ドワーフの特売艦

 宇宙大航海時代の超科学、ひとつの到達点「巨大艦」。

 人類の背中に生えた翼、大地に縛られた獣から自由に空舞う鳥へと進化したが如き移動する定住地、存在する限り拡張を続ける人工のフロンティア。

 表現を羅列すれば夢の文言が並ぶ未来世界だが。


 そんな艦内にも、れっきとした「貧富の差」は存在する。

 西部開拓時代の例を挙げるまでもなく、新天地に夢を見た老若男女が必ずしも成功を遂げたかと言うと否である。金脈を掘り当てた成功者と叶わなかった挫折者の間には明確なラインが敷かれ、栄光を掴めなかった者達は成功者の晴れ舞台を遠くより眺めやり、僅かな財貨を持ち寄って最低限の生活スペースを築き上げる。


 貧民街、スラム街、退廃地域。

 資本主義が成立する世界では決してなくならないだろう極貧地区は巨大艦船内にも方々横たわっていた。

 しかしそこは水や空気にもお金のかかる世界、立派に生存を続ける彼らはしぶとくたくましく、非合法手段もなんのそのと様々な商売で金銭を得て命を繋ぎ、こうして今に至っている。


 魔王フィナルジェンドが向かったのはそんな貧民街に程近いスペースであった。


******


 巨大艦ノア・フォーマルハウトを訪れたフィナル一行は余所者だ。

 そこに貧民街の視点を入れるとさらに余所者感、比較的身なりと振る舞いがまともな旅行者や迷い込んだ一般人、に見えなくもない。人工生物ペットボットを連れているのだから小金持ち、絶好のカモと思われても仕方ない面はある。


「バカめ、愚か者め、我が身は人類を凌駕するカオスの権化なるぞ」

「こうもヒトがちょっかいかけてくると予定の時間にたどり着けないでチュンね」

「路傍の石がこうも跳ね飛ぶとは想定外よ」


 道行く間、三度の引ったくりに一度の強盗チンピラ遭遇を片手で退けたフィナルは面白くもなさげに服の埃をはたいていた。

 かつて女神の聖剣を携えた勇者と一騎打ちを演じた魔王だ、電磁ナイフ程度を武装した一般ピープルに後れを取るなど有り得ない。仮に油断を重ねてナイフで刺されたとて死なないのだ、聖剣の一閃直撃を耐えきった不死不滅は伊達ではない。


「ここに来るのは二度目だが、以前にも増して邪魔が増えたな」

「雇われパイロットからキャプテン昇格を祝っているようでチュン」

「迷惑な生き汚い貧民どもめ、生存特化に己を磨いた末裔なれば我が身の存在との格違いを肌で感じ、自ら道を開ける程度の知恵は身に付かぬか」

「彼らはフィナル様より服を見てる気がするでチュン」

「物欲特化か、無礼で面倒な連中よ」

「でもフィナル様は連中が悪さするのを先にキャッチしてるでチュンね」

「当然よ、衰えたとて我が身の超感覚は人間どものそれとは次元が違う」


 向けられた視線や敵意悪意殺意、それら意識の流れを超感覚で掴み取る。人間なら武術の達人めいた能力を彼は易々とこなしていた。

 魔王の称号は決して伊達ではないのだ、とても劣化しているにせよ。


「ニータイプ社の防犯マルチセンサーみたいで凄いでチュン」

「言い方」


 さらに幾度かの人的接触を経て奇妙な二人連れはスラム街の端、寂れた工場めいた建造物に辿り着く。どうしてこの建物が町外れにあるかというとここが巨大艦の外壁間近、分厚い壁の向こう側が宇宙空間の立地だから。

 要するに宇宙船が出港するため。

 ここはジャンク屋、宇宙船をも取り扱うクズ拾いの総本山。宇宙に漂うデブリやジャンクを回収し、時には修理レストアして売り捌くリサイクラー集団の巣窟。

 ゴミすら黄金に変える、たくましさの代表格だ。


「待たせたな、ゴメネス爺さん」

「遅かったな若造。まだまだワシは若いぞ」


 フィナルが訪れたのはジャンク屋の一角、ひときわ広いスペース。おそらくは巨大艦が今のサイズに発展する前に造船ドックとして使われた場所だ。旧式で手狭となって放棄された場所の再活用、まさにリサイクラーに相応しいといえる。

 ここで彼らを待ち受けていたのは黒ひげをたくわえた初老の男ゴメネス。


「入金は確認したぞ。ならばワシの方も仕事を完遂せねば鼻が落ち着かん」

「そこは腰の座りが悪いとかではないのか」

「ワシは鼻に来るんじゃ、個性というものぞ」


 挨拶もそこそこにゴメネスは先導するように歩き出す。お求めのブツはそこにあると言わんばかりに。


『なんだか頑固そうなお爺さんでチュンね』

『ドワーフ族のようで我が身にすれば落ち着く、慣れた頑固さよ』

『そうなんでチュンか。ドワーフに会ったこと無いでチュン』

『奴らは人間寄りの妖精であったからな、存命したとて友好的とは限らんぞ』


 普通のペットは言葉を発しない、故に魔力パスを通したテレパスの通話に切り替える。目的のブツ、安くない金額を払った購入品の元までは闇の影で雑談を続ける主従はついに辿り着く。

 我の城、我の石垣、我の堀、お金は味方、借金は敵なり。

 旧式ドックで照明の中に浮かび上がる一隻の宇宙船。


「ここ十年で扱った中では飛び切りの大物じゃったぞ」

『うわァ……なかなか立派でチュン!』


 ジャンク屋ゴメネスが誇らしげに、メスズが予想外と感嘆の声を上げる。

 寂れたドックで光を跳ね返すのは。

 錆びた鋼色のコーティングを外装に施した全長千メートル級の巨躯。

 丸っこい貨物艦のフォルムに比べ、所々鋭角で突起部の張り出した箇所は砲門の設置アタッチメントだろうか。護衛艦によらず自ら身を守る術を求められるキャプテンならばそういった武装も必須になる。


