第16話 快晴
現場には沢山の消防隊員が家を飲み込まんばかりの大きな炎を消そうと必死に消火活動を行っていた。
「これはかなりまずいわね」
火災の大きさに驚きながら規制線を跨いで敷地内に入ろうとすると近くにいた若い消防隊員に止められた。
「ちょっ、あなた何をしようとしているんですか!?」
私はその消防隊員に自分の警察手帳を見せる。
「特殊捜査部の者だ通して欲しい」
それを見せるとさっきまで私の腕を掴んでいた手を離し簡単な状況説明を受けた。
「わかりました。中の奴らには僕から説明しておきます。中の状況はおそらく火は家全体に回っていますが、ドアは燃えていないです。あの中に生存者がいるかは不明で、ドアから中に入ろうとしたがドアに鍵が掛かっていて入れなかったので無理矢理こじ開けようとしたがそれをしようと扉に近づくと焼け落ちた屋根が玄関に落ちてきてそれが出来なくなって窓から入ろうとしてますが窓にも鍵が掛かっていて、壊して入ろうにも異常なほど頑丈で手を焼いているという状況です。」
「ありがとう」
私は消防隊員に感謝を述べ、中に入る方法を模索しながら家の敷地へと部外者らしき私が中に入っていくのを近隣住民やマスコミが不思議がる視線を受けながら進んでいった。
中では説明の通り消防隊員らが窓ガラスを割ろうと必死だったがガラスには傷ひとつ付いていないようだった。
私は彼らの下へと向かうと私に気付いた1人が私の下に駆け寄ってきた。
「君が外の見張りから連絡があった特殊捜査部の人か」
その人は見た感じ20代後半から30代前半の顔立ちをしていた男性だった。
「えぇ、私は特殊捜査部の川崎 綾香です」
それを聞いて安堵したのか男の顔はさっきまで険しい顔だったが少し緩んでいた。
「説明は聞いていると思う、正直この窓はこんなチンケなハンマーで割れるような代物じゃない。だからあんたの力を貸してくれ」
持っていたハンマーは避難時に使われるような簡単に窓ガラスが割れる道具なのだがこれで割れないとは相当なものなのだろう。
「分かりました。正直、この窓ガラスを割るのは無理な気がするので今から窓ごと吹き飛ばします。少し離れるようあそこの人々に指示をしてください」
そう言うと男はすぐに窓に集まっていた消防隊員らに離れるように指示を出した。
彼らが離れると私は自分の手を差し出して20秒程そのままの態勢で立ち続けた。
「いきます耳を塞いで!」
私がそう言った瞬間目の前で大きな破裂音が鳴り、窓が家の中へと吹き飛び壁にめり込んだ。
破裂音が鳴り響くと次に聞こえてくるのはドタドタという複数人の足音と水を撒くような音だった。
このことからどこかの窓が空いてそこから消防隊員が入ってきたこととそこの部屋の火を消そうとしているのは明らかだった。
「窓の鍵も閉めたはずなのにいったいどうやって入ったんだ」
俺は消防隊員らが家の中に入れた事に困惑して頭がそれでいっぱいになっているせいで近づいてくる一つの足音と小さな破裂音に気がつかなかった。
「泉君!」
その声が聞こえた方向を見るとそこにいたのは川崎さんだった。俺が川崎さんの顔を見たのとほぼ同時に風船の割れる音と共に突如、空中に水が現れそれが床に落ちて火を消した。
そして火が消えると川崎さんは俺の下に駆け寄って俺の身体の状態を確認した。
「泉君、大丈夫?どこか変なところは…」
俺は彼女の言葉を遮って強く言い放つ。
「どうして、どうして助けに来たんですか!」
川崎さんは俺の言葉に少し困惑しているようだった。
「どうしてって、誰かが命の危機にあっているなら助けるのは同然でしょう」
川崎さんの言っている事は正しかった、でもそれには例外もある。
「それは生きる気力がある人ならその行動は正しいですけど、俺みたいに生きる気力がない人間にそれをしてもただ生きる期間が伸びてしまう。そんなものは拷問となんら大差ないものなんです」
川崎さんは少し考える素振りを見して真剣な表情で俺を見て問う。
「君が死にたい理由は何?」
「そもそもこの事件は俺が悪いんです。俺の些細な行動によって2人は死んでしまったんです。だからその償いとしてここで死ぬ事で許して貰おうとしたのにあなた達が来たせいで全て台無しだ」
そう言うと川崎さんは何かを思い出したかのような顔をした。
「昔ね、部長が私に教えてくれた事があるの。償いというのは自分の犯した罪に対して自分が死ぬまでの間の向き合い方だって言ったの」
あの部長がそんな事を言っていた事に俺は衝撃を受けた。
「だとしたら俺の罪への向き合い方はこれですよ」
「いいや、部長の言った死というのは自分の意思で決めた死ではなくて老衰とか死刑とか病死とかみたいに逆らえない死のことを言っているのよ。そして部長が言うには自分の意思で死んで罪を償う行為は逃げているだけだとね」
川崎さんは俺の行動が罪から逃げていると言った事に対して声を張り上げた。
「俺は逃げてない!逃げてないんだ!死んで2人に許してもらおうとしているだけだ!」
川崎さんはいきなり大きな声を出した俺に眉一つ動かさなかった。
「それが逃げているということなのよ。そうやって自分の犯した罪から逃げて安心を得ようとしているだけよ」
その言葉を聞いて今までの行動を振り返るとその言葉通りだったのだがそんな事は認められなかった。
「違う!違う!違う!!」
でも実際図星だから違う以外の言葉が出てこない。
そして違うと言い続ける俺に川崎さんは諭すような口調で話し始める。
「確かにこの事件は君が悪いかもしれない。でもそれはもう過去だ、過去をどんなに悔やんでもそれが変わるはずがない、だから君に出来ることはその後悔を経てどう生きるかそれが大事だと思う。それこそが君がすべき贖罪だと私は思う」
川崎さんはそう言うと僕の肩を叩いて優しい笑みを浮かべながら語りかける
「君はまだどれだけ失敗しても間に合うんだ、だからこんなところで歩みを止めてはいけない」
俺はこれを聞いて今まで自分を隠してきた雲が全て吹き飛んだ気がした。ここでやっと本当の自分は死にたくはなかったがそれを押し殺してまで逃げようとした事に気付いた。
俺はまだ生きる事を心に誓った。
「は、は…い゛」
俺は今までの思いが溜まりに溜まって洪水みたいに頬を流れ落ちた。
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