾い上げた。
「最低……最低、あんたなんか人間じゃない!」
鴫田はリビングを出ようとする舞美の肩を掴み、力づくでソファに押し倒した。唾を飛ばしながら怒鳴る。
「まだバックアップ取ってなかったんだぞ! 梨花と俺の、愛の記録を!」
鴫田は舞美にのしかかり、前髪を強く掴んで持ち上げた。舞美の耳に、髪がぶちぶちとちぎれる音が響く。
「嘘つき……愛し合ってたなんて……よくもそんなことを!」
舞美は懸命に鴫田を睨みつける。興奮した鴫田の生温い息が顔にかかり、吐き気がこみ上げてくる。
舞美の首に鴫田の手が伸びてきたところで、不意にインターホンが鳴った。
鴫田は顔を上げ、玄関に顔を向ける。同時に、助けを求めようとした舞美の口を両手で塞いだ。舞美は手足をバタつかせて抵抗するが、鴫田に頭突きをされ、目が回った。
「うるさいよ。」
鴫田は舞美の耳元で冷たく囁いた。
ピンポン
再び、インターホンが鳴った。
二人の居る場所からは、モニターが見えない。鴫田は舞美を拘束したまま、その場から動こうとしなかった。
「探偵を呼んでたんだな。俺をハメやがって!」
玄関を気にしながらも、舞美に向かって憎々しげに吐き捨てた。
ドン
玄関から、鈍い衝撃音が響いた。ノックとは明らかに違う、何か硬いものが叩きつけられたような音だった。
「な……何だ?」
顔を上げた鴫田の声が震えている。明らかに動揺している。
ドン
振動がリビングにも伝わってくる。
舞美も、京一が駆けつけてくれたのだと思っていた。だが、少し様子がおかしいと思い始めていた。
ピンポーン
ドン
「開けて」
女の声が聞こえた。
「誰だ? 探偵じゃない……?」
舞美を見下ろす鴫田の目に怯えの色が浮かぶ。
それは、舞美のよく知る声だった。
ドン
「開けなさいよ」
ドンドンドンドン
「 いるんでしょう」
ドンッ
音は次第に激しくなり、今にも扉を破壊しそうな勢いだった。
「返して」
ドンドンドンドン
「やめろ、やめろよ!」
鴫田が玄関に向かって懇願するように叫ぶ。
ドンドンドンドンドンドン
「梨花を返してよおおおお!」
「やめろって言ってんだろ!」
鴫田はとうとう両手で耳を塞いだ。
「由香里……。」
舞美が口の中で呟いた。
バタバタと足音がし、人の争う音が聞こえた。
「やめなさい! やめるんだ由香里さん!」
京一の声だった。
「離して、離せえええ!」
鴫田は床にうずくまりガタガタと震えていた。舞美は恐怖と混乱で動くことができず、その場で由香里の絶叫を聴いていた。
遠くの方から、サイレンが近づいてきていた。
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