第六章 「お後がよろしいようで。」

どれほど時間が経っただろうか。


眠ってしまっていたのか。体がだるい。


ゆっくりと目を開ける。




私は駅のホームに居た。


「ああ、まただ。」


目の前に落ちている白いスニーカーの汚れが目立つ。


鼠色だった汚れは今は赤黒く変色している。


意識はハッキリとしていなくても分かるくらい、周りが騒いでいてうるさかった。


すると喧騒の中から一人の男が近づいてきた。どこか見覚えのある髭面だ。


散らばった私の四肢を踏み越えて


そいつはヒョイッと私を持ち上げた。


視界が宙に浮いた。

黒い布製のカバンに押し込まれ、


そして音だけが聞こえる。


「皆様、ただいま当駅にて人身事故が発生いたしました。」

ホーム中にアナウンスが響いた。


そうだ、私は死んだのだった。

自ら電車が来ている線路に飛び込み、衝撃で体は散乱し、そして死んだ。


最初から電車にすら乗れていなかった。

老婆に微笑みかけても目に見えていないのなら優しさも意味はなかろう。

既に死んでいれば悩みなど全て解決したも同然。

声も届かないのなら堂々と言えばよかったかもしれない。


あの魔界で私が探していたのは私の首だったか。

首のない者を前にして、探し物が分からないと聞かれれば神様も答えづらいだろうな。


あの魔界での不思議な出来事は本当だったのかはもう知る由もない。

知らなくていいのかも知れない。


髭面の男の声を最後に聞いて、私はもう一度目を閉じた。






「ひひっ、お後がよろしいようで。」



      


                    完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お後がよろしいようで。 @kaoru1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