何が彼女を殺したか

惟風

 私立の誠神せいじん高校で女生徒が飛び降り自殺したというニュースは、数日で政治家の汚職や芸能人の不倫にかき消され、あっという間にメディアからは忘れ去られた。

 林探偵事務所に訪れた依頼人の口から聞くまで、京一の記憶からも消えかかっていた。


梨花りんかは、私の妹なんです。」

 依頼人の伊集院由香里いじゅういんゆかりはか細い声で言った。細見で、髪も目も肌も艶のあるところが一つもなく、端的に言ってやつれている。そのせいか、まだ二十歳過ぎのはずなのにもっとずっと老けて見えた。

「あんなに元気で明るかった娘が自殺するなんて!」

 重苦しい雰囲気に似つかわしくない大声を張り上げたのは、自称“京一の助手”、五十嵐舞美いがらしまいみである。京一の先輩の娘で、しょっちゅう事務所に出入りしている。

 緑の黒髪と呼ぶにふさわしいロングヘアを高い位置でポニーテールにまとめ、彼女がオーバーな仕草で喋るたびに毛先が揺れる。濃く縁取られた大きな瞳は真っ直ぐに京一を捉えていた。

 そもそも、今回依頼人を連れて来たのは舞美だった。由香里とは幼馴染みで、二人とも誠神高校の卒業生ということだ。

 応接ソファで由香里の隣に座って、舞美は京一に熱弁を振るおうと身を乗り出す。

「すまないが、僕は伊集院さんから話を聞いているんだ。」

 舞美は不服そうな顔をして口を閉じ、ソファに座り直した。京一は依頼人に向き直る。

「で、その妹さんの自殺の理由を突き止めてほしい、と?」

「はい、そうです。」

 テーブルを見つめながら由香里が蚊の鳴くような声で答えた。

「遺書のようなものは見つかっていません。飛び降りる直前に私に電話をしてきたんですが、『ごめんなさい』と言うばかりで……どうして謝るのか、聞くことはできませんでした。」

 その日のことを思い出したためか、由香里の目から涙が一筋伝った。ハンカチで静かにそれを押さえる。

「何か思いつめるような出来事が起きて、発作的に死を選んだのですかね。」

「同じようなことを、警察の方にも言われました。飛び降りた時の状況的にも、事故や他殺の可能性は低いと。自殺の理由までは、突き止めてもらえませんでした。でも、前日まで全然変わったところなんてなくて、すごく元気そうにしてたんです。理由を知ったところで、梨花はもう戻って来ません。けど、どうしても知りたいんです。あの娘が最期に何を思っていたのか。」

 乾いた唇を噛み、由香里はそれきり黙ってしまった。はなをすする音が事務所に響く。

 横で見ていた舞美が、捲し立てる。

「梨花ちゃん、明るくて優しくて友達も多くて、別にいじめられてるとかも無かったし、由香里ともおじさんおばさんとも仲が良かったのに。どうして自殺なんて!」

「交際している人はいなかったのですか?」

 京一が舞美を無視して尋ねると、由香里は顔を上げた。

「……どうでしょう。少なくとも、私には話してはくれませんでした。」

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