求めたのは石像か氷像か
「若造、この船に名前はつけてやるがよいぞ。これからお前たちが寝食を共にする家に相応しい名前をの」
「うむ……」
宇宙で拾ったいわく付きの幽霊船をお買い得だと悪意無しで勧めたジャンク屋にしては至極まっとうな提案をしたのだ。
色々引っかかる点を残すが即座に解決する問題でもないとフィナルジェンドは悟りを開く。それに奇怪な事案、オカルトめいた由来とは彼の来歴に相応しいのかもしれないと。
「亡霊なぞ我が身の眷属のようなものだからな」
「うん、なんじゃ若造?」
「いや、船名か。そんなものは最初から決まっている」
『チュチュン、そうなのでチュンか?』
ゴメネスに、念話で疑問を呈するメスズに対して魔王は宣言した。
彼の居城、やがて広がる彼の生存圏に相応しい名前を。
「艦名は『ムートランティス』、我が身の玉座にこれ以上の名はあるまいよ」
それは喪われた歴史。
かつて彼が君臨し、彼が女神と人類の前に敗れ。
彼の居ぬ間に滅び、名も残さず消え去った世界の名前であった。
******
船に乗り込んだ魔王と臣下は未来のスケジュールを綿密に打ち合わせる。
彼らの計画は遠大であり、船を手に入れたこと自体は第一歩に過ぎないのだ。
「フィナル様、これからの予定は何かあるでチュンか?」
「夜には出港したいところではあるな、日を跨げば滞在費が嵩む。ここは余所者に厳しい船ゆえにな」
いささか所帯じみた内容、魔族の王の生活とても日常とは派手さも格好良さも無いものなのだ。まして堕ちた後ならば。
「よってメスズに命じる。貴様は管制システムの把握と食糧の確保を出港までに恙なく行え。しばらくは完熟飛行で寄港しない生活となる」
「ラジャーでチュン。フィナル様は?」
「言うまでもなかろう、我が身の恒例行事は」
人類の築いた新たな生活圏、地球という点から薄く広く散らばった場所で目にする機会を逃すまいと彼が立ち寄る場所とは。
「古美術商巡り、いつも通りよ」
「いってらっしゃいませでチュン。ご飯作って待ってるでチュン」
「フン、今日は慶事よ。少々なれば奮発してもよいぞ」
「チュン!」
船の雑用をメスズに任せ、フィナルはひとり町中に繰り出す。一見ただの趣味、道楽にも思える彼の行動に雑用を押し付けられたメスズが文句を言わないのは何も魔王を恐れてのことではない。
彼の行動には意味がある、彼女自身もそれで今を生きているのを知っているからに他ならない。
魔王の慣例化した古美術商巡り、その真意はひとつ。
仲間探しである。
******
失われたムートランティスの世界。
しかし滅んだ文明の遺物は形を残し、幾つかは次なる世界に受け継がれ人の手に渡ったのだ。
聖遺物、ロストレリック、オーパーツ。
呼ばれ方は様々な、来歴も謂れも怪しげな品々。祀り上げられ、役に立ち、または恐れられて打ち捨てられた有象無象の古物。
美術品として価値のあるもの、ないものが混在して宇宙時代に散らばり存在している遺産。そんな中には封印器として用いられた魔道具も存在し、封印されているのは凡そ魔族の類。
そのような品が珍重され陳列されていないか、彼が古美術商を巡る理由がそこにある。
「やあやあ、よくぞおいでくださいましたお大尽! 何かお求めの美術品などありましたら勉強させていただきますよ!!」
女神が己の心臓を触媒に生成した封印具、否、封神具。
かくいう魔王も彼を封印した小瓶が時代を超えて人の世に流れ着いたのだ。
(我が身が蘇ったのはどこぞの好事家の倉であったな)
