冷凍食品の名前
「慶事とて、生け贄ならば生かしておかねば意味がないぞ」
「誤解でヂューン!?!?!?!?」
「冗談だ。趣味の悪い荒神でもあるまいに生け贄など好みではない」
古今東西、力ある者に恵みを願う、怒りを鎮めるなどの目的で人間は強者に生贄を捧げる傾向にあった。しかし生贄を望むのは本能が血肉求めるのを抑えられぬ輩か権威付けを狙った小物、或いは美女を欲する野獣のすることだ。
人を超えた叡智と存在そのものが強者だった魔王には不要であり無駄な行為。
「そもそも生肉を齧れというのか、人間どもは魔王をなんだと思っていたのか」
「チュン?」
「過去を顧みただけだ、それより貴様の差配でなければこれは何者であろうな」
氷漬けの少女。
言葉だけを拾えば水晶めいた氷の柱に封じ込められた神秘的な構図をイメージするかもしれない。
しかし目の前の現実は厳しく。
おそらく食糧を物色しようとしたのだろう、中腰で箱を開けて覗き込んでいる盗人姿勢で霜を被って少女は凍り付いていた。
「貴様の告げた冷凍庫の性能、瞬間冷凍との言葉に嘘偽り無しか」
「チュン……」
「以前荷出しした冷凍マグロの方が造形美に優れていたな」
この冷凍食品以下の囚われの姫(死亡済み)が彼らの城に設置されていた事情を推測すれば2パターン。
ひとつ、物資を搬送した業者が捨て置いた。
ひとつ、盗みに入った。
「死体の状況を見れば明らか、か」
「堂々と盗みポーズしてますチュン……」
ここは貧民街、生きるために他人から奪い蹴落とす犯罪が常態化した居住圏。この冷凍保存少女もたくましく盗みで生計を立てていたのだろう。
身なりは整っており貧民にも見えないのだが。
「メスズ」
「チュン?」
「艦の焼却炉の性能を試す時が来たな」
「この子焼くんでチュン!?」
「死体を宇宙に放り出しても良いがデブリ拾いの迷惑だろう。それに使えるものは使うのが今の時代の魔王というものだ」
「いやいやいやそういう意味でなくてチュン!?」
「要領を得んな、何が言いたいのだ」
「この子、助けないんでチュンか?」
「……その選択肢は埒外であったな」
盗っ人を救済する。
何故にそのような発想に至るのか、メスズの提言は彼にとって予想外を極めたのが功を奏したのか無慈悲な魔王の興味を引いた。
「一見、おそらく、多分きっと、どう見ても盗みに入った悪い子でチュンけど、一応未成年っぽいでチュンし」
「今の時代、外見年齢と実年齢は一致せぬがな」
宇宙開拓は移動するだけで膨大な時間がかかる、ましてテラフォーミングともなれば百年単位が必要となることは人類も進出前に想定していたのだろう。
様々な科学技術研鑽の結果、まず肉体老化の原因をつきとめた人類は老化防止抑制作用の化学物質を生成するのに成功。一般普及化したそれは薬品、食品にも日常的に混在された結果、人類種の寿命は五百年から千年単位に変質していた。
他にも培養や強化細胞を用いた四肢臓器皮膚の移植、クローンへの脳移植や意識ダウンロード、義肢義体のサイボーグ化フルボーグ化など延命技術は多岐に渡り、実年齢が意味を為さないのが現状。
よってほとんどの人類圏では実年齢より肉体年齢や外見年齢を重要視している。
この氷嚢ほども役に立たないかき氷モドキの外見年齢はメスズと同程度かそれ以下に若く見えるのだが、実年齢は百歳を超えていることもありえるのだ。
「知らず魔王の居城に迷い込んだ哀れな小娘、無知なニンゲンでチュン。小動物に情けをかけてあげるのも王の度量だと思うでチュン」
「ふむ」
「それに今日はめでたい日でチュン、魔王様が慈悲を授ける恩赦にちょうどいいと思うのでチュン」
「恩赦、成程、恩赦か」
メスズの説得はクリティカルした。
このところ他人に使われるばかりの日々で魔王の矜持を発揮する機会が無かったフィナルである、王らしい振る舞いの好機と言われるとその気になりかける。
ただそれをするには問題もあった。
「逃がすのは構わぬが、この小娘は死んでおるのだが」
