駅で京一と別れた後、舞美は取って返し、鴫田の家を訪れていた。京一は「少し調べたいことがある」と言って、一人事務所に戻っていった。舞美は京一が何を調べるのか少し気になったが、別行動は好都合だった。

 鴫田は驚きながらも、すんなりと家に入れてくれた。

 舞美は、自分に向けられていた鴫田の視線がずっと気になっていた。元々人目を引きやすい容姿の舞美は、鴫田の自分を見る目が「生徒との純愛に苦しむ人間」のものとは到底思えなかった。

 二人きりになって、鴫田の本性を暴いてやるつもりだった。

 お茶を淹れに行っている鴫田を待つ間、テーブルのスマホに目が行った。梨花とのやりとりがあの中に残っているかもしれない。どうにかして中を見ることはできないだろうか、と思案する。

「ロック解除してあげようか?」

 いつの間にか鴫田がソファの後ろに立っていた。

「え、あの、別に」

 舞美は心中を見透かしたような鴫田の言葉に、あらかじめ考えていた言い訳も吹き飛びしどろもどろになった。

「ありがとう、一人で来てくれて。僕のことが気になったんでしょう? やっぱり姉妹なんだね。外見は違っても、は似ているのかな。」

 鴫田は舞美の隣にゆっくりと座り、ニコニコして言った。

「は? 何言ってるんですか? 私は別にそういうつもりじゃ」

 鴫田はテーブルのスマホを取り、画面が舞美に見えるように操作した。

「せっかくだから、一緒に観よう。。」

 そして、慣れた手つきで動画を再生した。



『ダメダメ、ちゃんとレンズ見て。』

 鴫田の声だ。だが、画面に映っているのは、誠神学園の制服を着た女性だった。場所は誰もいない教室のようだ。俯いているが、舞美にはその女性が梨花だとすぐにわかった。

『……。』

 梨花はまだ俯いている。微かに嗚咽が聞こえる。

『顔を上げなさい。こっちを見るんだ、梨花。』

 鴫田の声に苛立ちが滲む。

『……ごめんなさい、許してください。』

 梨花の声は震えている。

『何回言わせるの? ちゃんとこっちを見なさい。』

 梨花はゆっくりと顔を上げた。画面に泣き腫らした表情が映る。

『脱いで。』

 梨花がぶるぶると頭を振る。

『嫌です、お願い、ごめんなさい、お願いします』

 バシン、と机を叩くような大きな音が響いた。梨花の身体が怯えたようにビクリと跳ねる。

『脱いで、って言ったのが聞こえない?』

 鴫田は一語一語はっきりと、言い聞かせるように話す。

 梨花は震える手でシャツのボタンに手をかけた。しゃくり上げる声がスマホのスピーカーから流れてくる。

『ハイ、目線こっち。綺麗に映ってるよ。すごく良い!』


 舞美はスマホを叩き落とした。

「何てことするんだ!」

 鴫田は慌てて拾い上げた。

「最低……最低、あんたなんか人間じゃない!」

 鴫田はリビングを出ようとする舞美の肩を掴み、力づくでソファに押し倒した。唾を飛ばしながら怒鳴る。

「まだバックアップ取ってなかったんだぞ! 梨花と俺の、愛の記録を!」

 鴫田は舞美にのしかかり、前髪を強く掴んで持ち上げた。舞美の耳に、髪がぶちぶちとちぎれる音が響く。

「嘘つき……愛し合ってたなんて……よくもそんなことを!」

 舞美は懸命に鴫田を睨みつける。興奮した鴫田の生温い息が顔にかかり、吐き気がこみ上げてくる。

 舞美の首に鴫田の手が伸びてきたところで、不意にインターホンが鳴った。

 鴫田は顔を上げ、玄関に顔を向ける。同時に、助けを求めようとした舞美の口を両手で塞いだ。舞美は手足をバタつかせて抵抗するが、鴫田に頭突きをされ、目が回った。

「うるさいよ。」

 鴫田は舞美の耳元で冷たく囁いた。


 ピンポン


 再び、インターホンが鳴った。

 二人の居る場所からは、モニターが見えない。鴫田は舞美を拘束したまま、その場から動こうとしなかった。

「探偵を呼んでたんだな。俺をハメやがって!」

 玄関を気にしながらも、舞美に向かって憎々しげに吐き捨てた。



 ドン


 玄関から、鈍い衝撃音が響いた。ノックとは明らかに違う、何か硬いものが叩きつけられたような音だった。

「な……何だ?」

 顔を上げた鴫田の声が震えている。明らかに動揺している。


 ドン


 振動がリビングにも伝わってくる。

 舞美も、京一が駆けつけてくれたのだと思っていた。だが、少し様子がおかしいと思い始めていた。


 ピンポーン


 ドン

「開けて」


 女の声が聞こえた。

「誰だ? 探偵じゃない……?」

 舞美を見下ろす鴫田の目に怯えの色が浮かぶ。

 それは、舞美のよく知る声だった。


 ドン

「開けなさいよ」


 ドンドンドンドン

「 いるんでしょう」


 ドンッ


 音は次第に激しくなり、今にも扉を破壊しそうな勢いだった。


「返して」

 ドンドンドンドン


「やめろ、やめろよ!」

 鴫田が玄関に向かって懇願するように叫ぶ。


 ドンドンドンドンドンドン

「梨花を返してよおおおお!」


「やめろって言ってんだろ!」

 鴫田はとうとう両手で耳を塞いだ。

「由香里……。」

 舞美が口の中で呟いた。

 バタバタと足音がし、人の争う音が聞こえた。

「やめなさい! やめるんだ由香里さん!」

 京一の声だった。

「離して、離せえええ!」

 鴫田は床にうずくまりガタガタと震えていた。舞美は恐怖と混乱で動くことができず、その場で由香里の絶叫を聴いていた。

 遠くの方から、サイレンが近づいてきていた。



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