封印の力、女神の力が弱まった隙を突いて彼が復活を遂げたのは既に何年前、何十年前か。そもそも宇宙大航海時代の時間は地球時間と現地時間が使い分けられ入り乱れている。これは自転公転の異なる天体で基準が異なるのだから当たり前、よって地球時間は経過時間を数えるのに用いられる物差し、ビジネス単位扱いされていた。
(復活した後は世界の違いに、我が身の世界が既に滅び、痕跡すら僅か、人類の歴史にも空想妄想の類とされていたのは呆然としたものよ)
一歩下がって揉み手している商人のビジネストークを無視し、魔王は懐古を交えながら視線で美術品を撫でていく。大半は見るべき点もないただの物体だ。
彼に美術品を愛でる趣味はない。今の世の人間、芸術家とやらが手掛けた加工品に価値を求めていない。彼が求めるのは旧世界の魔術師や錬金術師が心血を込めて作り上げた封印器や、
(そういえばメスズは石化されていたのであって、魔道具を用いた封印のされ方ではなかったな)
力ある魔術師に直接魔術で封じられた魔物も少なくない。フィナルの足が壺や皿、絵画や花瓶といった造形物コーナーから立像石像ゾーンへと移動する。
彼が古美術商巡りを始めたきっかけが、それこそメスズだ。
失った力と失われた世界の常識、力と情報を得るべく宇宙の片隅に潜伏していた魔王フィナルジェンドは細々と雇われパイロットをしていた。
常に腕のよい宇宙船パイロットが求められる時代だ。少々出自が怪しい相手でも同程度かそれ以上に怪しい企業や組織なら見張り付きで採用する。人類の操艦技術、思考操作で宇宙船を操縦する科学技術の恩恵手段方法コツなどを『魔王悟熟』で体得した彼は頭角を現し、便利な運び屋として重宝されたのだが。
(そんな時にあやつを見たのだな、メスズの石像を)
あの時の衝撃は今でも覚えている。
闇商が密輸するべく用意した美術品の中に、奇妙な巨大雀の像があったのだ。
まずはセンスの悪さに驚いた、こんなものに金を出す奴がいるのかと。
次に値段に驚いた、どこにそこまでの価値を見出したのかと。
最後に驚いた、帯びた魔力に。これは石化魔法で石にされた生き物だと。
世界も大地も力も眷属も臣民も、そして敵すらも失い、目的を無くしていた魔王フィナルジェンドはメスズの像を抱えて逃げ出した。
彼はこの日この時に新たなる意義と目的、活動指針と目標、さらに何よりも希望を得たのだ。
何もかも滅んだ時代からの生存者、不死不滅の魔王以外にも時間を超えて今に辿り着いた同胞が存在する可能性を。
魔王は人類の世界に存在意義を獲得した。
目指すは封印された魔族の捜索と解放、そして魔族が生きる世界の構築。
艦に滅んだ世界の名をつけたのもその一環。人の世には失われた名だ、聞き知れば生き残りの魔族が向こうからやってくる期待をかけての表明。
──彼に商品を持ち逃げされた闇商人が今でも彼を裏切者として追っていることなど些末な問題である。
(この話をすると何故かメスズの奴が怒るのは不可解だ、臣下に対する栄誉と労いの念が伝わらぬのか)
今に生きる魔王の目標、しかし都合よく魔族を封じた品を見出すなどは砂漠に落ちた一粒のダイヤを見つけるに等しく、
「……まあそうそう上手くはいかぬか。邪魔したな店主」
「なんだ冷やかしか、おととい来やがれ貧乏人」
人間に怨嗟より見下した罵詈雑言を投げつけられる回数の方が多いのは雌伏の時といえども忸怩たるものを感じるフィナルジェンドであった。
******
古美術商巡りに目立った成果は得られず、早々に引き上げたフィナルは特にトラブルもなく居城に帰還が叶った。やはりペットを連れていたのが小金持ちに見えた原因だったのだろうか。
「あれ、フィナル様、お早いお帰りでチュン。まだご飯出来てないでチュンよ」