「フィナル様なら蘇生させるのも簡単でチュン?」
「可能不可能を問われれば可能だが」
部下の信頼宿した曇りなきどんぐり眼に肯定を返すも魔王は渋面を作る。
小娘の死体、見たところ氷結により細胞組織各位に死滅したダメージはあるが瞬間冷凍された肉体の保存状態は良く形状は崩れていない。
魔王の秘術を使えば蘇生は容易い、そう確信はするも、
「魔力が足りぬ、あと3日は貯めねば蘇生の秘術は使えぬな」
「チュン……」
「そしてこの地で3日も待てば滞在の延滞金を請求される、盗人のために払う無駄銭は避けたいものだ」
「最後の本音が悲しいでチュン」
「しかし恩赦を与えるのはやぶさかではない、ゆえに」
滞在費を払いたくない魔王の冴えた選択は、
「出港し近隣の宙域で艦の完熟飛行を3日費やした後、蘇生の秘術を行使するとしよう。小娘は盗人以外の可能性も僅かに残るゆえ事情聴取して放り出す、これでよかろう」
「魔王様……!」
古の魔王フィナルジェンド。
人類に恐怖の権化とされた魔族の王は臣下の心を無碍にしないのだった。
******
ジャンク屋ゴメネスの腕前は倫理観のおかしさに似合わず確かで魔王の居城艦は問題なく十全に性能を発揮し、3日の完熟飛行はつつがなく終了した。
よって魔王は己に課した約定を遵守し、貴重な魔力の蓄積を再び浪費する羽目となった。むしろ残高を費やす勢いの蘇生行使、格好つけのためにマイナスもマイナスである。
城の冷凍庫に降り立ち、フィナルジェンドは秘術の力を解放する。
「遺骸掌握、『魔王再生』」
カチコチに凍った哀れな小動物は赤い光に包まれ、途端に色を取り戻す。白く霜降りた肌は血色を、時が止まった腕指は食糧箱をガサゴソと一心不乱に漁り出し、自分が凍って死んでいたことなど気付かぬほどに。
「メスズ、やはりただの盗人だったようだな。早々に叩き出すとするか」
「フィナル様、穏便に、穏便に済ませてあげて欲しいでチュン」
主従の呆れた会話音に反応したか、構わず盗っ人行為に及んでいた少女の背中が停止する。錆びた歯車めいたグギギギと軋んだ動きで振り返り、四つの瞳にようやく気付く。
沈黙のままに見つめ合う両者、静けさに耐えかねたのか口火を切ったのは盗人少女。童顔のメスズよりも若く見える少女はぎこちない笑顔を浮かべて
「──ごきげんよう、いい天気ですわね」
「機嫌は宜しくないな」
「天候は分からないでチュン」
気さくなおばさんを真似た当たり障りなきトークはすげなく瞬殺される。少女は数秒視線を彷徨わせ、言葉を探した挙句に
「こ、今宵はお招きいただきありがとうございま」
「招待をした覚えもないな」
「これで自分から不法侵入したのが確定でチュンね……」
不用意な言葉選びが自白に繋がった。自らの王に慈悲を求めたメスズですら口調に呆れ成分が多めに含まれていた。
むしろフィナルの方が面倒な尋問が不要になったと歓迎する向きである。
「では我が身の居城に招待もされず侵入した愚かな人間よ。裁きの時だ」
「不法侵入だなんて、それではまるでわたくしが泥棒みたいではありませんか!」
「立派な泥棒でチュンよね」
憤慨した少女の抗弁に開かれた箱を指さすメスズ。無断で封を解かれた食糧物資の痕跡、物的証拠がそこに転がっている。
これでぬけぬけと泥棒ではないと言い切れる度胸は一周回って称賛されるべきかもしれない。
「あ、あれは私掠目的ではありません! 緊急避難、カルデアネスの板、やむにやまれぬ生存本能のなせる業なのですわ!!」
「なんだそれは?」
「生きるためなら犯罪が許される、そんな感じの地球時代の格言でチュン」
「ふむ、カルデアネスとやらは真理をついておるが、生き残った後で安全圏にいた輩より倫理的に好き勝手糾弾されたのであろうな」
立場の差はいかんともし難くどちらが正しいとも言い切れない。
眷属の生存と未来を得るためムートランティスに侵攻した経験者は理解を示して頷く、しかし微妙に間違った解釈を魔族主従は評価するも少女の立場を再評価するには至らない。