「フン……思ったよりもまともな船だな」

「言いよるな若造。このワシが金に見合わぬ船なぞ出すわけもなかろう」


 フィナルの混ぜ返す言葉にも鼻を鳴らして自慢げに返す。彼が嘘をついてないのは魔王も承知の上だ。

 初対面の時に『魔王心読』で人柄を覗き込み、商売で他人を騙す性質でないことを把握した上で取引相手としたのだから。


「詳細は後で確認するとして、大雑把に性能を聞いても構わぬか?」

「むしろワシが説明したいところぞ」


 頑固爺は技術者特有の説明したがり属性を発揮し、自ら手掛けた船の仕様を押せ押せで語り始めた。フィナルにしても望むところ、彼が命運を預ける城の出来を知るのは重要なのだから。


「SSTドライブは二基、性能は仕様の確認と飛んでみて体感するのがお勧めじゃが、特注品なのか既存部品を受け付けないのが難物でな」

「つまりここでないと修理は難しいということか」

「メンテナンスは可能じゃろうが本格修理するならそうじゃな、ドライブ交換か否かを値段と相談するといいぞ」

「それは船ごと買い替えた方が得との話にならんか?」


 宇宙船に光の速度を超えさせる発動機、SSTドライブ。

 正式名称はスズキ・サトー・タナカ式超光速機関。開発者の名前を数珠繋ぎしたとされるエンジンは宇宙船の高価さ8割以上を占めるお高い物件だ。余程船体に愛着無い限りは船ごと最新鋭に交換するのがお得と言われるのも仕方ない話。


「他の装備は注文通りにカーゴルーム、貨物室にはほどほどの次元圧縮装置をつけておいた。貨物艦代わりに使える程度にはなっておるぞ」

「充分だ、足りなければ色々付け足すとする」

「拡張性は低いぞ?」

「我が身には裏技があるからな」


 いざとなれば空間操作の秘術を使って運べる荷を増やそうと考える魔王である。思考が所帯じみてあまり魔王ではないが。

 次に居住スペース、生活環境周りのシステムが説明された。この辺りは高級リゾートを謳う豪華客船でもなければ取り立てて見どころはない。船特有の狭さが問題視された時代と違い、少人数運用が基本の時代には充分すぎるスペースが乗組員に提供される。

 たった二人、厳密には人間でない彼らが使うには千メートルは余りに余るのだ。


「これで基本は終わり、残りもあまり説明し甲斐が無いんじゃよ。ほとんど推定の注意事項みたいなもんじゃしの」

「ふむ、それはどういった」

「まずは船前部についた三連プラズマ砲が二門。威力から対艦戦闘を想定したもののようじゃ」

「……うん?」

「次に側面左右についた回転連装砲が三門、対空仕様で艦載機用じゃな」

「おい」

「船尾にもプラズマ砲が一門。足の速さを利用して逃げながらの砲撃戦をするものとワシは推測しておる」

「おい聞け」

「バリアシステムも強力な分、前面と後方に高出力で展開する形ぞ。船腹横を突かれると弱いから注意して運用するように」

「おい聞けドワーフ爺」

「なんじゃ若造、うるさいぞ」


 フィナルの制止をどうにか受け取ったゴメネスは不満げに鼻を鳴らす。


「ゴメネスよ、少々サービスが過ぎるのではあるまいか。これではまるで戦艦か巡洋艦のようだが」

「いや、ワシはサービスしとらんぞ。これらは元々ついていたものを整備したにすぎんからの」

「……なん、だと?」


「この船はでな。乗組員も死体も何もない、もぬけの殻で放置されていたものを擬装しただけぞ?」


 特に勿体もつけずドワーフめいた爺さんはあっさりと事実を明かす。

 ジャンク屋にとって難破船の鹵獲はなんら変わった出来事ではない日常風景。高額で個人の所有は難しくとも、開拓に携わる組織にとって宇宙船の複数所有と運用は当たり前。

 そして天災人災溢れる宇宙では事故も珍しくなく、重力場の作用で流れ着く場所も凡そ見当がつけられる。

 彼らハゲタカ、ジャンク屋はそういった場所も機会も見逃さないのだ。


「この船が丸ごと難破していた、と?」

「どこぞの軍需体が造った実験艦だったとワシは睨んでおるぞ。まあ放棄しておるのだから要らんと判断されたのじゃろう。なら貰っても問題ないな」

『うわァ……』

「じゃから整備の手間も少なく安く売ったというわけじゃ。武装も特注品で替えが利かんから壊せば新装も覚悟して注意するように」


 スズメの嘆きを余所に成程と魔王フィナルジェンドは理解した。

 ゴメネスに他人を騙す意図は無かった、しかしいかにもきな臭い、危険そうな背景を積んだ厄介案件を本人が厄介と感じずに紹介する可能性は見過ごした。


『こういうのも「ヤスモの買い物銭失い」って言うんでチュンかね』

『なんだそれは』

『下手な買い物はお金を損するだけって地球時代の格言でチュン』

『フム、そのヤスモなる男の失敗を活かせなかったか。まるで人間の叡智に遅れを取ったようで無念だ』


 どこの誰かが碌な処分を施さず放り出したらしい船。

 かくして魔王フィナルジェンドの一国一城は不良品やインチキではなく、厄介物件の可能性が極めて高かった。

 インチキと厄介、どちらがより損なのかは魔王にも分からない。

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