「空振り続きではこんなものだろう、物資の補給は順調か」
積まれた補給品、主に生活物資の山を前にしてメスズはどんぐり眼を見開いて王の帰還を出迎える。
「安かろう悪かろうにならないよう注意して厳選したでチュン!」
「うむ、ご苦労。時に船旅で最も重要な娯楽は理解しているな?」
「勿論でチュン、ご飯でチュン!」
古今東西、船旅とは長時間を移動に費やし客と乗務員を狭い船内に閉じ込めるストレス環境。豪華客船のような例外的娯楽の殿堂でもなければこの性質は昔も今も大きく変わっていない。映像ソフトやゲームである程度のカバーが叶う超科学でも限界があった。動物は狭苦しい場所に閉じ込められるのに向いてないのだ。
船の長旅という圧迫感溢れる密室的ギスギス空間で最も人の心を和ませ、笑顔にさせるのが食事であると言っても過言ではないだろう。船員で一番偉い船長ですらコックに逆らえないのはこの事情が大きい。
メスズが張り切るのも同じ理由だ。
魔王に救われ石化を解かれ、蘇ったものの自身はフィナルから繋げたパスからの魔力供給がなければロクに力も発揮できない存在。せめて船旅では美味しいご飯を食べてもらおう、それが少しでも恩返しになればと意気込んでいるのである。
「あ、そうだ、フィナル様! この船の冷凍庫は凄いでチュン!」
「ふん?」
「とっても広くて分類が楽で即時冷凍即時解凍が思うままの三拍子でチュン! 大勢が詰める軍艦らしいって説明も納得でチュン」
「頭の痛い問題を蒸し返すな」
軍の実験艦らしい問題はいつ何時災厄として降りかかるのか、せめて今だけは忘れておきたいものをメスズは踏み越える。魔王の秘術をいちいち人類の科学と比較する点と同様、色々配慮が足りてない鳥頭であった。
「ふむ、しかし設備の充実は歓迎すべきだな。後で我が身も見て回るとするか」
「だったらフィナル様、これから一緒に冷凍庫に寄って欲しいでチュン」
「ほう、何故だ」
「今日のお祝いにちょっといいものを仕入れたでチュン。料理する前にお披露目したいでチュン」
「よかろう、臣下に労いを与えるのも良き王の務めだからな」
浮かれたメスズの示す自信ありげな態度にフィナルは首肯した。ここまで贅沢は敵、欲しがりません買うまではと踏ん張って来た主従、口調は上から目線でとても偉そうなのだが彼とても食事が楽しみなのは否定できないのだ。
目的の場所、冷凍庫は後部ハッチからほど近い位置にあった。物資の搬入を考えれば妥当な位置、合理的といえるが居住スペースや食堂からは離れていた。食材を取りに行くか補充する理由でもなければ中々立ち寄らない場所とも言えるが。
「ヂュヂューン! 本日のメインディッシュ、その加工前の雄姿をお見せするでチュン、刮目して欲しいでチュン!」
「そこまでもったいぶるものか」
「それは見てから納得して欲しいでチュン、倉庫オープンササミ、チュン!」
「なんだそれは?」
「地球時代のおまじないでチュン。ドアの開閉に唱える呪文らしいでチュン」
「ほう、地球時代にも魔術秘術は存命していたのだな。ササミなる女は魔術師の末裔かもしれんな」
ずれた雑談が進む最中、冷凍庫のドアは音も無く開く。入室するまでもなく冷気がじわりと染み出す空間へと主従は踏み込んで。
二人は見る。
冷凍庫の中、山積みの荷物の中央に鎮座する。
氷漬けの女の子の姿を。
「……メスズ」
「チュン?」
「慶事とて、生け贄ならば生かしておかねば意味がないぞ」
「誤解でヂューン!?!?!?!?」
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