「いずれにせよ密航者の扱いは古今東西変わらんだろう。樽に詰めて放り出す」
「樽っていうのは救命ポッドでチュンよね?」
「なんてことを! こんな愛らしい美少女を物のように打ち捨てるですって!? それでも紳士ですの!? この鬼、悪魔!!」
「……小娘、今なんと言った?」
「何度でも言って差し上げますわ、この悪魔!!」
側に仕えるメスズには分かる。
言葉では凄んでいてもフィナルが今とても、とっても喜んでいることを。
メスズが魔王によって再びの生を得た後の雇われパイロット生活は、それはもう魔王の尊厳とは掛け離れた「誰かに使われる」毎日だったのだ。
ここまであけすけに、表立って、面と向かって敵意を向けられ、悪行だと非難され、恐れられる経験はほとんど無かったわけで。
フィナルは昔を懐かしんで楽しんでいること請け合いである。
「我が身は寛大だ、貴様の度胸に免じて名乗る栄誉を与えてやる、小娘」
「は!?」
「せめて貴様の名を墓碑銘に刻んでやる程度は図らってやろうというのだ」
「どこまで冷血非道ですの!」
フィナルの機嫌が天井知らずで上がっていく、もはや少女が無礼の沙汰で極刑樽流しにされることはないだろうと安堵するメスズだった。
ひたすら叫び、罵声を浴びせて息も絶え絶えな少女に満足したフィナル。程々に気分を良くさせてくれた人間に命を褒美と与え、このまま解放しようと思ったのも束の間。
口は禍の元とは誰が言ったのか。
罵詈雑言で命を拾った少女は、その口で自らの運命を決定づけてしまう。
「そもそも人のことを小娘だなんて失礼ではありませんの!?」
「うん?」
「わたくしにはマグナリア・アムズ・アゼアリアという立派な名前がありますのよ! 小娘呼びは」
「──なに?」
ぞわり、傍で弛緩していたメスズの背筋が急速に硬直する。
隣で楽し気嬉し気に愉悦に耽っていた魔王の気質が切り替わったからだ。
メスズは仮にも魔族、鳥獣族と悪魔族のハーフである彼女は敵意悪意には敏感だ。生まれながら持ち得たセンサーが過敏に反応した。
今のフィナルは寛容なる主ではなく魔王フィナルジェンドなのだと。
「小娘、なんと名乗った」
「益々失礼ですわね! ちゃんとお聞きなさい」
人間はそういった気配に鈍感だった、霊長たる驕りがそうさせるのか。
こと命の危機に鈍感な生き物は長生きできないというのに、胸を張って。
「わたくしはマグナリア・アムズ・アゼアリアと──」
「そうか」
フィナルが凄味を孕んだ笑みを浮かべる。
それまでと異なる攻撃的な笑顔に少女はただきょとんとするのみ。
「聞き違いではなかったか、そうか」
おそらく少女は知らない。
アムズ・アゼアリア。
それは地球文明の影に埋もれた遥かなる過去、ムートランティスの地で魔王と雌雄を決した勇者の剣。
女神が己の両腕を材料に鍛え上げ、魔王との決戦で喪われた聖剣の名前だった。
これは偶然か、それとも時間と世界を超えて受け継がれた因縁か。
魔王が浮かべた表情の源泉が歓喜か憎悪か。
それは本人ですら分析しきれない、熱し切った感情の坩堝にして混沌である。
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※あとがき的なサムシング※
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とりあえずこの話はここで休止します。
タイトル大喜利な思い付きをある程度形にできたので満足しました的な。
次は停止中の「没キャラ」を1章ほど書く予定です。
その後はこれの続きかまた別の思い付きを少し書くか、そんな感じでひとつ。
お便り待ってます。
高度に発達した科学は、魔王と区別がつかない 真尋 真浜 @Latipac_F
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