②
「警察の人には怖くて言えなかったんですけど……梨花ちゃん、たぶん、
カップを置きながら話すのは、梨花の友人でクラスメイトの
「鴫田先生って?」
京一が問うよりも早く、舞美が身を乗り出した。今日は髪を後ろで一つにまとめている。再三断ったのだが、「私は助手ですから」の一点張りで、強引についてきていた。押しに弱い京一は、こうしていつも舞美と行動を共にすることになる。
「去年赴任してきた、古文の先生です。年はいくつだったかな……四十代後半くらい? 梨花ちゃん、授業が終わってからもよく質問しに行ったりとかしてて。すごく仲良さそうに見えました。」
京一は即座に疑問を口にする。
「いくら仲が良さそうでも、親子ほどの年の差があるのに、梨花さんが先生のことを好きになるかな?そんなに魅力的な人なの? イケメンとか?」
「いえ、普通のオジサンって感じの先生ですよ、優しいし授業はわかりやすくて面白いけど。ただ、梨花ちゃんから、好きな人がいるって話を聞いたことがあって。相手は大人で自分はまだ子供だから、付き合ってくれないんだ、って。てっきり、その相手っていうのが鴫田先生なんだと思ってました。」
「好きな人がいたんだね。 大人……か。それにしたって年がなあ。」
イマイチ納得できないと言った顔で京一はボサボサの頭を掻いた。
「愛に年の差は関係ないんですよ! 京一さんはオンナゴコロってやつがわかってないんですから。そんなんだから三十越えても結婚できないんですよ。」
舞美はやけに嬉しそうに京一の顔を覗き込む。京一はそれを片手で押し戻して、天井を見つめた。
「痴情の
次の日、放課後の校門前で琴美と共に鴫田が出てくるのを待った。もちろん舞美も一緒だ。
「あ、あの人です。」
鴫田は中肉中背の、柔和な顔つきをした男だった。特に若作りということもなく、年相応の見た目をしている。
琴美と別れ、鴫田に声をかけて身分を明かす。鴫田は驚いた表情で京一と名刺を交互に見つめた。
「梨花の姉の、伊集院由香里です。」
舞美が何の打ち合わせもなく由香里の名を
外でできる話ではない、とのことで、明日の土曜日に鴫田の家を訪ねることになった。
「どうしてあんな嘘を!」
鴫田と別れて帰路につきながら、京一は舞美に呆れた声を出した。
「遺族として、踏み込んだ話を聞きたかったんですよ。ちゃんと由香里には許可取ってるから大丈夫です!」
誇らしげに胸を張る舞美を見て京一は頭を抱える。
「逆だよ、関係者には言えない話を聞き出すのが重要なんだ! それに、余計な嘘は真実に近づくのを妨げるだけだ。明日の訪問だって君を連れて行く気は無いからね。」
「どうしてですか? 私の親友の依頼なんですよ! それに助手としても責任持って事態を見届ける義務があります!」
舞美は憤慨して京一に食ってかかった。
「何度も言うけど、君を助手にした覚えは無い。」
「嫌だって言ってもついて行きますからね。鴫田の住所も覚えましたから。現地集合にします?」
京一は腹の底から大きくため息をついた。舞美は言い出したら聞かない。
「なら、頼むから余計なことは言わず黙っててくれよ……。」
京一は心からの願いを口にしたのだが、舞美は口の端を持ち上げるのみだ。希望が叶えられることはなさそうだった。
翌日の昼過ぎ、駅前で舞美と落ち合った。パーカーにスキニーパンツというシンプルな出で立ちでも、彼女は十分に人目を引いていた。
「由香里が、鴫田の名前は聞いたことがあるって言ってました。授業が楽しい、って梨花ちゃんが何度か話してたそうです。」
京一は思わず立ち止まる。
「ちょっと待て、由香里さんに鴫田のことを話したのか?」
「ええ。」
涼しい顔で舞美は答え、サッサと歩いて行く。京一は慌てて追いかける。
「君は守秘義務という言葉も知らないのか?」
「どうせ調査結果を報告するんだから、少しくらい早めに教えても良いじゃないですか。由香里は梨花ちゃんが亡くなって苦しんでるんですよ。 一刻も早く、梨花ちゃんのことについて知りたいって思ってるんです! 親友として放っておけないじゃないですか!」
言い合いをしている間に、鴫田の住む一軒家に近づいてきていた。
「とにかく、鴫田にも、由香里さんにも、余計なことは言わないでくれ。」
小声で強く念押しして、インターホンを押した。
舞美はフン、と大きく鼻を鳴らした。
一階のリビングに通された。
そこかしこに書類や衣類が雑然と並び、床の隅には埃がうっすらと積もっている。
「すみません、散らかっていまして。」
鴫田はテーブルの書類を壁際のパソコンデスクに移し、お茶の入った湯呑を二人分置いた。京一は狭いソファに舞美と並んで座り、早速話を切り出す。
「昨日お話しした通り、伊集院梨花さんのことについてお聞きしたいんです。貴方が梨花さんと、教師と生徒という関係を越えて親しくしていた、という噂を聞きました。」
鴫田は少し躊躇うような表情をしていたが、舞美の方をチラリと見てから意を決したように話しだした。
「教職に就く者としてあるまじきことだとわかってはいますが……私と伊集院さん……いえ、梨花は、愛し合っていました。」
京一の隣で舞美が息を飲んだ。
「恋人同士だった、ということですか?」
鴫田は頷くと、遠くを見つめるような目をして話し出す。
「梨花のお姉さんの前でこんな話をして申し訳ない。少なくとも私は、そういうつもりで彼女に接していました。彼女は私の授業をとても熱心に聞いてくれる娘で。放課後に私の所に来ることも何度もありました。最初は授業の内容についての会話しかしていなかったんですが……徐々に惹かれあっていったんです。」
「彼女の自殺の理由について、心当たりはありますか?」
「いえ……いや、正直……私のせいかもしれない、とは思っています。」
「というと?」
「直接、
「『まだ』?」
メモを取る手を止めて、京一は聞き返した。
「去年から、協議中なんです。離婚が成立して、梨花が卒業したら一緒になるつもりでした。彼女も、それを待っていてくれると思っていたのに……すみません。」
鴫田は涙をぬぐった。その間にも、鴫田は舞美の方に何度も視線を向けている。
舞美が勝手な発言をするんじゃないかと京一はヒヤヒヤしていたが、彼女は鴫田を観察するようにジッと見つめているだけだった。
その後も鴫田の繰り言をしばらく聞いて、これ以上新たな情報が無いことを確認すると京一達は席を立った。
玄関を出る前に、鴫田が舞美に話しかけた。
「あまり、梨花と似ていないんですね。」
京一はドキリとした。下手なごまかしをしては墓穴を掘るだけだ。どう取り繕うか迷っていると、舞美が平然と答えた。
「よく言われます。私は母親似なんですが、妹は父に似たんです。」
「では、これで。お時間を取っていただきありがとうございました。」
ボロが出る前に、そそくさと鴫田の家を後にした。
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